32話目 戦争か

「行きましょうったって、どこに行くんだい」


 困惑気味で言うステンノに答える。


「ショッピングなんてどうでしょう。ステンノさん、工房から出るのが数百年ぶりだって言ってましたよね。きっと、知らないものがたくさん売っていて、楽しいですよ」

「ショッピングだって? 別に構わないけど、あたしが買うようなもんがあるかねえ」


「たとえば、服なんてどうですか。そう言えば、今日は素敵な赤いドレスを着てますが、これはいつ買ったものなんでしょう」

「これは……ずっと昔に母から譲り受けたもんさ。あたしの一張羅いっちょうらなんだ。よそ行きの服はこれしかなくてね」


「では、やっぱり服屋で新しい服も探してみましょう。あなたの長身なら、きっとどんな服でも似合いますよ」

「服なんて、自分で選んだことがないからねえ」


 そう言いながらも、彼女は少し嬉しそうに見えた。


「それ、一旦、預からせてください」


 ステンノが持っていたササキを渡してもらい、再び胸ポケットにしまった。


「というわけで、まずは服屋でショッピングといきたいんだけど、いいところ教えてよ」

「この期に及んで、僕にそれを聞くんですか」


「だって、3メートルの女性用の服が売ってる場所なんてしらないもの。地球の服屋でも売ってるの?」

「売ってないことはないですよ。3メートル級の女性はステンノ様だけじゃないですし、そういうビッグな女性なも、地球上に少なからず居ますからね。ただ、やっぱり品揃えに不安はあります」


「なんだかんだ言いながら、真剣に答えてくれる君が好きだよ」

「僕がゴネだすと話が進まないので、私情を殺しているのです」


「割り切ってるね」

「実際、割れてますしね。話を本題に戻しますが、地球の服屋に行くよりも、母艦内の服屋に行ったほうが、品揃えは豊富だと思います」


「ありがとう。この恩は必ず返すよ」

「まったく期待せずに待ってます」


「では、一旦、工房近くまで戻って、そこから服屋に向かいましょう」


 ステンノのほうへと向き直り、あたかも自分の提案かのように言った。


 来た道を逆にたどり、湖のほとりから町中まちなかへと戻り、スイスに来たときに通った、ビルの1階入口へと入った。

 白い廊下を少し歩き、スチームクリーナーに似た兵士の横を通り過ぎ、宇宙船に乗り込んだ。


 ラインを乗り継ぎ、ハニワ工房近くまで戻ったところで、ショッピングモールへつながるラインを見つけた。


「ここに行きましょう」


 後ろからついてくるステンノに声をかけた数秒後には、ショッピングモールに着いていた。

 気づけば、大勢の宇宙人が行き来する通路のど真ん中に立っていた。両脇と正面には、様々な店が入った巨大な建物があり、全体的な雰囲気としては、自分が知っている地球のショッピングモールのそれに近い。


 ここで、ふと思いついた。


「ステンノさん、ちょっとだけ待っててください。すぐに戻ります」


 そう言って俺は、ラインをたどってカジノへと移動した。


「あのショッピングモールで買い物をするには、どんな通貨がいいのかな」


 換金所に向けて歩きながらササキに問うた。


「日本円でも大丈夫ですよ。母艦内の多くの店は、あらゆる通貨に対応してますから」


「それは便利」

「宇宙通貨限定にすると、やっぱり売上も落ちますし、いろんな人にとって不便ですから。いちいち、1円が宇宙通貨だといくらになるとか、誰も計算したくないんですよ」


 換金所の前に着くと、やはり中には、人面うさぎのバニーガールが居た。


「あ、いらっしゃいませ! 今日1日ですっかり常連さんですね。今回はどうされますか」

「預けておいた10万円を換金してほしいんだ」


「はい喜んで。10万円出まーす」


 バニーガールが、10万円分のチップを長い両耳の中に流し込み、耳をブンブンと振り回すと、今度は両耳の中から1万円札が5枚ずつ滑り出てきた。


「どうぞ」


 手渡された10万円は、新札のようにピンとしていたが、ところどころに油の染みのようなものがあった。


「この汚れはなに?」

「お気になさらずに」


「気になるよ」

「わたしの耳の脂です。きゃ、恥ずかしい。まったくデリカシーがない人ですね」


 バニーガールが露骨に不快そうな表情を浮かべたので、それ以上の問答はせず、ラインで再びショッピングモールへと戻った。


 先ほどと同様、往来の激しい通路のど真ん中に出たが、そこにステンノの姿はなかった。あたりを見回すと、少し離れた建物の壁際に、彼女の赤いドレスを見つけた。


 足早に彼女のもとへと駆け寄ろうとしたとき、何かに右足首を掴まれて転びそうになった。見ると、白い触手のようなものが足首に巻きついていた。


 振り返ると、イカ樣ブラザーズが3人揃って立っていた。


「何か用ですか」

「用があるから、貴様の足に我が触腕しょくわんを巻きつけているのだ。先ほどの麻雀で、貴様が巻き上げた金を返してもらおうか」


 どうやら、カジノで姿を見られてあとをつけられたらしい。


「なぜ返す必要があるのですか」

「貴様がイカサマをしていたからだ」


「イカサマなどしてません。むしろ、あなたがたが勝手に負けたんじゃないですか」

「それだ。貴様はろくに和了あがることもなく勝った。これをイカサマと呼ばずしてなんと呼ぼうか」


「理屈がよく分かりませんが、金は返しませんよ。お引取りください。麻雀で負けた金は、麻雀で取り返してください」

「どうしても渡さぬというなら戦争だ。我らイカ星人は、地球人に宣戦布告をするぞ」


「え、こんなことで戦争を? めちゃくちゃですよ」

「真っ当な論理で戦争など始められるわけがないだろう」


 イカ樣ブラザーズ3人は、銃のようなものを取り出して、銃口をこちらに向けた。1本の足で銃のグリップ部分を握り、もう1本の足を引き金にかけている。


 10万円ごときで、大規模戦争が始まってしまうかもしれない。しかし、今、この10万円はステンノに素敵な服を買うための貴重な資産なのだ。


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 さて、10万円渡す? 渡さない?

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