第52話 山賊の噂


 ヴァール姉ちゃんの住んでいるムルマルム国に、馬車で出発する日になった。


「お父さん早くー!

 馬車がもう来ているよ〜〜!」


 エイル姉ちゃんが店の入り口で叫んでいる。

 朝早くから準備ができている姉ちゃんは興奮気味だ。


「ちょっと待ってくれ、エイル。

 昨日まで店が忙しかったから、旅行の準備ができてなかったんだよ。


 それに、父さんとトルムルの二人分準備しなくてはならないし。

 えーと、忘れ物ないなと。


 念のために、ダイアモンドを持って行こうかな。

 トルムルはどう思う?」


 ダイアモンド……?


 あ、そうか。

 旅行には、多少の危険が付きまとうと母ちゃんが言っていたよな。


 たまに山賊も出るらしいし。

 魔物も出るけれど、山賊はとても厄介だと母ちゃんが言っていた。


 各国の軍に属していた荒くれ者が国を追われて、集団で山に隠れているって。

 時々街道に現れては金目の物や、奴隷にするために旅人を拉致するって言っていた。


 でも、このメンバーなら大丈夫だよね。

 返り討ちにして、ギャフンて言わせたい。


 ……、でも、念の為に持って行きますか。

 強い魔物が出るかもしれないしな。


「トート、バブゥー」


「そうか、持って行った方がいいよね」


 父ちゃんはそう言って、ダイアモンドが入っている引き出しを開けた。

 そして、布に包まれたダイアモンドをカバンに入れる。


「よし、これで準備完了と。

 向こうの王族達のお土産も持ったし。


 アトラは準備はもういいのかい?」


「私は元々荷物が少ないからね。

 いつでも出発しても大丈夫だよ父さん」


「トルムルも準備はいいかい?」


 俺の荷物は父ちゃんが用意してくれた。

 もっとも大事なオシャブリは、予備と、その予備の予備も含めて3つあるから大丈夫だ!


「トート、バブゥー」


「そうか。

 それなら出発だ!」


 エイル姉ちゃんが興奮していたけれど、俺も興奮し始めたかも?

 なんたって、初めての旅。


 それに、馬車での移動だから楽でいいよね。

 警護の人も、すでに顔見知りのラーズスヴィーズルを含めて4人同行しているし。


 安全も万全だし!

 楽しみ〜〜〜〜!


 ◇


 ダ、ダメだ!

 き、き、き、気分が悪い……。


 道路が舗装されていないので、馬車が上下左右に揺られっぱなし。

 景色は素晴らしいのに堪能できない……。


 ば、馬車の旅が、こんなにキツイとは知らなかった……。


 他の人達は平気みたいで、楽しいおしゃべりをしている。

 でも俺は、馬車酔いで気分が最悪だ〜〜!


 ウール王女が横にいて心配顔で俺を見ている。

 は、吐きたいけれど、ウール王女の前では吐きたくない……。


 何故なら、男としての意地がある……。


 それに、豪華な馬車の内部なので、王妃様に悪いし……。


 ◇


 前の窓が開いて、馬車を操作している人が言う。


「予定通り、もうすぐ国境の検問に着きます。

 お昼をそこで用意してもらっていますので、お昼休憩にします」


 よ、良かったー、これで吐かずにすむよ。

 外に出て気分転換しないとな。


 馬車が止まると、ドアが開いた。

 新鮮な空気が馬車の中に入り、吐き気が徐々に無くなっていく。


 は〜〜〜〜。

 なんて美味しい空気なんだろう。


 外に出ると、山の山腹にいることを始めて知った俺。

 しかも眼下には、琥珀色の綺麗な湖がある。


 この世界に来て、始めての素晴らしい景色に感動する俺。

 なんて素晴らしい景色なんだろうか……?


 時間の許す限り、ずっと見ていたような素晴らしい景色。


「トルムル、はやく〜〜。

 もうみんな、建物の中に入って行ったよ」


 ふと気がつくと、エイル姉ちゃん以外の人は全員いない。

 え、みんな……、この景色に感動しないの……?


 みんな、旅慣れている?



 堅城な建物の中に入って行くと、警備兵が並んで立っている。

 その中を、ヨチヨチ歩きの俺が進むと、警備兵の頬がゆるむのがわかる。


 もしかして俺って、癒し系の存在なの?

 確かめるために、笑いながら手を振ってみる。


 さらに警備兵の頬がゆるんで、手を振ってくれる人もいる。

 お、俺って、そういう存在だったんだ……。


 おばさんの常連さんだけが、俺の動作に喜んでくれていると思っていた……。


 大きな部屋に入ると、みんなが俺を待っていてくれていたみたい。

 目の前には美味しそうな食べ物があるのだけれど……。


 ちょっとだけ後悔……。

 みんなを待たせたみたい。


 俺が赤ちゃん用の椅子に座ると、食事が始まった。

 俺の目の前には、離乳食とミルクが置いてある。


 離乳食からは、俺の嫌いなミルキーモスラの匂いがしてくる。

 すぐに隣にいるウール王女の方に、そのスープ皿を押した。


 今これを食べると、間違いなく俺は吐くので。

 ウール王女は喜んでそれを受け取る。


 王女は、俺の好意だと思っている。

 本当のことは、俺の威厳に関わるので言えないなと思った。


 ◇


 ここの国境警備のお偉いさんが来て言う。


「この先で、山賊が出没している情報があります。

 念のために、戦える準備をした方がよろしいかと思います」


 え……?

 話の中だけでなくて、本当の話なの?


 王妃様を見ると、口がわずかに横に広がったのが見えた。

 もしかして王妃様、笑ったのか……?

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