第39話 ミノタウルス

 ヒミン王女とアトラ姉ちゃんが試合中だ!

 どうすれば、この緊急事態をみんなに伝えられる……?


 重力魔法で移動できないので、抱いてもらっているエイル姉ちゃんに言うしかない。

 姉ちゃんの耳の近くで小声で言う。


「エーエ!

 まー、もー!」


 そう言って、学園の裏に広がっている森の方角を示す。

 緊張した声で言ったので通じるといいのだけれど……?


「え……?

 まーもー、……?


 トルムルは今、魔物と言ったの?」


「バブゥー」


 そう言って俺は右手を上げた。

 エイル姉ちゃんが少し慌てだす。


「も、もしかして……?

 学園の近くに現れたって事なの!?」


 もう少しだ!

 もう少しで、危険なのが伝わる。


「とう!」


 俺はそう返事して、真剣な眼差しでエイル姉ちゃんを見る。


「そ、それって……、凄く危険だって意味だよね!」


 俺は緊張感のある声で言う。


「とう。

 まー、もー!」


「大変!」


 エイル姉ちゃんは、俺を抱いたままアングルボーサ教授に駆け寄った。

 試合中なのに、突然何事が起きたのかとアトラ姉ちゃんとヒミン王女が俺を見る。


 クラス中がアングルボーサ教授に駆け寄ったエイル姉ちゃんを見ている。

 アングルボーサ教授が、エイル姉ちゃんの緊張感を読み取ったみたいだ。


「どうしたんだいエイル。

 凄く緊張しているけれど?」


 エイル姉ちゃんは、アングルボーサ教授だけに聞こえる小さな声で話し出す。


「トルムルが、学園の裏にある森から魔物が迫っていると言っています。

 とても危険だから、何か行動を起こさないと危ないみたいです」


 アングルボーサ教授の表情が一変した。

 鋭い目付きになり、神経を研ぎ澄ましている。


 俺を見たので、軽く頷く。

 クラス中がアングルボーサ教授の言葉を待っていた。


「森から魔物が迫っている。

 緊急条項を発令する!


 生徒は安全を確保しながら他のクラスにも伝えてくれ。

 教授達に、裏の森に来るように連絡も頼む。


 以上!

 速やかに行動を起こすように!」


 いきなり大騒ぎになった。

 クラス中が一斉に行動を開始している。


 たぶん、あらかじめ緊急の場合の役割を決めていたみたい。

 アトラ姉ちゃんとヒミン王女が近寄って来る。


 アトラ姉ちゃんが緊張した表情で俺に聞いてきた。


「トルムルは、森から魔物が迫って来ているのが分かるのかい?」


「とう。

 うー、おー」


 まー、もー」


 う、上手く言えない。

 モドカシイ俺の口。


 エイル姉ちゃんが俺を見ながら言う。


「ウール王女から魔物の情報を得たのね、たぶん」


 やっぱりエイル姉ちゃんだ〜。

 長く一緒に住んでいたので、言葉足らずの俺を助けてくれるよ〜。


「バブゥー」


 俺はそう言って右手を上げた。


「間違いないですね」


 アングルボーサ教授は、ウール王女と俺の関係まで知らされていなかったみたい。

 目を細めて俺を見ている。


「アングルボーサ、詳しいことは後で話すよ。

 森から迫っている魔物をなんとかしないといけない!」


 アトラ姉ちゃんがアングルボーサ教授に言う。


「わかった。

 とにかく森に行こう。


 そこに、他の教授達が集まっている筈だ」


 ヒミン王女を見ると、俺の方を向いて深々と頭を下げている。

 王女には緊急の時、担う役目があるみたい。


 すぐに王女は走って行った。

 たぶん、下級生を引率して安全な場所まで導くと思う。


 エイル姉ちゃんは俺を抱いたまま、アングルボーサ教授の後を追っている。

 姉ちゃんの胸が揺れて……。


 か、顔に当たるんだけれど……。


 ◇


 ゴォーン、ゴォーン、ゴォーン、ゴォーん

 ン.


 大きな鐘の音が聞こえて来る。

 お腹に響くような緊張した音色だ!


 この音は、緊急条項を発動した一連の動きだと理解する。


 学園の裏に広がっている森が見える場所に行くと、すでに十数人の教授達が集まっていた。


 教授達がとても緊張しているのが分かる。

 魔物の威圧感が、森から伝わってきているからだ!


 女性の教授の1人が、アングルボーサ教授に近寄って来て話しかける。


「よく分かったわね、魔物が森から来ているのが。

 流石アングルボーサね」


 アングルボーサ教授はチラッと俺を見る。

 俺は首を横に振った。


「たまたま分かっただけですよ。

 それより、凄い威圧感ですね。


 しかし、迫って来る魔物の種類までは私には分からないですけどね」


 アトラ姉ちゃんが、鋭い声で言う。


「この気配は覚えがある。

 ミノタウルスだ!

 しかも、群れで近付いて来ている」


「「「「「ミノタウルスだって!!」」」」」


 教授達が、一斉にアトラ姉ちゃんを見る。


 え、ミノタウルスって、もしかして……。

 アトラ姉ちゃんに怪我を負わせたミノタウルス?


 母ちゃんの言葉を思い出す。


『ミノタウルスはね、トルムル。

 強力な防具で守られていて、とても倒すのが難しいのよ』


 か、母ちゃん。それだけでは倒せないよ……。

 もっと、重要な情報を聞きたかったよ。



 ん……?



 待てよ、強力な防具だって!

 それって、覚えたての最大超音波魔法アルテメイトスーパーソニックウエーブが使えるよ。


 エイル姉ちゃんが危険になるので、元来た方を指差す。


「分かったわ、トルムル。

 戻ればいいのね」


「とう」


 俺を抱いているエイル姉ちゃんの身の安全を最初に確保しないと危険だ。

 それに、数人の教授達がエイル姉ちゃんをにらんでいる。


 なんで赤ちゃんを連れて、ここにいるのかという目付きだ!

 でもアングルボーサ教授と一緒に来たので、何も言えないみたい……。


 学園の建物に入る前に俺は、誰もエイル姉ちゃんを見ていないかを確かめる。

 そして、重力魔法で上空高く移動した。


 城の方を見るとウール王女がバルコニーからこちらを見ているのが分かる。

 俺の姿が見えると、王女が喜んでいるのが伝わってきた。


 悪い気はしないよな。


 森の方を見ると、群れでミノタウルスが学園に向かって移動しているのが見えた。


 え……?


 とても広範囲なので、一度では無理だ。


 4回しか最大魔法は発動できない俺……。


 これでは、全てのミノタウルスに当てるのが困難だ!

 どうする俺……?

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