66話目 面白いにおい

「は? ただの同僚だけど」


 唐突な質問に、少し驚いた表情で答えた秋山さんは、すぐにその意図を察して続けた。


「もっと言えば、不良社員に悩まされてる同僚」


「不良社員?」


 と聞くステンノに対して、秋山さんは日本刀で俺を指す。


「こいつに決まってるでしょう。外回りだって言って出かけたきり、1日中帰ってこなかったり、誰にも言うなって言った社内の秘密をべらべら喋ったり」


「外回りでちゃんと仕事してるんだって! それに、俺は秘密を漏らしたこととか一切ないから」

「ほら。こうやってすぐ嘘つくし。言っとくけど、かにをおごってもらう約束、忘れてないから。それも嘘だったら、その首ねるからね」


 言いながら彼女は、刀を水平にいだ後で、上から下に振り下ろした。どうやら、俺が立ってようが座ってようが、首をねることができるという脅しらしい。


 連れて行くのは構わないのだが、ステンノの目の前で、女子高生と2人でかにを食べに行く話を続けるのは気まずい。


「分かった分かった。近い内に連れていくから。この話はこれで終わり」


 そんなこちらの心の内を見透かしたかのように、秋山さんは微笑を浮かべて、ステンノに向き直った。


「もしよかったら、あなたも一緒にどう?」

「え、なにがだい?」


「かによ、かに。一緒に食べに行かない?」

「あの、いや、でも、いいのかい?」


売子木きしゃのきがいいならいいんじゃない。ねえ?」


 満面の笑みをこちらに向ける秋山さん。

 ステンノが来ること自体は別に構わない。問題があるすれば、出費が増えることくらいだ。しかし、なにか企んでいる気がする。


「いいよ。一緒に行こう」


 こう言うしかない。

 それを聞いて、秋山さんは両手をぴしゃりと叩いた。


「決まりね! じゃあ、すっきりしたところで、さっさとマグロ大王を追うよ」


 もしかするとこれは、ステンノの嫉妬をさっさと解消するための、秋山さんの策略だったのかもしれない。まだ裏がありそうな気はするが、マグロ大王を追うことに異論はなかった。


「そうだね。アーツ、頼むよ」

「ハッ! ハッ! おまかせください! どの星に逃げていようが見つけ出して、噛み砕いてすき身にしてやりますよ!」


「私がさばく前にすき身にしたら、あんたも斬るからね」


 今度はアーツに向けて素振りをする秋山さん。それを見たアーツが、低く唸る。

 微妙にこの2人は仲が悪い。


「どう? においを追えそう?」


 背伸びをしながら、数メートル上にあるロープに向けて鼻をひくつかせているアーツにたずねた。


「ハッ! ハッ! 大丈夫です! 先ほども言った通り、ここからでもにおいは嗅げます! 肥えたマグロの脂のにおいがぷんぷんしますよ! こっちです!」


 走り出すアーツにみんなが続き、ステージ脇の階段を駆け下りる。ふと振り返ると、ステンノがひとりステージ上で佇んでいた。


「ステンノさん、どうしたんですか」

「あれ、あたしも行くのかい?」


「当たり前じゃないですか! もう、ササキのわけの分からない実況中継で、あらぬ誤解を生むのも嫌なので。一緒に行きましょう」

「じゃあ、行こうかね」


 言われたから仕方なくという流れを装っていたものの、ステンノは少し嬉しそうに見えた。

 ステンノを含めて、計6人でマグロ大王を追うこととなった。

 俺は、再び佐々木におぶってもらって行くことにした。


 緑の床の上に置いてある箱や簀子すのこの間を縫うようにして走り、先ほど俺たちが通ってきた通路を目指した。

 佐々木におぶられながら走行の振動を感じつつ、ふと横を見ると、ステンノは涼しい顔をしながら普通に歩いてついてきていた。


「ステンノさん、歩くの速いですね」

「そうかい。あたしからすると、あんたたちの走りが遅いように感じるけど」


 さすが身の丈3メートルだ。スタイルもよくて足も長めなので俺たちとは歩幅が違う。


 通路に出ると、アーツは、俺たちが来たほうとは反対へと向かった。少し進むと、通路の両側に、瓦礫のようなものが積まれて山になっていた。

 近づいて見てみると、それは、重なり合うように倒れた魚介星人たちの石像の山だった。


 その石像の山は、10メートルほどに渡って続いており、ぷつりと途切れている。


「これ、全部ステンノさんがやったんですか?」

「そうだよ」


 こともなげにステンノは言った。

 しかし、彼女の石化能力の恐ろしさを改めて感じた。


 おそらく、魚介星人たちは、通路を埋め尽くすように陣取って、ステンノの進行を妨害しようとしたのだろうが、瞬時に石化されてしまい、ステンノが通るときに邪魔になった中央の石像が左右に払いのけられたのだろう。


 アーツのあとに続きしばらく通路を進んでいると、途中途中で、先ほどと同様に通路の両脇に魚介星人たちの石像が積み重なっていた。


「ステンノさん、この中をだいぶ歩き回ったんですね」

「おや、どうしてだい?」


「俺たちがこの建物に入ったとき、入口付近にも石化した魚介星人が転がっていたので、あそこから、少なくともこのあたりまで石像があることを考えると、結構な距離を歩いたんだなと」

「マグロ大王がどこに居るのかが分からなかったからね。しらみつぶしに歩き回っちまったよ。結局、あたしがここに着いたときには、もう脱出したあとだったみたいだけどね」


「ええ。海外にゴーンだとイカ星人が言ってました」

「海外か。ってことは、地球の他の国に居るってことかね」


「だと思いますが、とりあえずアーツのあとを追いましょう」

「ああ」


 俺は佐々木のケツを叩いた。


「なんですか」


 佐々木が一瞬だけこちらに顔を向けてたずねた。


「いや、叩いたらスピードが上がるかなと思って」

「アーツに遅れずについていけてますから、スピードを上げる必要はないでしょう」


「まあ、そうなんだけどね。気分的に」


 そのとき、急にアーツが走るのをやめた。通路の分かれ道に立ち、それぞれの道のにおいを嗅いでいるようだった。


「ハッ! ハッ! これは、ちょっと面白いことになってますよ!」


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 アーツはなにを嗅ぎつけた?

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