第7話
鬼神の如き戦いぶりを見せるアリアスを横目に、ヨハンは気配を押し殺しながらルージュとシシリィに駆け寄った。
「ヨハン!」
「ヨハンさん……」
上着を破かれた二人は、植物の蔓でグルグル巻きにされており、横たわるその姿は、奇っ怪な芋虫のようだった。
「ぷっ……」
ナイフを腰から取り出しながらも、思わず吹き出してしまったヨハンに、ルージュは柳眉を吊り上げる。
「アンタ! 何を笑ってるのよ! 私が掴まったことが、そんなに楽しい?」
シシリィを縛っている蔦を切りながら、ヨハンはもう一度ルージュを見て、また吹き出してしまった。
「いや、違うんだよ、ルージュ。君のその姿が、普段と余りにもかけ離れているから、つい……」
笑みを浮かべたヨハンだったが、すぐ横で凄まじい爆発が起こった。見ると、アリアスの魔晶術が岩盤を吹き飛ばし、一体のオークを生き埋めにした所だった。
孤軍奮闘するアリアスだったが、流石に疲れが見え始めていた。息は上がり、徐々に壁際に追いやられていた。あのままでは、二人を助けたとしても、アリアスが逃げるのは困難だろう。
「ヨハンさん、早く切って下さい。すぐに、アリアスさんを援護しないと」
頷きながらも、ヨハンは蔦を一本一本切っていく。ヨハンの使い古したナイフは切れ味が悪く、強靱な弾力と堅さを持つ蔦を切るのに手間取った。シシリィを縛り上げている蔦の何本かを切り裂いた時、シシリィが自ら体を動かし呪縛を解いた。
「ありがとう、ヨハンさん」
上半身を起こしたシシリィは、下着姿だった。体中が汚れており、白い肌には痛々しい蔦の跡がいくつも残っていた。
「シシリィ、これを着て」
マントをシシリィに纏わせたヨハンは、隣に倒れているルージュの蔦を切りにかかった。しかし、蔦を切り始める前にルージュとシシリィの短い悲鳴が聞こえた。
「ヨハン! 後ろ!」
鬼気迫るルージュの声に、反射的に振り返ったヨハン。目の前には、三体のオークが立っていた。狩りから帰ってきたのだろう。手には数頭の狼が下げられていた。
「くそっ! まだいたのか!」
身を翻し、ナイフを構えたヨハン。相手は三体のオーク。背後で戦っているアリアスは、今や防戦一方で援軍は期待できそうにない。身軽になったシシリィだが、肝心の武器も、魔晶石も無い状態だ。
「クソッ、どうすれば?」
当然、ナイフ一本を手にしたヨハンに、何が出来るわけもない。先日、魔晶石にライティングした魔晶術も、この状況ではなんの役にも立たない。
「ヨハン、何とかしなさい!」
背後から叱責するルージュの声には、明らかな焦りが浮かんでいた。彼女も、今の状況が絶望的だと分かっているのだろう。その絶望の中であって、この状況を覆せる人物はヨハンしかいないのだ。
三体のオークと向かい合うヨハンの頭には、数少ない選択肢の中でも、最も現実的で最悪の選択肢が浮かんだ。
(このままじゃ、みんな死んじゃう。仕方ないか……)
オークは、何が起きているのか分からなかったのだろう。アリアスを見、ヨハンを見、至る所に転がる仲間の死体を見て、漸く状況が理解できたようだ。オークの手から食料となる狼が落ちる。
オオオォォォォー
オークの咆吼が、洞窟を振るわせた。手前にいるオークが、古びた剣を振り上げてきた。
壁際に追いつめられながらも、巧みな体術と剣術で、残った四体のオークと戦うアリアス。
ヨハンの背後に隠れ、どうすることも出来ないシシリィ。
地面に転がり悪態をつきながらも、最後までヨハンに希望を託すルージュ。
一瞬だけ振り返り三人を見たヨハンは、覚悟を決めた。
ナイフを持つ手に力を込め、オークへ斬りかかっていった。
オークの小さな頭目がけ、ナイフを突き出すヨハン。彼の手が届くよりも先に、オークの振り下ろした剣が、ヨハンの肩から胸を切り裂いた。
鋭い痛みが全身を駆け巡り、骨と一緒に意識が断ち切られていく。
胸から鮮血を飛び散らせながら、ヨハンの体は背中から倒れようとしていた。
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