エーデルワイスの花束を

薄雪リオ@受験生

-Prologue-

 寒さにも終わりが訪れ、柔らかな日差しがガラス窓に差し込む三月。私は個人経営の風情ある喫茶店でひとり、その日差しを避けるような日陰の席で本を読んでいた。紙独特の心地良い匂いを感じながら、私の瞳は文字を追い、ページをめくる乾いた音は耳に響く。

 ただ、私の心はその本の内容に入りきれてはいなかった。理由は明らかで、この喫茶店で、ひたすらに来ない待ち人を想っているからであった。彼女のことを想うだけで胸がざわつき、痛む。もう二度と取り戻すことの出来ない、あのときの大切な時間。『普通』だと思っていた、あの叶わない物語。

 …小さく息を吐く。これでは本に集中できそうにない。私は本をめくる手を止め、涙の零れそうな瞳を優しく拭う。そして、過去の風情を漂わす、アンティーク調の家具の匂いを感じながら、今ここにいない彼女と出会い、そして過ごした日々に想いを馳せた…。

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