58話目 ダイレクト
「ボスの名前は……言えん」
ここへ来て頑なな態度を見せるイカ星人。俺は、みんなに合図を出し、くすぐりを再開した。
「あひゃひゃひゃひゃひゃっ、ぐふふふふふ、ひぎゃあああああ」
途中から、声が急に悲鳴に変わったのを察知し、すぐさまくすぐりを中断した。
「ぎゃあああああああ」
しかし、悲鳴のような声がやむことはなかった。よく見ると、秋山さんが持ち場を離れ、
「ちょっと、何やってるの」
「活造りにでもしてみようかと」
「なんで突然」
「透明な身が美味しそうで、見てたらムラムラしてきちゃって。本当は先に内臓を抜きたいところなんだけど、それやるとすぐ死んじゃいそうじゃん。耳の先だけなら、尋問を続けながら、ささっと食べられるかなと思って」
言いながらも、彼女は見事な手付きで、人間ほどの大きさのあるイカ星人の耳を薄く切っていく。
「すごい。ちゃんとイカもおろせるんだねー」
「経理とはいえ、魚屋の社員だからねー」
「ぎゃあああああ」
耳が切断されるたびに、イカ星人の悲鳴がこだまする。
「このままだと、耳から胴体まで、死ぬまで細切りにされてっちゃうよ。いや、死んだあとも細切りにされてっちゃう」
イカ星人にささやいてみたが、身を切られる痛みと、それに応じて発せされる自らの悲鳴により、俺の声はまったく届いていないようだ。
秋山さんに、一時、調理の中断をお願いし、イカ星人に同じことを再度言ってみた。
「ぐっ。悪魔どもめ。貴様ら人間は、なぜ我々に対してそこまで非情になれるのだ」
「まあ、イカだしね」
そう言いながら、椅子に座った秋山さんは、おろしたてのイカ星人の刺し身に醤油を付け、それを口に放り込み、くっちゃくっちゃとガムのように咀嚼した。
「いつの間に醤油を?」
「女子高生のたしなみ。どこで刺し身と遭遇するか分からないからね。醤油は常備が常識っしょ」
最近の女子高生のたしなみには、俺の理解の及ばないところが多い。
「で、イカ星人の軍部のボスは、どこの誰なの」
同じ質問をしてみるが、イカ星人は頑としてしゃべろうとしない。
日本刀を持って立ち上がろうとする秋山さんを手で制する。
「やっぱり、くすぐりのほうがいいと思うんだ」
「あ、そう?」
再び、刺し身を食べ始める秋山さん。
間もなく始まるくすぐりに備え、
みんなに、くすぐり開始の指示を出そうとする俺。
ふいに、そこで秋山さんが言う。
「っていうかさ、豊洲のマグロ大王でしょ?」
「貴様! なぜそれを!」
イカ星人の、片方しかない目が、ギロリと上方に向けられ秋山さんを睨みつける。
「有名な話だしね。あんたが、なにをそんな頑張ってるのか、さっきから不思議でしょうがなかったよ」
せわしなくあごを動かしながら、秋山さんが言うと、イカ星人の目から幾分生気が失われたように見えた。
「そんな……そんな……」
急速に萎れていくイカ星人を見て、秋山さんは、手早くそれを活造りへと調理した。室内の11人が、それを囲み、ちょっとした宴会が始まった。
「よ。調子はどう」
刺し身を堪能している加藤に呼びかけた。
「まったく、びっくりしたぜ。会社で仕事してたら、急に変なおっさん2人が飛び込んできて、
「おっさん? でかいイカじゃなかったのか?」
「会社に来たときは、普通のおっさんだったぜ。こっちのビルに来て、しばらくしたら、いつの間にかイカになってたけどな」
そうか。イカ星人は、生粋の地球人から見たら人間の姿をしているのだ。そして、加藤も今回の件でこちら側に来てしまったので、イカ星人の本来の姿が見えるようになったというわけか。
「元おっさんだったイカの刺し身は喰いづらくないか」
「まあ、抵抗がないことはないけど、イカだからな。うめえ」
理由はよく分からないが、加藤には人間でいてほしかった。
「このサイズのイカを、この短時間でおろしちゃうなんて」
そう言いながら秋山さんに近づいたが、本題はそれではなかった。
「イカのトップがマグロ大王ってのはどういうことなの?」
「魚介連合軍よ」
こともなげに彼女は答えた。
「魚介連合軍?」
「そう。魚介系星人の一部でね、俺たちは人間に喰われるために生まれたんじゃないっていう声が高まって、過激派が生まれて、大きくなっていったの。その過激派のトップがマグロ大王ってわけ。マグロこそ喰われてるからねえ」
「じゃあ、今回の戦争は、人間対イカじゃなくて、人間対魚介連合なの?」
「そこはなんとも言えないかなあ」
虚空を見上げながら言う秋山さんの横に、
「魚介連合も一枚岩ではない。今回の戦争に全員が賛同しているわけではないはずだ。だが、何らかの形で、イカ星人どもへの支援はしていると見るべきだろうな」
「で、結局はマグロ大王をどうにかしないと、このいざこざが収まらない?」
「そういうことになる」
豊洲に乗り込んで、マグロ大王と話をつけるべきなのだろうか。
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