第91話 魔王の娘ニーラ

 少女に化けていた魔王の娘ニーラは、自らの正体を明かした。

 そして、俺を真剣な目で見つめる。


 魔王の娘であるニーラの言う事が正しければ、魔王の情報が得られる。

 その意味する所は、魔王戦での戦いを有利に進める事ができる筈だ!


 しかしそれが偽りで、俺に近付く手段だとしたら……?

 非常に危険で、俺はニーラに殺されるかもしれない。


 まさにもろ刃の剣。

 しかし、ニーラの本心を確かめる術がない……。


 ……?


 待てよ!

 母ちゃんが言っていたよな。


『思っている事を手の中で再現できれば、魔法は発動するのよトルムル』


 つまり、ニーラの心の中に入って行くイメージができれば、魔法を発動して彼女の心の中に入って行ける。


 妖精の国には、俺の心だけ行けたので要領は分かっている。

 でも、それが罠かもしれないと疑念は残る。


 ジッとニーラを見つめると、わずかに怯えた感情が伝わって来る。

 明らかに、俺が噂のハゲワシであると見抜いて、自らの身分を明かしたみたいだ。


 俺が強大な魔力を持っているのを、噂で既に知っているはず。

 つまり、俺から攻撃を受けて、魔石になる覚悟でここにいるという事を意味している。


 ある意味、凄い根性がある。

 それ程までに、魔王からの追ってに心身共に疲れ果てて、俺に保護を求めてきたのか……?


 でも、なんで???


 それに、俺がニーラの心の中に入って行くと、俺以上に彼女の負担が大きい筈。

 無理やり心の中に入って、過去の記憶を見るんだから。


 心の中を見るのをニーラが拒めば、拘束して牢獄に閉じ込めるしかない。

 しかし、ニーラは強大な魔力を持っているのを感じる……。


 牢獄に閉じ込めても簡単に脱獄しそう。

 それよりも、俺の近くに置いていた方が安全か……?


 とにかく、心の中に俺が入って行く事をニーラに伝える。

 その返答次第で、次の行動を決めるしかないな。


 俺達以外、周りに誰も居ない事を確認して、俺はエイル姉ちゃんにその事を命絆力ライフフォースボンドを使って言う。。


『ニーラの心の中に僕が入って、ニーラの真意を確かめようと思います』


 エイル姉ちゃんは驚いて、俺を凝視して言う。


『トルムルは、この子の心の中に入って、真意を確かめるって言うの!?

 それって、とっても危険だわ!


 それに、今までそんな話聞いた事がない!

 心の中に入って、出てこれなくなったらどうするのよ!』


 エイル姉ちゃんは、真剣に俺に忠告してくれる。

 怒鳴るように言っているけれど、姉ちゃんが俺を心配してくれる優しさが伝わって来る。


 ありがとう姉ちゃん。

 でも、これはやらなくてはいけない気がしている。


 この事を、ニーラにエイル姉ちゃんから伝えてもらう事に。

 まだ俺は、流暢に話せないから……。


 それを聞いたニーラは驚き過ぎて、身動き一つしていない!

 しばらくすると、ニーラが落ち着いてきたみたいで、深呼吸を一度して言い始める。


「ハゲワシ様に、私の全てを見てもらいます。

 私に起きた全ての事を!


 一言だけ言えるのは、魔物全てが好戦的でないとういうことです。

 宜しくお願いします」


 そう言ったニーラは深く頭を下げた。

 ニーラの決意に俺は心を打たれた。


 俺は決心をして言う。


「わ〜〜た」


 ……。

 もう少し、上手く話せいないかな。威厳が全く無い気がする……。


 貿易船には、もしもの時の為に元賢者の長であるリトゥルがいる。

 エイル姉ちゃんと、リトゥルが俺の近くに居れば、緊急事態になった時は安全だ。


 多分……。


 ヒミン王女に命絆力ライフフォースボンドを使って船に戻る理由を伝えた。

 王女は心配な声で言ってきた。


『トルムル様の判断が正しいか分かりませんが、何かあったらすぐに駆けつけます』


 ヒミン王女も、俺の事を心配しているのが伝わって来た。

 姉ちゃんとヒミン王女に心配かけないように、細心の注意を払ってニーラの心に入らないとな。


 重力魔法で俺達3人は船に戻る。

 リトゥルを呼んで、俺の船室に来てもらった。


 戻った事情を説明すると、リトゥルも心配顔で言う。


「ハゲワシ殿がそう決心したのなら、わしは全力で応援する。

 安心して、こやつの心の中に入って行かれるが良い」


 ……?

 リトゥルが安心してって言うと、返って不安になるんだけれど……。


 ニーラにはベッドに横になってもらった。

 エイル姉ちゃんの、その柔らかな胸に俺は抱かれてオシャブリを念入りに吸う。


 姉ちゃんに抱かれていると、母ちゃんに抱かれながらオッパイを吸った事を思い出す。

 母ちゃんに抱かれた、たった一回の抱擁を思い出すと、俺の心を安心感で満たしてくれる。


 母ちゃんは、ヤッパリ偉大だよな。

 思い出すだけで、俺に安心感と、更に勇気をも与えてくれる。


 右手の中に、ニーラの心に入るイメージを念入りに作り始める。

 何かあった場合の事を考えて、脱出経路も確保しながらニーラの心の中に入る事も忘れずに付け加えた。左手の中では、一日中眠っているぐらい強力な眠りの魔法も同時にイメージする。


 両手の中でイメージが完成したので、左手の中にある眠りのイメージを最初に魔法で発動した。

 左手から淡いピンク色の気体が、ニーラの顔をおおった。


 ニーラが呼吸をする度に、それを吸い込んでいく。

 彼女が吸っていくと、まぶたが自然に閉じていった。


 ピンク色の気体を全てニーラが吸うと、彼女の体にあった緊張が全て無くなった。

 彼女が深い眠りに落ちて行ったのを確認できたので、今度は右手の中にあるイメージを魔法で発動した。


 魔法を発動したと同時に、俺の意識がどこかに飛ばされた感覚を覚えた……。



 ◇


 ……?

 ここはどこだろう……?


 確か俺は、ニーラの心の中に入った記憶があるんだけれど……?

 真っ暗で、何も見えない……。


 手を動かしても何も当たらない……。

 もしかして、罠にはまったのか……?


 いや待てよ……。

 僅かだけれど、向こうで何かを感じる。


 あ、そうか!

 目で見ようとしているから真っ黒なんだ。


 目を閉じて、心の目を開けてるようにしたら、突然目の前に大きなオッパイが現れた。

 それを両手でつかむと吸い始める。


 ん〜〜ん、美味しい。

 母乳は最高だ!


 ……?

 ちょっと待てよ!


 なんだこれは……?


 誰かが俺に近付いて来て言う。

 赤い髪の長身の男だ!


『ニーラは元気に育っているようだな』


『はい、魔王様。

 貴方の娘は、明日で一才を迎えます』


『ほう、もうそんなになるのか。

 これからが楽しみだな』


 そう言って、魔王は俺から去っていった。


 ……。

 えええぇぇぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!


 さっきの男が魔王なの!!

 マジですか!?


 ……?


 そうか、ニーラの過去にあった事を、俺は再現して見ているんだ。

 とすると、この大きなオッパイの人がニーラの母ちゃん……?


 で……、近く居る小さな女の子がニーラのお姉ちゃんなのか?

 怯えるように魔王を見ていたけれど、何でだろうか?


 とにかく、この時代はこれしかなさそう。

 次の時代に行きますか……。


 ◇


 色々な時代を見たけれど、魔王に関する記憶はほとんど無かった。


 人間の世界とほとんど変わらない日常。

 食べて遊んで、勉強をする。


 でも違う事もある。

 ニーラの仲良しであるゴブリンが遊びに来たり、ワイバーンの背中に乗って空を飛んでみたり。


 魔物達が、愛情深くニーラに接していたのでビックリ。

 メデゥーサらしき魔物が、ニーラとかくれんぼをしている記憶を見た時には、石にされるのではと内心ビビった。


 更に俺は、別の時代に行った。


 ◇


 周りは、見渡す限りの花々。

 向こうから、少女が花輪を持って来て言う。


『ニーラの為に、花輪を作ったのよ』


 そう言った少女は、ニーラの頭に花輪を置いた。


『ありがとう、キーエお姉様。

 これって、とってもいい匂い』


 キーエは悲しそうに、ニーラに言う。


『明日私は、儀式を迎えねばなりません。

 お父様が信じる闇の神に私を捧げ、更なる力を得る為に。


 私達の異母兄妹きょうだいは13人いるけれど、既に11人が廃人同様になって幽閉されています。

 お父様が、何故そのような怖い事をするのか私には分かりません。


 人間世界に戦いを挑んでおり、既に3つの国を滅ぼしたと聞いています。

 メデゥーサ伯母さま達が、そこの国々を支配していると言うのです。


 お父様は、さらなる力を得る為に私達を闇の神に捧げているのです。

 この魔城から逃げる術を知っているのですが、私の体は大きすぎて抜け穴を通れないのです。


 ニーラ、よく聞いて!

 貴方には、その抜け道を通る事ができる。


 その抜け道を教えるから、そこから逃げて!

 そして、人間世界で生き延びて、ニーラ!』


 魔王は自分の子供達を、闇の神に生贄にしている。

 力を得る目的で、魔王の子供達が犠牲になっているなんて……。


 その結果、魔王の子供達は廃人になっている……。

 これって、どう考えていいんだろうか?


 更に俺は、違う時代に移動する。

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