第3章
第28話 懐かしい人
エイル姉ちゃんの誕生日から数日が経った。
俺は独り言が多くなった。
いや、正確に言えばウール王女と会話をしている。
意識をウール王女に向けると、城にいる彼女の考えていることが分かる。
今は、俺が作ったツルの折り紙を飛ばして喜んでいる。
ツルの折り紙は、俺からエイル姉ちゃんへの誕生日のプレゼント。
なのに、ウール王女が駄々をこねて、ツルの折り紙を渡そうとはしなかった。
家に帰ってトルムルに作り直してもらうとエイル姉ちゃんが言った。
その場はそれで収まった。
けれど、ことあるごとに俺を呼ぶウール王女。
ウール王女がトルムルと思えば、俺はそれに反応してしまう。
何事かと意識をウール王女に飛ばしてみると、物の名前を覚えようとしている。
例えばこうだ。
「トームル、こえー?」
つまり、『トルムル、これ何?』
みたいに。
近くに王妃様かヒミン王女がいてくれれば、ウール王女に物の名前を教えている。
しかし、四六時中いるわけでもないので、2人が居ない時に俺を呼ぶ。
人形みたいに超可愛いウール王女に呼ばれると、最初は喜んで意識を飛ばしていた。
しかし、1日に何十回も呼ばれると、こちらにも都合があるので少し困っている。
賢者の本を読みたいのに、なかなか進まない。
ミルクも飲まなくてはいけないし、トイレも行かなければダメだ。
お昼寝だって、お肌のためには必要だ!
ある時なんか、用を達している時に呼ばれて、オシッコがオマルから外に出てしまった。
父ちゃんがオシッコの後始末をする時に、ジロッと俺を見る。
なんで真っ直ぐにオシッコをしないのか、という目付きで!
俺は仕方なく……。
「ウー、おー!」
と、本当のことを言っても、これに関しては父ちゃんは俺を信じなかった。
言葉を話せない俺がそこに居る……。
仕方ないから、その時は精神安定のためにオシャブリを吸う。
ウール王女と会話を始めて、オシャブリを吸う回数が格段に上がった。
でもウール王女との会話で、俺が話せる語数が少し増えていったのは嬉しい。
何事も、いい面と、悪い面があると思った。
売るためにツルの折り紙を折っていると、店の外から懐かしい人物が入って来た。
それと同時に、新生児だった時に受けた恐怖が再び襲ってきた。
アトラ姉ちゃんだ!
「ただいま〜〜父さん。それにトルムルも」
「どうしたんだい、アトラ!
手に包帯を巻いているけれど?」
「お父さん!」
アトラ姉ちゃんは涙を流し始めて、父ちゃんの所に行った。
父ちゃんは驚きながらも、アトラ姉ちゃんを優しく抱いた。
アトラ姉ちゃんは体を丸くして泣いている……。
そして、姉ちゃんの肩がわずかに震えている……。
あの、アトラ姉ちゃんが泣いている……?
そ、そんなバカな!!
弟姉の中で最も体が大きくて、力の強いアトラ姉ちゃん。
それが、今は見る影もない。
どうしたんだろうか?
長女であり、母ちゃんと同じ魔法剣士。
少しだけ乱暴だったけれど、俺に優しくしてくれた。
泣くだけ泣いたら、アトラ姉ちゃんは落ち着いてきた。
父ちゃんに、ことのいきさつを話し始める。
「父さんも知っているように、トルムルが生まれる前にシャルマザンド国の第1王子の護衛隊長を命じられた。
任務上、王子の近くに常にいるので、彼と言葉を交わすようになったんだ。
王子は庶民出の私にも、親切にしてくれる。
でも、それをよく思わない貴族の令嬢方が私を罠にはめたんだ。
部下の1人が、後で教えてくれた」
アトラ姉ちゃんを罠にはめたって。
ゆ、許さない!
俺の大事な姉ちゃんを、よ・く・も〜〜!
それを聞いただけで、俺は怒りに震え始める。
「魔物が多くいる所に、王子が迷い込んだと言う知らせを聞いて、私は部下と共にすぐにその場所に行ったんだ。
しかしそこには王子は居なくて、強敵のミノタウルスが群れをなしていた。
部下を逃がすために私が囮になり、彼らは無事に逃げたのだけれども、私は大怪我を負ったんだ。
何人もの治療師に見てもらったけれど、この怪我の完治は難しいと言われた」
アトラ姉ちゃんはそこまで言うと頭を下げた。
「父さん、私はもう魔法剣士としてやってはいけないだ。
次の仕事を探すまで、父さんの店で働かせて下さい。
お願いします」
そう言ってアトラ姉ちゃんは頭を下げた。
「それはいいけれど、怪我の痛みはあるのかい?」
父ちゃんは心配そうにアトラ姉ちゃんに問いかける。
「痛みは、ほとんど無いんだ。
利き腕が肩以上に上がらなくて、無理に上げようとすると激痛が走るんだ。
指先はいつも通り動くので、武具の中に魔石を埋める作業などは問題ない。
細かな作業は苦手だけれど……」
アトラ姉ちゃんは俺の方を見る。
ツルの折り紙を見て、アトラ姉ちゃんは興味を示した。
「へ〜〜、トルムルは器用に紙を折るね。
あれから半年以上経っているけど、元気にしてたかい?」
「アーア、バブゥー」
そう言って、俺はいつも通りに右手を上げた。
アトラ姉ちゃんは笑顔で言う。
「トルムルは、私のこと覚えていてくれたんだね。
たった1日しかここに居なかったのに、とっても嬉しいよ。
トルムルを抱いてあげたいけれど、痛くなるんで無理なんだよ。
ごめんな」
「バ、バブゥー」
アトラ姉ちゃんに抱かれて、恐怖に襲われた夢を俺は今まで何度も見た。
それなのに、目の前のアトラ姉ちゃんはその面影が全くなかった。
痛くなってもいいから、アトラ姉ちゃんに強く抱いて欲しかった。
俺は……、とても悲しくなった。
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