第6章

第79話 エイル姉ちゃんの彼氏

 ガタ! ゴト! ガタ!  ゴト! ガタ! ゴト!


 ギガコウモリ戦から数週間たったある日。エイル姉ちゃんが、朝からとても騒がしい。何やら部屋で何かをしているようだ。


 今夜、城では王族の後継者よる会議が開かれる予定だ。

 俺はもちろんだけれど、エイル姉ちゃんも呼ばれている。


 でも、行くのは今夜だよ……。


 ん……? 店の前に馬車が止まった。

 お客さんにしては、まだ店が開店してないんだけれど?


 エイル姉ちゃんの部屋から、今まで見たことが無い綺麗なお姉さんが出て来て、俺は完全に固まる。


 だ、誰!?

 こんなにも、超綺麗なお姉さんを見たことがない!!


「父さん、トルムル。

 夕方までには帰るから」


 そう言うと、見知らぬ超綺麗なお姉さんは外にでて、馬車に乗ってどこかに行った。

 エイル姉ちゃんの部屋に、誰か別の人が居たのかな?


 でも…、声はエイル姉ちゃんだった気がする…?

 それに、『父さん、トルムル。夕方までには帰るから』って言ったような……?


 父ちゃんがさっきから何かを言おうとしていたけれど、声になっていない。

『あ』とか『え』だけだ。


 やっと、声に出して言えるみたい。


「し、信じられない事だけれど、さっきの女性はエ、エイル。

 化粧した、ナタリーの若い頃にそっくり……」


 え〜〜〜〜〜〜〜〜!!


 マ、マジですか??


 さっきの超綺麗なお姉さんが、エイル姉ちゃん……?

 とても信じられない!!


 さっきまで読んでいた大賢者の本、内容が思い出せない……。

 もしかして俺……、赤ちゃんなのにボケ始めたの?


 イヤイヤ!

 エイル姉ちゃんの激変に、俺はショックを受けたんだと思う。

 まさか、あそこまで綺麗な女の人に化けるとは……。


 あ……。

 化けたのではなくて、エイル姉ちゃんは元々、超美人だったのを忘れていた。


 毎日、顔を合わせていたので、つい、そのう……。


 しかも、店の前に馬車が止まって、それに乗って行った。

 姉ちゃん、もしかしてデートなのかな?


 それにしても、馬車でお迎えって?

 相手は誰?


 あ〜〜、だめだ。

 エイル姉ちゃんの事が気になって、大賢者の本を読んでも頭に入ってこない。


 しかも、持って行ったバスケットの中には、お昼用に作っていたクロワッサンのサンドイッチ。

 エイル姉ちゃんの大好物になったパン。


 少し前から、パンが俺の食事にでてきた。

 この世界のパンは硬いので、ミルクかスープに浸して食べる。


 保存性を高める為には、必要だとは思うのだけれど……。

 でも、余りにも固すぎて、俺にとって魔物を倒すよりも困難だった。


 最初、硬いパンをそのまま出されて食べた時は、乳歯が折れるのではと本気で心配した。

 せっかくここまで育った乳歯が欠けたら大変だ!


 口の中で、唾液と一緖にかなり噛まないとパンが喉を通らなかった……。

 それで思い出したのが、クロワッサンのレシピ。


 知っていたクロワッサンのレシピを、姉ちゃんに教えた。

 前の世界で、じいちゃんがパン屋をやっていた。俺はそこでバイトをしていたので、パンのレシピはよく知っている。


 エイル姉ちゃんに教えた時は、バターをそんなに使うのと、白い目で俺を見ていた。けれど、出来上がって姉ちゃんが試食すると、飛び上がって驚いていた。


『こ、こんな美味しいパンを、今まで食べた事がないわ』ってエイル姉ちゃんが言っていた。

 そしてすぐに、他の姉ちゃん達とヒミン王女にエイル姉ちゃんはレシピを教えていた。


 数日後には、他の姉ちゃん達やヒミン王女から賞賛の嵐。

 もちろん、ウール王女からも連絡が来て、『これ、だいしゅきぃー。トームルもだいしゅきぃー』って言ってくれた。


 ウール王女から好きって言われると、鼓動が早くなる〜〜!

 クロワッサンのレシピ、もっと前に教えるんだったと、少し後悔。


 ふと横を見ると、モージル妖精女王が目を見開いたままになっている。


 横のマグニとドゥーヴルは、目と口を大きく開いたままだ。


 ヒドラの妖精が、目と口を大きく開けているのは、マヌケにしか見えないのですけれど……?

 もしかして、原因はエイル姉ちゃん?


 ドゥーヴルが、やっと話ができるみたい。


「おっどろいた〜〜〜〜!!

 エイルが、あんなに綺麗な人に化けるなんて!」


 バッチィーーーーーーー!!


「イッテェーーー!

 な、何で雷撃が落ちるの……?


 俺、なんか変なこと言った?

 真実を言っただけだよ」


 モージル女王の雷撃が、また落ちた〜〜!


「ドゥーヴル!

 エイルさんを呼び捨てにしてはいけません。


 それに、化けたのではなくて、お化粧をしただけです。

 でも、普段のエイルさんを見ていたらビックリするぐらい綺麗になっていました。


 そして、エイルさんの作るクロワッサンはまさに絶品。

 トルムル様に付いて来て、本当に良かったと思いました」


 ……?

 ……ん?


 も、もしかして、モージル妖精女王が妖精の国に帰らないのは、美味しい物を食べる為?

 クラーケンの足を家に持って帰ると俺が言ったすぐ後に、王女は俺に付いていくと言った気がする……。


「トルムル様は、もしかしたら……、他のパンもお考えではないでしょうか?

 もしよかったら、私が試食係をしてもいいのですけれど?」


 女王は微笑みながら、そう言う。


 ……。


 まてよ!

 これで、この世界の人達を幸せな気分にできるのでは?


 つまり、俺の知っているパンのレシピを、ハーリー商会を通して世界のパン屋さんに教える。

 利益を、多少こちらが取らないといけないけれど……。


 今夜、スールさんも後継者会議に来るから相談しよう。

 魔物の恐怖に怯えているこの世界で、俺の知っている美味しいパンで、人々を幸せにできる……、はず。


 大賢者を目指す俺にとって、これは是非ともやらなければならない気がする。

 エイル姉ちゃんは手先が器用で、最初からクロワッサンを上手に作っていた。


 ヒドラの折り紙は、手先の器用なエイル姉ちゃんが量産している。

 今ではこの店の人気商品で、わざわざ隣国から買いに来る人達もいる程。


 パンの商品開発も、姉ちゃんに任せればきっと上手くいく。

 それに、食いしん坊の姉ちゃんは喜んで商品開発をすると思う。


 俺は赤ん坊なのでパンを作れないからな。


『他のパンのレシピも考えています。それをエイル姉さんに教えます。

 それをモージル達が食べて、批評してくれるとありがたいです』


「やはりそうでしたか。お任せ下さいトルムル様。

 新たな任務、全身全霊を持って応えたいと思います」


 ……?

 え〜〜と。


 たんに、エイル姉ちゃんと同じで、食いしん坊なだけの様な気がしているんだけれど……。

 俺の思い過ごしかな?


 あ〜〜、また横道に逸れた〜〜。

 大賢者の本を読まなければ!


 こっちの方が、より重要。

 開けなかったら大賢者の本が開けるようになって、予想通り妖精国に行ったら開けることができた。


 本を開けると、人と妖精の相性が細かく書かれていた。

治療師のシブ姉ちゃんに、プラナリアの妖精と相性が良いと思ったので友好の儀式をした。

 この大賢者の本に、治療師にはプラナリアの妖精を勧めると書かれてあったので、一安心。もし違っていたら大変だったよ。


 妖精の特徴が色々あるけれど、今読んでいるのはハヤブサの妖精について。

 妖精の中では珍しく、2つの効果を人に与える事ができる。


 1つ目は、飛行速度。

 2つ目は、獰猛さ。


 この妖精を、ウール王女にと思っている。

 けれど、2つ目の獰猛さがよく分からないので、躊躇ちゅうちょしている。


 今でも押しの強いウール王女。

 これ以上強くなると、将来的に俺が困る事になる様な気がしてならない。


 でも、空を飛べるのは俺とウール王女だけで、ハヤブサの妖精は捨てがたい。

 空の移動速度が速いと、戦闘にとっては非常に有利だから。


 いざとなれば、逃げる事も簡単になる。

 先のギガコウモリ戦で、ウール王女に向かっていった1匹から逃げ切るには王女にとっては困難だった。


 けれど、ハヤブサの効果で素早く戦線から離脱できる。

 その為、ウール王女の身を守る為には、ハヤブサの効果が必要だと分かっている。


 分かっているのだけれども……。


 これは、究極の選択になるな。


 ウール王女を優先するか?

 或いは、俺の将来を心配するか?


 でも、すでに俺の心は決めている気がする。

 もし、戦闘中にウール王女が怪我をした場合、どうしてハヤブサの妖精を選ばなかったのかと後悔するだろうと。


 将来的に俺が困っても、ウール王女が怪我をするよりは、はるかにましだ!

 俺は意を決してモージル妖精女王に言う。


『ハヤブサの要請を呼んでくれませんか?』


「ハヤブサの妖精ですか?

 女の子の妖精ですが、少し荒っぽいのですが…、それでもいいのでしょうか?」


 あ、ヤッパリ……。


 飛ぶときはハヤブサに変身しているウール王女。

 ウール王女が、ハヤブサの妖精と友好の儀式をしても大差がない気がするんだよな。


『だ、大丈夫だと思います……』


 モージル女王は意外と言う顔つきで言う。


「分かりました。

 ウール王女に、ハヤブサの妖精と友好の儀式をするのですね。


 念のため為に進言しますと、ウール王女は儀式の後、さらに押しが強くなると予想されるのですが。

 本当にいいのですね?」


 モージル女王が、2度も念を押してきたよ。

 と、とにかく、会ってから決めようかな……?


『とにかく、一度会ってみようと思います』


「分かりました。会ってから決めた方が良いと私も思います。

それでは、妖精の国に帰ってハヤブサの妖精を連れて来ます」


 そう言ったモージル女王は消えた。


 ◇


 夕方になって、エイル姉ちゃんが帰って来た。

 馬車で送ってもらって。


「ただいま〜〜」


「お帰りエイル」


「エー、ネ〜。おー」


 エイル姉ちゃんは満面の笑みを浮かべている。

 とっても幸せそうで、とうちゃんに何か話しがあるみたい。


 少しづつ姉ちゃんは真剣な表情になっていく。


「父さん、話しておかなければならないことがあるんだけれど」


 父ちゃんも、真剣な表情になっていく。


「何の話なのかな?」


 父ちゃんの口元が、少し微笑んでいるような?

 きっとエイル姉ちゃん、彼氏ができた報告だよね。


「お父さん、私……。

 付き合い始めた人がいるの」


 あ、ヤッパリ。

 それで、誰なんだろうか?


「お相手の方は、サンラーズ国のスィーアル第一王子。

 彼、私にとっても優しいんだ」


 えーーーーーーーーー!!

 ウッソォ〜〜〜〜〜〜!!


 スイーアル第一王子って言ったら、金持ち国の王位継承者。

 東の大国だ〜〜〜〜!!

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