第12話 ゴブリン

 父ちゃんがゴブリンの方を向いたので、俺はゴブリンが見えなくなった。


 エイル姉ちゃんとヒミンが、これからゴブリンと戦うのに見れない。

 おんぶ紐のせいで、生まれて初めて見れる戦闘のチャンスを逃してしまう。


 どうにかして、エイル姉ちゃん達が戦っているのを見たかった。


 エイル姉ちゃんの方を向こうとしても、首が回らなかった。

 ……、当たり前だけれど。


 とにかく、なんとかして見たい!


 父ちゃんの顔を叩いて、俺は叫んだ。


「エーエ!」


 え、もしかして、「エーエ」って言ったよね、俺?


「エーエ?

 もしかして、エイル姉ちゃんを見たいのかい、トルムルは?」


 やったー!!

 初めて言葉が通じた。


「バブブブブーーーーー!」


「そうか、エイル姉ちゃんの戦闘が見たいんだね」


 俺はすかさず右手を挙げた。


「おんぶ紐を解くから、ちょっと待ってよ」


 そう言うと父ちゃんは、おんぶ紐を解いて抱っこしてくれた。

 やったー!!


 エイル姉ちゃん達とゴブリンの戦いが、これでバッチリ見れる。

 彼女達は剣をすでに鞘から抜いている。


 前傾姿勢で、戦闘意欲が高まっているのがここからでも分かった。

 ゴブリンが短剣を突き出しながら進んで来ている。


 エイル姉ちゃんが剣を振ると、高熱の炎が魔石の付与によって発動され、ゴブリンに襲いかかった。

 1匹のゴブリンが炎に包まれてもがき苦しみ、地面に倒れた。


 ヒミンは、襲いかかってくるゴブリンに剣で立ち向かっている。

 ゴブリンがヒミンに短剣で斬りかかる前に、彼女は見事な剣さばきで一刀両断した。


 最後の1匹は、エイル姉ちゃんとヒミンが息のあった行動をとった。

 同時に斬りかかって、あっけなくゴブリンは死んだ。


「やったね!」

「これで、3匹ゲット!」


 2人は興奮して言った。


 始めて戦闘を見た俺も、興奮している。

 2人の戦闘能力は思っている以上に高いので、びっくりもした。


 母ちゃんが言っていたけれど、ゴブリンは集団で襲って来ると、とても厄介な敵だと言っていた。

 3匹を、あっという間に倒せる2人を尊敬の目で俺は見た。


「エーエ!

 バブブブゥーーーー!」


 父ちゃんの腕の中で、俺は思いっきり叫んでいた。


 エイル姉ちゃんが俺に近付いて来て、驚いた顔で言う。


「トルムルは、エーエって言ったの?」


「エーエ!」


 俺はもう一度言って、手足をバタバタさせた。


「トルムルが私の事を呼んでくれて、とっても嬉しい。

 ゴブリンを倒したのも嬉しかったけれど、これはそれ以上ね」


「父さんよりも、エイルを先に言ったのか〜〜」


 父ちゃんが、少しだけ残念な顔になっているのが分かった。

 ここは、父ちゃんと言わなければいけない場面だと俺は思った。


 父ちゃんの残念な顔を笑顔に変えたい。

 俺は父ちゃんを見て、大きな声で言う。


「トート!」

「え……?

 トルムルは、トートと言ったのかい?」


 父ちゃんが少し興奮しだした。

 俺は、言えた事が嬉しくて、もう一回強く言った。


「トート!」


「トルムルが私を見て、トートと言ったよ。

 エーエと、トートが言えるようになったんだね」


 俺は自然と笑顔になっていて、手足をバタバタさせた。


「私の妹はトルムルちゃんと同じ誕生日なのだけれど、まだ言葉を言っていないわ。

 トルムルちゃんは、お利口さんなのね」


 横で見ていたヒミンが言う。

 お、同じ誕生日?


 王女と同じ誕生日なの俺?

 あ……、でも……、俺には全然関係ないね。


 大賢者に俺はなりたい。

 王女が同じ誕生日だからって、俺の人生に関わって来るはずもないし。



 マッタケ狩りが再開された。


 しばらくすると、かご一杯になったので、お昼にするよって父ちゃんが言う。


 もちろん俺はミルクだ。

 父ちゃん達は、お弁当を食べ始める。


 ヒミンが持ってきた弁当は、目が飛び出るほど豪華だった。

 全て手作りで、自分で作ったと言っていた。


 口からヨダレが出ているのが、自分でも分かった。

 けれど、止められなかった。


 食べたいけれど、食べれない。

 早く大きくなって、ご馳走を食べたいと思いミルクを飲んでいる俺。



 お昼が終わる頃、異常な気配を四方から感じた。

 こ、これは……?


 気配はゴブリン。

 しかし、数が……。


 ヒミンを、影から見守っていた男の人が近付いて来ていた。

 この、異常な気配に気が付いて、彼女を守る為に来たのだとすぐに分かった。


「今日は皆さん。

 散歩をしていたら、偶然ヒミングレーヴァ様を見かけたので、ご挨拶にと思いまして」


 挨拶の中に、凄く緊張している雰囲気を感じた。

 かなり、ヤバイ?


 もしかして、マッタケの匂いに惹きつけられた?

 少しだけ焼いて、父ちゃん達が食べたのが原因か?


「実は、ゴブリンの集団を先程見つけまして、ここは危険なので移動をした方が宜しいかと」

 

 ヒミンは、驚いた顔になっている。


「ラーズスヴィーズル、それは本当なのですか?」


「はい、間違いありません。

 四方からここに迫って来ております。


 最も手薄な、あちらから行くのが上策と思います」


「分かったわ、行きましょう」


 さすが王女。

 危険だと知ると、即座に判断する能力は高い。


 エイル姉ちゃんは少し怯えているようだった。

 父ちゃんとヒミンは、ラーズスヴィーズルの指示に従って素早く後片付けをした。


 4人は、走った。

 前方にゴブリンの集団が見えてくると、ラーズスヴィーズルが魔法を発動した。


 数体炎に包まれて倒れたけれど、返ってゴブリンの闘争本能を焚きつけたみたいだ。


「「「「「「ゴブ! ゴブ! ゴブ!」」」」」」


 更に、ラーズスヴィーズルは魔法でゴブリンを倒していく。

 けれど、行く先には数え切れないほどのゴブリンが居るのを、俺は感じていた……。

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