第92話 ニーラの逃亡

 魔王の娘であるニーラの心の中に入った俺。

 重要な記憶を探す為に、ニーラの記憶を掘り返していった。


 ◇


 ある記憶を掘り返すと、目の前にゴブリンクイーンが、ニーラを静かに起こしている。


『キーエ様が貴女をお呼びです。

 静かに私に付いて来て下さい、ゴブゥー』


 ニーラは驚きながらも起き上がって、ゴブリンクイーンに小さな声で返事をする。


『お姉様は、生きていらしたのですか!』


 ゴブリンクイーンは頷いて、少し悲しそうに言う。


『生きてはいるのですが、ゴブゥ……。

 キーエ様は儀式よって以前とは違う姿をしていますゴブ。


 キーエ様に対して、魔王様の仕打ちは余りにも残酷過ぎると思うのですゴブ。

 しかし、私にはキーエ様をお世話する事しかできません、ゴブ。


 他言無用にお願いしますよ、ゴブゴブ。

 もし、この事が分かったら、私は殺されるのは間違いないですから、ゴブ〜〜!』


 ニーラは深く頷くと、ゴブリンクイーンの後を付いて行く。

 薄暗い部屋入ると、老婆がベッドに横になっていた。


『キーエお姉様なのですか……!?』


 老婆はその声に反応して、ニーラを悲しそうに見つめる。

 そして寝たままで、口元がわずかながら、一瞬微笑んだ。


 キールは老婆の様な声で、ゆっくりと言い始める。


『まだ逃げてなかったの?

 早く逃げないと、私と同じ様になるわよ!』


 ニーラは変わり果てた姿のキーエ姉さんに近寄り、涙を流し始める。

 そして、怒りの感情と共に、真実を知りたいと強く思って言う。


『どうしてこの様な酷い仕打ちを、お父様は私達異母兄妹わたしたちきょうだいにするの?

 お姉様は、その理由をご存知なのですか?』


 キーラは深いため息を吐いて、言う。


『お父様は闇の神、アーテを召喚させたのです。

 狂気を司るアーテは、お父様に13人の子供を生贄に捧げるならば、不老不死と、神と同じ能力を与えると言ったのです。


 お父様はそれに従い、私達を闇の神に生贄として捧げているのです。

 生贄にされた私達の寿命の殆どは、お父様に移されました。


 更に最悪なのが、私達の魔法門マジックゲートから、常にお父様に魔法が行く様になったのです。

 つまり、子供達の命と魔法を、お父様が独占しているのです。


 私達はアーチの呪いで死ぬ事も出来ず、このまま永遠に生きなければならない。

 お願い、ニーラ!


 ここから逃げて、人間に助けてを求めて!

 貴女が生贄にされると、アーテーとお父様の間に交わされた契約が完全に成立し、この世は狂気へと変わり、誰にも止められなくなる。


 今だったらまだ間に合う!

 人間界では、ハゲワシに変身できて、空を飛べる強力な魔法を使う人間がいる。


 その人に会って、この真実を伝えて!

 それが、この世界に残された最後の望み。


 全ては貴女に掛かっている。

 一刻も早くここから逃げて、ハゲワシに会って!』


 キーエは震える手でニーラの手を握った。

 そして、追い払う様な仕草でニーラの手を離す。


 ニーラはそれ以上何も言えず、涙を流しながら部屋を後にした。


 ……。


 ニーラは俺に会う為に、人間世界に来たんだ……。

 魔王の秘密を教える為に!


 ニーラが生贄にされると、魔王は更に強くなる。

 彼女を、魔王側に渡さないようにしないとな。


 アーチって、ヴァール姉ちゃんがバラードの中で出てきた狂気の神だよな。

 その神を召喚したなんて……。


 それに、魔王がやっている事は、命力絆ライフフォースボンドの逆か?

 命力絆ライフフォースボンドは、与えられた人達は飛躍的に能力が上がる。


 けれど、アーテと魔王との間の契約は、生贄の命と魔法を供給する。



 魔王に勝てるのだろうか……?

 12人の子供達から魔法を供給でき、強大な魔法を使う事の出来る魔王に……?


 ……?


 まてよ……?


 もしかして、命力絆ライフフォースボンドを使って、姉ちゃん達の能力を俺に集中させる事が出来るのでは……?

 姉ちゃん達と心で繋がっているので、できる気がする。


 それに、モージル妖精王女とも心で繋がっているので、王女の能力も使える……?

 更には、王女と妖精達が繋がっているので、全ての妖精達の能力も使える……?


 どうやっていいのか今は分からないけれど、できる気がする。

 もしそれができたら、魔王と対等に戦う事ができる。


 それまで、試行錯誤を繰り返さなければならないのか……。


 ◇


『こっちだよゴブ〜〜』


 迷路のように繋がる狭い隙間を、ニーラはゴブリンの子供と一緒に進んでいる。


『ちょっと待ってよ、ゴブブ。

 狭すぎて、通るのに時間がかかるの』


 ゴブブは振り向いて言う。


『急がないと、間に合わないゴブ〜〜!

 魔王様が寝ている間に、この魔城から出ないと見つかってしまうゴブ!』


 既に、膝とすねから血が出ていた。

 けれど、ニーラはゴブブの言われて、傷口が開くのもかまわず急いだ。


 ◇


 三日月の薄明かりの中、ニーラが走って行くとワイバーンが待っていた。


『早く、私の背中に乗って下さい。

 もうすぐ夜明けで、出来るだけ陸から離れたいのです』


 ワイバーンからは、緊張感漂ってきている。

 ニーラはワイバーンの背中に急いで乗った。


 ワイバーンは力強く羽ばたくと、夜明け前の薄暗い夜空に舞がって行った。

 ニーラが後ろを振り向くと、村々の灯りが薄ぼんやりと見える。


 村々のはるか先には、一際明るい魔城が浮かび上がって見えている。

 もうここには帰ってこないんだなと、ニーラは再び涙を流し始めた。


 ……。


 ニーラが涙を流しす気持ち分かるよ。

 俺も、この世界に来た時は泣きたい気分だったもの。


 ◇


 ニーラがワイバーンの背中で眠っていると、朝日が顔に当たり起こされる


『3日目で、ようやく陸地が見えてきました!』


 ワイバーンの喜んでいる声が聞こえ、眩いばかりの朝日を見ると、ニーラはすぐに目を瞑ってしまった。

 薄眼を開けて朝日を見ると、遠くに陸地が確認できた。


『ニーラ様、人間の住む大陸にもうすぐ着きます。

 くれぐれも、お身体を大切にして下さい』


『ありがとう、ワイガー。

 帰り、気をつけてね』


 ……。


 ワイバーンって、結構愛情深いんだな……。


 と、とにかく、ニーラは間違いなく魔王の情報を俺に届ける為と、庇護を求めて来たのは間違いはない。

 これ以上ニーラの心の中に居ても仕方ないので元の世界に戻りますかね。


 俺は戻る魔法を発動した。


 ◇


「良かったわ〜〜、トルムルが無事に帰って来て」


 エイル姉ちゃんが、安心したような顔で、俺をその柔らかい胸で強く抱いてくれる。

 強く抱いてくれるのだけれど、愛情たっぷりの抱き方で、俺は心からこの世界に戻ったのだと実感できた。


 でも疲れが酷く、凄く眠い。

 ま、あれだけ神経を使って、ニーラの心の中を旅したので当然か。


 ニーラについて分かった事を伝えないと思って、寝ている彼女を見る。

 しかし、別の少女が眠っていたので、超〜〜驚く俺!


 っていうか、変身の魔法が解けて元の姿に戻っただけだよな……。

 よく見ると、凄く可愛い6歳ぐらいの女の子。


 髪の毛は真っ赤だけれど、その他は人間とは変わらない。

 こんなに小さな女の子なのに、背負っているものは余りにも大きい。なにせ、世界を変えるかもしれないからな。


 俺に会う事はできたけれど、魔王を止めるのはこれからだ。

 俺と協力して、ニーラはこの先、魔王と対峙しなければならない。


 重力魔法を発動し、抱いてもらっていたエイル姉ちゃんから離れる。

 そして、今までニーラの身に起こった事を紙に書き出す。


 エイル姉ちゃんとリトゥルが、書いているのを両脇から目を見開いて見ている。

 全て書き終わると、エイル姉ちゃんが緊張した声で言う。


「分かったわ。

 ニーラを、魔王から守ればいいのね」


 さすが姉ちゃん。

 本質を見抜いてるよ。


 ふと、リトゥルの頬を見ると、小さな手で引っ叩かれた跡がある。

 何で傷があるのか不思議そうに俺がジッとそれを見ていると、リトゥルが口を尖らせながら言う。


「こやつの顔から汗が出ていたので、布で拭きはじめたら、思いっきり引っ叩かれたんじゃよ。

 小さいくせに、力は大人並みだぞこやつ!」


 エイル姉ちゃんはリトゥルに言う。


「リトゥル様は、日頃の行いが悪いから、本能でニーラがそれを嗅ぎ取ったのではないですか?

 それで、寝ているにも関わらず、思いっきり引っ叩かれたのではないでは?」


 ……?

 姉ちゃんの言っているのが、正しい気がする。


 リトゥルの目が泳ぎ始める……。

 ニーラとリトゥルの間で、この先、何か起こりそうな予感が……。

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