第75話ケンタウロス


 今夜はクラーケン尽くしの晩ご飯で、4人分ある。

 モージル妖精王女達も食べたいと言ってきたので、エイル姉ちゃんが用意をした。


 俺には、いつも通りの離乳食とミルク。

 けれど、今夜は大好物になったクラーケンの離乳食。


 食事がはじまると、父ちゃんはモージル妖精王女の方ばかり見ている。

 父ちゃんには王女が見えないのに、何で……?


「本当に居るんだね。

 お皿の中にあったクラーケンの料理が段々と減っていく。

 頭が3つあるから食べるのも早いし」


 あ、そういう事か。

 父ちゃんから見れば、料理が減るだけなんだ。


 でも、事実を知ったらもっとビックリするかも。

 俺はその光景に唖然としている。


 食べているのはモージル王女だけだ!

 しかも、食べるスピードが異常に早い!


 エイル姉ちゃんの食べるスピードよりも遥かに早い。

 ほとんど噛まずに、飲み込んでいるだけだ!


 モージル王女は、皿の料理を食べ終わると俺を見て言う。


『クラーケンの料理がこんなに美味しいとは……。

 トルムル様、お代わりをいただけるかしら』


 モージル妖精王女の目がキラッと光った。

 ヒドラのお腹はすでに大きく膨れているのに……、まだ王女は食べるの……?


 エイル姉ちゃんに、お代わりが必要だと俺は言った。

 姉ちゃんが感心して言う。


「頭が3つもあると、父さんが言うように食べるのが早いわね。

 はい、お代わりをどうぞ、モージル妖精王女」


『ありがとうエイルさん』


 モージル妖精王女がそう言っても、エイル姉ちゃんには聞こえない。

 けれど、お代わりのお礼を言った王女。


 さっきと変わらない速さで食べはじめる王女。

 ヒドラのお腹は、はち切れんばかりにパンパンだ!!


 凄いとしか言いようがなく、俺はまだ数回しかクラーケンの離乳食を掬っていないよ。

 ここ数日間のモージル妖精王女のイメージと随分違うので、呆気にとられて俺の食が進まない。


 ドゥーヴルが気持ち悪そうな顔で言う。


『モージル、そろそろ食べるのを止めてくれないか。

 お腹がはち切れそうで、吐き気が……』


『また吐き気がしているの?

 情けないわね。それでも男なの?


 仕方ないわ。これで終わりにしてあげるわ。

 トルムル様、ご馳走様でした』


『う、うん』


 ヒドラの胃袋は1つしかないので、満腹の感覚は共有しているんだな。

 それにしても……。



 突然、モージル妖精王女の近くに、松の木の匂いを漂わせる妖精が現れた。

 緊急みたいで、緊迫している。


『森の奥から、ケンタウルスの集団が武装してこの町に向かって来ています。

 先頭は女のケンタウルスで、この群のリーダーです。


 こちらに向かいながらこう叫んでいます、《ミノタウルスの仇を討つんだ〜〜!!》と。

 今なら、私達はケンタウルスと戦闘できますが?』


 はち切れんばかりのお腹をしたモージル妖精王女は、俺の方を向いて言う。


『前回のミノタウルスと同じか、或いは、それ以上の戦力をケンタウルス達は持っています。

 更に、彼等は火矢を使う難敵です。


 樹齢千年を超える松の木達は戦闘できるのですが、火矢を使われると彼らが焼け死んでしまいます。

 トルムル様、どうしましょうか?』


 俺はすぐに、モージルの心に入っていった。

 そしてモージルを通して、松の妖精からの更に詳しい情報を得る。


 ケンタウルス達は松林の中を現在移動中。

 この町に到着するのは真夜中過ぎになる。


 時間はたっぷりとある。

 仮眠ができるほどで、お肌と乳歯の為に寝た方がいいかなと思った。


 戦闘が真夜中になるので、寝不足になるのは避けられない。

 それならば早めに寝て体調を万全にし、魔法も全回復して気力も上がる。


 松の木達はケンタウルスと戦闘はできる。

 けれど、彼らの被害も大きくなって、火災で松林が全滅するかもしれない。


 それは避けた方がいいと、オシャブリを吸いながら俺は思った。

 ヒミン王女に連絡はするけれど、ケンタウルスと戦闘するのは真夜中過ぎ。


 ミノタウルス達と戦った所にケンタウルス達も到達するので、そこで迎え撃った方がいいと俺は判断した。

 それに、今から戦闘態勢を取ると、ケンタウルス達が来るまでに疲れ、気力が下がって行くばかりだ。


 シブ姉ちゃんからもらった紙に、俺の考えを書いていく。

 近くに居た父ちゃんと、エイル姉ちゃんが何事かと覗き込んでいる。


 ケンタウルスがこの町を襲うと書いた途端に、エイル姉ちゃんが騒ぎ出した。


「た、大変!

 すぐに、戦闘態勢を取らないと!」


 ハ ァ〜〜。

 姉ちゃん、最後まで書き終わらない内に騒がないでよ〜〜。


『エイル姉さん。最後まで書いていないので慌てないで下さい』


『わ、分かったわ。

 まだ書いているから、書き終わるまで待てって言うのね、トルムルは』


『そうです』


 几帳面な割には、エイル姉ちゃんはそそっかしいんだから。

 最後まで書き終わると、エイル姉ちゃんはやっと納得してくれた。


「分かったわ。

 とにかく、ゆっくりと食事をして、それからヒミンに私が連絡をするのね。


 食事の後、トルムルは仮眠を取って気力を高める。

 でも……、この緊迫した状況で、トルムルはよく寝れるなーと思うんだけれど……?」


 ……?

 そう言えば、そうだよね。


 何でだろうか?

 自分でもよく分からない。


 モージル妖精王女が俺の前に羽ばたいて来て言う。


『流石、トルムル様です。

 この状況下で仮眠を取れると言うのは、肝が座っている証拠です。


 私からの提案なのですが、戦う予定地で罠を仕掛けたらどうでしょうか?

 幸い、この辺りは草原で、丈夫なすすきが自生しています。


 ケンタウルスの機動力を奪う為、すすきで輪っかを作れますが?」


 すすきで、輪っかを作るって!?

 そうか、そういう戦い方もあるんだ。


 それを作ると、ケンタウルスの機動性が落ちる。

 上手くいけば、ケンタウルスは右往左往するよ。


 でもそれって、すすきが自ら輪っかを作るのかな……?

 俺は疑問に思って聞いてみた。


『ススキは自ら動けないのですが、妖精達が総出で輪っかを作っていきます。

 一度妖精国に戻って彼等に召集をかけたいのですが、それでいいでしょうかトルムル様?』


 妖精達が輪っかを作るんだ。

 見てみたい気もするけれど、お肌の為と、薄ーい頭の毛の為には仮眠をしないとな。


『モージル。それでお願いします』


『それでは許可が下りたので、彼等を召集して輪っかを作ります。

 エイルさんに、クラーケンの料理美味しかったとお伝えください。


 次回の食事も、クラーケンの食事が欲しい事も……。

 それではトルムル様、しばらく妖精国に居ますので』


 そう言ったモージル妖精王女は、フッと消えた。

 王女の気配は薄っすらと残っていている。


 少し気配を追ってみると、妖精国にある黄金色に輝く草地に移動していた。

 きっとそこは、妖精国の中心的な場所で、妖精達に召集をかけやすいんだ。


 その後俺は、ゆっくりと食事を楽しむことができた。

 ひと匙ひと匙、クラーケンの離乳食を堪能する様に。


 腹八分目で食事を終えた俺は、自室に戻って仮眠を始める。

 目を閉じると、食事の後かたずけをしている食器の音が聴こえてくる。


 聴覚を遠くの森に合わせると、心地よい木々の揺れる音が聴こえてきた。

 それは規則正しいリズムで、眠気を誘う。


 いつしか俺は、深い眠りに落ちていた。


 ◇


 学園で鳴っている緊急の鐘で俺は起こされる。

 薄暗い部屋で起きると、仮眠がしっかりと取れたので体調が凄くいい。


 部屋の中にあるローソクに魔法で火をつけた。

 父ちゃんとエイル姉ちゃんも俺を習って仮眠を取っていたみたい。


 2人の部屋からは、跳ね起きて慌てふためいている音が聴こえてくる。

 エイル姉ちゃん達は慌てているけれど、仮眠を取れたみたいでよかったよな。


 モージル妖精王女に意識を伸ばすと、ケンタウロスを迎え撃つ場所に居た。

 既に輪っかを作り終えて、風の妖精と水の妖精、そして光の妖精に細かな指示を出している。


 この3人の妖精達は、今回の戦いのかなめになる。


 ヒミン王女に意識を向けると、城にいる弓矢隊の点検に追われていた。

 黒装束に包み込まれた弓矢隊は、戦闘の主力部隊。


 俺も戦闘の準備を始める。

 皮の防具を付けて、父ちゃんの持っていたダイアモンドを装着する。


 冬も近いので、外は凄く寒い。

 防具の上から何枚も厚着をしていく。


 もちろん、毛糸のパンツは二重に履いた。

 エイル姉ちゃんのアイデアで、体を温める魔法を付与した毛糸のパンツだ!


 履くだけで、全身が暖かくなってくる。

 こういうアイデアって、エイル姉ちゃんは女の子だな〜〜って思った。


 俺はハゲワシに変身すると、重力魔法で窓を開けた。

 ゆっくりと舞い上がると窓を抜ける。


 手と顔が少し冷たかったけれど、体は毛糸のパンツで暖かい。

 エイル姉ちゃんと父ちゃんも、毛糸のパンツを履いている。


 家族で同じ物を履くと、連帯感が出てくる。

 家族の深い絆を感じた。


 父ちゃんは治療師として、城で怪我人が出た時の為に待機。

 怪我をして、父ちゃんの所には行かないようにしないとな。


 俺は更に高く夜空に舞い上がって行く。

 いよいよ、ケンタウルスとの戦いが始まる。

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