26話目 外からの音

「構いません。ぜひ聞かせてください」


 ステンノをほったらかしにしていたことに気づき、視線をやる。


「あたしも構わないよ。久しぶりの外出だ。どんな話でも聞いてみたいね」


 落ち着いた物腰でステンノが言った。さすが3,000歳。貫禄がある。


「物好きだね」


 High Gハイジーは、ため息をついてから、右手を少し挙げ、拳銃をこちらを見せつけるようにした。


「こいつはP太ぴーた。わたしが7歳のときのことだ。その頃から、こいつは、精度がよく、使いやすかった」


「いや、ちょっと待ってください」


 思わず片手を挙げて制止してしまった。


「そのときからすでに、P太さんは拳銃だったんですか?」

「そうだ」


「できたら、P太さんが拳銃になる前から話してもらえませんか」

「そんなことを聞いてどうする。そこはつまらないからとばしたのに」


「いえ、むしろそこが一番気になるんですよ」

「変わったやつだな」


 High Gハイジーは、遠い目をして再び語り始めた。


「わたしとP太は、同じ山の生まれなんだ。生まれたのも5日違いでね。元々、両親同士の仲が良かったから、わたしとP太は、物心ついたときから、ずっと一緒だった。P太の家では牧場をやっていて、自家製のヤギ乳をよく飲ませてもらった。それで作るヨーグルトやチーズがまた絶品だった。子どもの頃は、ほとんど乳製品で育ったと言っても過言じゃない。そうそう。最初にヤギ肉を食べさせてもらったときは――」


「あの、すみません」

「なんだ」


「その話、長くなります?」

「だから、長くなると言ってるだろう」


「あ、そういう意味ではなくて、今の話の流れで、すぐにP太さんは拳銃になります?」

「P太が拳銃になるのは、もうちょっとあとだな」


「できたら、P太さんが拳銃になったあたりのいきさつを話していただけると」

「注文の多いやつだな」


 High Gハイジーは、再度ため息をつき、語り始めた。


「P太は、いたずらっ子で、よく悪さをしてた。わたしが5歳のときのことだ。P太がまた悪さをした。そのときは、P太の父親がえらく怒ってね。わたしの目の前で怒鳴りつけられてよ。お前、何回目か分かってるのか! 38回目だぞ! って」


 そのときの様子を再現しているのだろう。High Gハイジーは、自らの前方、斜め下を指差す仕草を見せた。


「お前のようなやつは叩き直してやるって言いなら、ガンガンと殴ってさ」


 右腕を、繰り返し振り下ろすような動作で言う。


「P太はわたしの目の前で、拳銃になったんだ。悪さP太38という拳銃に」


「ワルサーP38ではなくて?」

「聞いてないのか。悪さP太38だ」


 拳銃の名前もさることながら、この、腑に落ちない感じはどうしたことだろう。


「すみません。そもそもなんですが、P太さんは拳銃になる前はなんだったんですか」

「ハンマーだよ。もともとはインゴットだが、P太の父親もハンマーなんでP太もハンマーになった。だが、激怒した父親の手によって、炉に入れられて叩き直されたんだ」


「となると、High Gハイジーさんも元はインゴットで?」

「そうだ。わたしも金属製だ。分からなかったか?」


 そう言いながら、High Gハイジーは左手の人差し指で、自らの頭を叩いてみせた。キンキン、と金属同士がぶつかり合う音が響く。


「それはなんとも……大変ですね」

「わたしは必死で努力をして、ロボットになった。P太と一緒に居るために」


「会社では、使えない総務を演じていますが、その実は情に厚いロボットだったんですね」

「……まあな」


 High Gハイジーの表情が曇った気がしたが、このよく動く顔も金属でできているのだとしたら興味深い。


「ところで、さっき、乳製品を食べてたとか言ってませんでした」

「言ったが、それがどうした」


「ハンマーが乳製品を食べるんですか」

「どういう意味だ。金属を侮辱しているのか。今のわたしだって乳製品を食べる」


 High Gハイジーは、憤然として、鍋の中で煮えたぎるチーズに左手を突っ込み、絡みついてきたチーズを綺麗に舐め取ってみせた。


「このように」


 どうやら、この世界はまだまだ驚きに満ちているようだ。


「じゃあ、わたしはそろそろ行く」


「あ、ちょっと待ってください」


 出ていこうとするHigh Gハイジーを呼び止める。


「そもそも、なんでここに来たんですか。後ろから、頭に銃まで突き付けて」

「空中ブランコで楽しんでいたら、貴様が下を通るのが見えたのでな。会社から出ていったきり戻ってこない不良社員を脅しに来ただけだ。明日は会社に来いよ」


 こちらに背を向けたまま手を振り、High Gハイジーは店のドアを開けて出ていった。

 先ほど、High Gハイジーは、仕事を終えてからスイスでブランコをしていたと言っていた。ということは、すでに終業時刻を回っているということか。

 時計を見てみると、19時を回っている。思ったより時間が過ぎていた。


「ステンノさん、すみません。とんだ邪魔が入りまして」

「構わないさ。ところで、あんたの名前はなんていうんだい」


「あ、これは失礼しました。売子木きしゃのきと申します」

「はて、売子木きしゃのき……どこかで聞いたことがあるような」


 そのとき、なにか音が聞こえたかと思うと、店の外がにわかに騒がしくなった。


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 さて、聞こえたのはなんの音?

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