85話目 テイクアウト

 さて、どうするか。

 悩んだ結果、まずは秋山さんに交渉してみることにした。なぜかと言うと、交渉するだけタダだからだ。断られたら、適当な魚介星人の屍肉を使えばいい。


 俺は、マグロ大王の頭から少し離れたところで、山のような刺し身を作り続けている秋山さんの近くに行った。


「あのさ」

「なに?」


「ちょっといいかな」

「駄目。今、忙しいの。おほっ、すごい上物。これはいい眺めだぜ」


「秋山さん、キャラ変わってない?」

「わたしは前からこう。おっさんは、すぐ女子高生に勝手なイメージを作って、すぐイメージと違うとか言うんだから。勝手だよね」


「いや、別にそういう話をしてるんじゃないんだけど」

「今、忙しいって言ってるでしょ。あっち行ってて」


 ここで引き下がっては、交渉の糸口すら見つけられなくなってしまう。強い心を持つんだ。


「そのマグロ大王の身体からださ、ちょっとくれない?」

「……」


 秋山さんは無言で、日本刀を振り続け、マグロの解体を進めている。

 つまり、俺の問いは無視したということだ。


「実は、あっちのほうで、マグロ大王の頭がまだ生きててさ、その身体からだがあれば、また元通りにできるかもしれないんだよ」

「……」


 また無視だ。


「あれ、秋山さん、ちょっとやせた? すごく綺麗になった気がする。どこのハリウッド女優かと思った」

「むかつく」


「あ、今度は無視されなかった」

「ちょっと意味分かんないんだけど。マグロ大王を殺すことにしたのは、あんたの判断でしょ。サクッと頭を切り落としておいてさ、今度は元通りにしたいとか、なんなの? 大根? 大根みたいなこと?」


「え、大根? なんの話?」

「切れ味のいい刃物で大根を切った場合、切断面を喰っつけると元通りになるとか、そういう話?」


「そういう話って、どういう話?」

「こっちが聞きたいよ! だから意味分かんないっつってんの!」


 駄目だ。もう話が噛み合わない。交渉は決裂だ。ほかの魚介星人の屍肉を探しに行こう。


 歩き出した俺の背後で、秋山さんが言った。


「ちなみに言っておくけど、あの頭もさばくからね」


「え、頭もさばくの?」

「当然でしょ。脳天とか頬肉とか取らなきゃいけないし、あのカマを焼いて食べない手はないでしょ。あれだけ大きい目玉は、食いでがあるよぉ。眼球がこうドロリと……」


 秋山さんがよだれをすする音が聞こえた。マグロの眼球について語っていたら興奮しすぎてよだれを垂らしたらしい。


 俺は振り返り、秋山さんに言う。


「頭をさばくのは、ちょっと待っててくれないかな」

「待ちはしない。身体からだの解体にもう少しかかるけど、終わったら頭もさばくよ」


「そこをなんとか」

「嫌だ。身体からだくっつけて元通りにするとか意味分かんないし、させないから」


 しまった。下手に交渉したことで、機嫌を損ねてしまったようだ。交渉するだけただであったとしても、それが余計なトラブルを生む可能性があることは、肝に銘じておくべきだ。


 俺はマグロ大王の頭のもとへと戻った。


「なんやねん。お前、あっちでなにしてたんや」


 すっかり、デフォルメされて迫力のなくなったマグロ大王が、くりくりした目でこちらを睨みながら言った。


「いや、ちょっとタフなネゴシエートをね」

「なにを言うとんねん」


「君の身体からだを元通りにできないかと思ってさ」


 とは言っても、もうすでに顔がだいぶ変わっているのだが。


「なんやって? 元通りにしてどないすんねん」


「どないもするつもりはないんだけど」

「はあ? だいたいお前らが、そこのでっかい犬けしかけて、オレの頭を落としたんちゃうんか。自分で落としておいて、元通りにしようとか、なんやねん。意味分からんわ」


 秋山さんと同じことを言う。どうしてこいつらは、そんな些末なことにこだわるのか。


「まあまあ、この際、意味はいいじゃない。どうでも。とりあえず、君にばっちり合う素材を探してくるから、ちょっと待っててね」

「待っててもなにも、オレはほかのことなにもできんわ」


 俺は、去り際にステンノに耳打ちをしようとしたが、頭が遠すぎて耳打ちできないので、ステンノに屈んでもらって耳打ちした。


「もし、俺が居ない間に秋山さんが頭をさばきに来たら、なんとかして止めておいてくれ」

「どうやって?」

「方法は問わない」


 ステンノは呆気に取られた顔をしていたが、なんせよわい3,000だ。大人の知恵ってやつでなんとかしてくれるだろう。


 急がなければ、秋山さんリスクが高まるばかりだ。ここはケルベロスに協力してもらおう。


 ケルベロスに向けて手招きをすると、瞬時にして近くまで跳んで来てくれて、事情を説明したところ協力を快諾してくれた。


 球体の佐々木も連れて行くことにしよう。


「やっぱり、マグロに近い魚のほうがいいと思うんだよね」

「となると、アカマンボウか、アロツナスあたりですか」


「やっぱりそのへんになるかね」

「マグロの代用品としては有名ですからね。安い回転寿司なんかでは、マグロは大体アカマンボウ使ってますし。スシルーもどうせ使ってるでしょう」


「バカ言うな! スシルーはちゃんとマグロを使ってるよ。スシルーはマグロが売りなんだぞ! 原価率50%で頑張ってるんだ」

「有名ですもんね、その話」


「というわけで、アカマンボウ星人か、アロツナス星人の死体が望ましいんだけど、それっぽいの居た?」


 ケルベロスにたずねてみた。


「ううむ。どうだったかのう」


 記憶が頼りにならないので、佐々木も一緒に、ケルベロスの背に乗せてもらって、周囲を一回りしてみることにした。


 ケルベロスが跳び出してすぐ、眼下に巨大な金魚のような魚が見えた。


「あ、あれ、アカマンボウじゃないか? 下りて下りて」


 近づいてみると、やはりアカマンボウ星人のようだ。奇跡的に、死体に大きな損傷はない。


「さてと、じゃあこれを……」

「どうするんですか?」


 なんとなく探しに出たものの、いざ見つけたときのことを考えていなかった。この1匹をそのまま持って帰ればいいのか。それとも、もっとたくさんの死体を見つけて、すり身をかき集めるべきなのか。それとも……。


「どうするんだ?」


 俺は佐々木に問うた。


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 佐々木はなんて答えた?

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