67話目 犬種

「面白いことってなに?」


 目を輝かせながら舌を出しているアーツにたずねた。


「ハッ! ハッ! ケイフンのにおいがするんです!」


「ケイフン? なにそれ。ビーフン的なやつ?」

「ハッ! ハッ! にわとりふんと書いて、鶏糞けいふんです!」


「なんで、こんなところで、その鶏糞けいふんのにおいが? それのなにが面白いの?」

「ハッ! ハッ! このにおいは、おじいちゃんちの香りです」


「は? おじいちゃんち? アーツの?」

「ハッ! ハッ! そうです! もっと言えば、おじいちゃんのにおいです。これが意味するところはつまり、ワタシのおじいちゃんもマグロ大王を追っているらしいということです!」


 急におかしな話になってきた。


「なんでまた」

「ハッ! ハッ! それは分かりません! ただ、マグロ大王が危ないかもしれません! おじいちゃんは、まだ現役の猟犬です。ワタシよりも追跡能力に優れてますし、獲物を見つけ次第殺す可能性があります! 急ぎましょう!」


「急がないとまずいの?」

「ハッ! ハッ! ワタシたちがマグロ大王を見つけたときには、骨だけになってるかもしれませんよ! マグロが食べられないじゃないですか!」


「俺としては、マグロ大王が骨になっても、別にいいかもしれないな」


 言った直後に、顔のすぐ横で風切り音が鳴った。


「マグロ大王は私がさばくって言ってるでしょ。このワンコロどもは、世代を超えて私の邪魔をしようっていうの?」


 日本刀を振り下ろした姿勢の秋山さんが、目を充血させて言う。


「ハッ! ハッ! おじいちゃんより先にマグロ大王を見つけましょう!」

「その点だけに関しては賛成!」


「アーツと秋山さんの意見が珍しく一致したのはいいけど、今の最優先の目的は戦争を終わらせることでしょ」

「私はマグロ大王をさばくのが最優先」

「ハッ! ハッ! ワタシはマグロ大王にかじりつくのが最優先です!」


「なるほど」


 どうやらなにを言っても無駄らしいので、2人の言うとおりにしよう。もし、アーツのおじいちゃんが先にマグロ大王を見つけて殺したとしても、この馬鹿げた戦争が終わるなら、それはそれで構わないだろう。


「ハッ! ハッ! おじいちゃんは、あっちの道から来て、ここで右に曲がったようです。マグロ大王のにおいも右に続いています」


 岐路の中央に立ったアーツが言った。つまり、アーツのおじいちゃんは、俺たちとは反対の入口から入ってきて、ここからマグロ大王の追跡を開始したということらしい。


 アーツに先導され、しばらく廊下を走る。何度か石像の山の間を抜けると、やがて階段にたどり着いた。


「ハッ! ハッ! 階段を上ってます!」


 階段を駆け上がるアーツを追って走る。実際に走っているのは佐々木だが。ステンノは、余裕の表情で、数段飛ばしでついてきた。ペーターは、小刻みに歯の間から鋭く息を吐きながら素早く階段を上っている。


 4階分ほど階段を上ったところで、見覚えのある白い廊下に出た。


「これは、ひょっとして、どこかの母艦につながってるのかな」

「おそらくそうでしょうね」


 息ひとつ乱さずに佐々木が答えた。


 母艦につながっているということは、また入口にスチームクリーナー似の兵士が居て、光線銃を撃ってくるということだろうか。

 そんな想像をしながら進んでいき、アーツに続いて廊下を右に折れると母艦の入口らしきものの前に出た。


 しかし、そこに俺の予想した兵士の姿はなく、代わりに、瀕死の魚星人が倒れていた。


「い、犬が……犬が……」


 その魚星人は、ぱくぱくさせた口でその言葉をゆっくりと繰り返すのみだった。


「ハッ! ハッ! これはやはり、おじいちゃんのしわざでしょう! 見てください、この傷を」


 アーツに言われて、横たわる魚星人の身体からだの側面を見ると、ざっくりと十字に切り裂かれた深い傷があった。その傷は、深いだけでなく、幅も数センチに及んでいる。


「いったい、どんな凶器を使ったら、こんな傷がつくんだ」

「ハッ! ハッ! 牙ですよ。おじいちゃんの牙にやられた獲物は、こういう傷を負って殺されます! おそらくこいつは、すれ違いざまの一瞬でやられてますね!」


「牙!? 牙でこんな傷が。さっきから気になってたけど、アーツのおじいちゃんってのはどんな犬なの?」


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 アーツのおじいちゃんはどんな犬?

 大きさとか犬種とか。

 まさかの、犬じゃない可能性も有り。

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