27話目 睥睨

 改めて、店の外へ意識を向けると、大勢の話し声のようなものが聞こえる。


 この店に入るときは、周囲は閑散としていたはずだ。いつの間に、こんなに人が集まったのだろう。何か事件でもあったのだろうか。


 ふいに、ぴゅう、と笛のような音が聞こえたかと思うと、どん、と内臓に響くような重低音が続く。


 爆発音だろうか。テロか。戦争か。


 そのあとに、音楽のようなものも聞こえるが、その内容は判然としない。


「外が騒がしいですね。ちょっと見てきます」

「あたしも行くよ」


「いえ。何か危険があるかもしれません。あなたはここに居てください」

「あたしの身を案じるなんて、それこそ100年早いよ。あたしは――」


「ここに、居てください」


 笑い混じりに言うステンノを遮った。


「あなたに何かあったら……」


 それ以上は言わなかった。ステンノの口元から笑みが消えた。


 テーブルを離れ、甲冑店員に一声かけてから、店のドア開けると、外は人で埋め尽くされていた。ここで言う「人」とは、いわゆる人間や地球人のみを指すのではなく、異星人やその他、異形いぎょうの者も指す。

 様々な人がまぜこぜになった群衆は、ゆっくりと、自分から見て右のほうへと進んでいる。


 そちらに何があるのかと右を見やると、湖らしきものが確認でき、その周辺に無数の照明や屋台のようなものが設置され、夜景を飾っていた。

 どうやら、祭りのようなものが開催されているらしい。


 急にポップな音楽が流れ出し、珍妙な歌が聞こえてきた。


「強くなりたイカ? 勝ちたイカ? どうなりたイカ? 君の想いを形にスルメ。麻雀家庭教師、救い堂。この花火大会は、救い堂の提供でお送りします」


 とあるビルの外壁に大型ビジョンが設置されており、イカが10本足を目にも留まらぬ速さで動かし、麻雀を打つさまが繰り返し流されていた。どうやら CM らしい。


 イカ星人は麻雀に強いことになっているのだろうか。カジノで勝負したイカサマブラザーズは自滅の鬼だったが。


 CMの文句の中に紛れていた単語を、今さらながら反芻はんすうした。花火大会と言っていたな。これはいい。


 店の中へと取って返し、ステンノの居るテーブルへと急ぐ。


「ステンノさん、行きましょう。あなたに見せたい、いえ、あなたと一緒に見たいものがあります」

「急にどうしたんだい。外の様子はどうだった」


 テーブルの上を見ると、自分が店を出る前には半分以上残っていた、鍋の中のチーズと、大皿の具材がすっからかんになっていた。

 ステンノが食べてくれたなら、それでいい。空腹のまま花火大会で連れ回すのも忍びない。

 気になるのは、ステンノの頭だ。蛇たちの口にチーズが付いていた。頭の蛇たちもものを食べるのだろうか。


 無言でステンノに手を差し伸べると、彼女は応じて立ち上がってくれた。といっても、彼女のほうが大きいので、手を差し伸べる意味はあまり無かった。それでもいいのだ。こういうのは雰囲気だ。


 会計を済ませ、ステンノを連れて外へ出た。


 群衆の流れに身を任せながら、じりじりと湖に近づいて行く。


「ステンノさんは、花火を見たことがありますか」

「花火? あまり聞き覚えのない言葉だね。どんなやつだい」


「文字通り、火で、夜空に花を描くんです。大小さまざまな花が、二重三重ふたえみえ、場合によっては十重二十重とえはたえに咲いて、夜空を彩るんです。綺麗ですよ」

「へー、地球にはそんなものがあるのかい。見たことはないね。楽しみだよ」


 群衆の流れは、湖へと突き当たり、大きく左右に分かれた。右へと曲がる流れにまぎれてしばらく進むと、湖のほとりに多数の座席が設置された広場が現れた。その広場はかなり広く、席にはまだ余裕があり、ステンノと2人で座ることができた。

 この座席も、不思議な作りになっているようで、隣に座ったステンノの顔が、自分の目線の高さにある。


「この空に、花が咲くのかい。本当に?」


 そう言って夜空を見上げるステンノは、少し嬉しそうだった。しかし、その目にはサングラスのような保護グラスがかけられているのが気になる。あれで、綺麗に花火が見えるのだろうか。


 湖のほうを見ると、中央付近に浮島のようなものがあり、そこにもいくつかの照明が設置され、慌ただしく動く人々を照らし出していた。

 どうやら、そこで花火の打ち上げ準備をしているらしい。


 広場のそこかしこに設置されたスピーカーから、ジーというノイズが聞こえた。どうやら、スイッチが ON になったらしい。


「皆さま、大変長らくお待たせいたしました。先ほどの開会の1発、ご覧いただけましたでしょうか。この日のために、私たち、花火職人一同は1年間、ずっと花火を作り続けてまいりました。今日見た花火を記憶に留めていただき、来年のこの日が来るまでの1年間、綺麗だったなとたまに思い出していただければ幸いです」


 広場で拍手が起こり、浮島では先ほどの慌ただしさは消え、すでに準備万端といった様子だ。

 間もなく、ぴゅう、という音が聞こえた。花火が打ち上がる音だ。


 いや、違う。それにしては、いやに和風な響きを感じる。よく見ると、浮島の中央で、誰かが篠笛を吹いているのだった。


 期待させやがって、なんであんなところで篠笛を吹いているんだ。


 肩透かしを喰ったことに、少々の怒りと落胆、そして疑問がないまぜになった感情を抱いた次の瞬間。


 どん、と大地を揺るがす爆音がとどろき、夜空一面が大輪の花で覆われた。


 圧倒されてしまった。その美しさも、スケールも、自分が知っている花火のそれではなかった。

 それは例えるなら、夜空を高密度の星々が埋め尽くし、それらが自在に色を変えることで、空一面をディスプレイにして緻密な花を描き出す。しかしそこにデジタルの無機質さは無く、あくまでアナログの炎が光源であるという不思議な光景だった。


 再び、笛吹き男がぴゅう、と鳴らすと、その直後に夜空一面に花が咲いた。


「ステンノさん。いかがですか」

「ああ、綺麗だねえ。世界には、こんな綺麗なものがあったんだねえ」


 3,000年生きているという割に、花火を見たことがないというのは少し気になった。地球に来たことはないと言っていたが、テレビで High Gハイジー を見たことはあると言っていた。


「その保護グラス、取ったほうが綺麗に見えるんじゃないですか」

「だろうね。でも、取るわけにはいかないよ」


 彼女は、あきらめたように笑いながら言った。


 浮島を見ると、男が陽気に踊りながら篠笛を吹いていた。その陽気さと、女好きそうな顔を見るに、おそらくイタリア人だろう。

 どういう仕組なのか分からないが、あの篠笛で花火を操っているらしい。その証拠に、なるかどうかは分からないが、イタリア人が篠笛を吹いていない間は、花火も上がらないのだ。


「さあ、次はひときわ綺麗なやつが来ますよ」


 スピーカーから声が流れた。


 ぴゅう、という音がなり、どん、と鳴ると、夜空一面が草原のような緑色に染まった。白、黄色、赤、青、様々な色の花が、少しずつ草原を彩っていき、気づけば空一面に花畑が描き出されていた。


 この光景を、ありのままステンノに見てほしかった。次の瞬間、自分の右手はステンノの保護グラスを取り去っていた。


「あ」


 と驚きの声を発したあと、彼女は目に涙を溜めながら言った。


「綺麗……」


 次の瞬間、彼女の目が怪しい輝きを帯びたかと思うと、とんでもないことが起きた。


--------------------------------------------------------------------


 何が起きた?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る