ヤンキーお兄ちゃんとブラコン妹

関口 ジュリエッタ

第1話 父親が再婚!?

 蒸し暑く身体がそのまま蒸発してしまうそうな夏の時期、小泉浩太こいずみこうたは早朝ベッドから目覚めて起き上がる。


(熱い、こうも熱いと眠れない……)


 エアコンは運悪く故障し、十畳広間の一Kアパートで一人干からびてミイラ状態になっていた。

 昨日の天気予報では最高気温が三十度を超える猛暑になると言われたため、このまま干からびて死ぬ前にクーラーが効いているキンキンに冷えた学校の教室に向かいたいと思い、急いで身支度をし、部屋を出て学校に登校した。

 幸い今日の夕方に修理業者が訪問し、エアコンを修理してくれる予定なので、明日からこんなつらい思いをしなくてすむとホッと一安心しながら蒸し暑い並木道をゆたゆたと歩いてく。

 学校に向けて登校しているときに、同じ登校している学生達が浩太の姿を見るなりおびえてその場から距離を置いて歩いて行く。

 長身の筋肉質で顔は吊り目で人相がとても悪く、茶色い髪にワックスで毛を立たせて、耳にはスワロスキーが装飾されている十字架のピアスを付けている人物を見れば誰だって関わりたくはない。

 浩太の通っている早乙女高校でもあまり自分に対しての評判はかなり悪く、毎日喧嘩ばかりに明け暮れて、担任の教師の言うことも効かず授業も受けないで学校生活を満喫しているからだ。

 額に大量の汗をかきながら校門前までたどり着くと、熊と間違えるほど大柄な男が目の前に現れた。

 高身長で、厚い脂肪という鎧を身にまとい、暑さのせいか、顔中に汗か油なのかわからないほどテカテカしてる人相の悪い制服姿の学生が、浩太の目の前に腕を組んで仁王立ちをしていた。


 「なんすか桜井さくらい先輩。(チッ、桜井先輩かよ。この蒸し暑い日に、暑苦しいデブに出くわすなんて本当に今日はツイてない一日だな……)」


 頭を掻きながら面倒くさいような口調で桜井に話す。


 「浩太! 今日こそおまえを叩きのめす!」


 威圧感ある太い声で話すこの男子高校生は浩太の一学年上の桜井剛さくらいつよしだ。

 浩太がこの高校に入学していなかったときは、校内で一番喧嘩が強く、周りの生徒全員に番長と呼ばれるほど恐れられていたが、入学したばかりの浩太にコテンパンに打ちのめされそれから毎日、浩太が学校に登校する時間まで校門前に待ち伏せして戦いを挑んでいるのだ。


「朝っぱらから元気いいですね。まるで野生のゴリラみたいに」

「テメェ、俺はゴリラじゃねえ!」

「じゃあ、養豚場にいる豚ですか?」


 皮肉たっぷりに言うと桜井はキレて勢いよく顔面めがけて岩石並みの拳が降り注ぐが、それを浩太は軽やかにかわす。


「先輩。そんな遅いパンチじゃ、俺には当たりませんよ。パンチというのはこういうものです」


 まるで日本刀を使った鋭い居合い切りのように振り上げた拳が桜井の顎にクリーンヒットし、こんにゃくみたいにフラフラしながら、地面に崩れ落ちた。


「ほんとりないゴリラ先輩だな……」


 桜井を跨いで浩太は校舎に入り、昇降口で上履きに履き替えていると背後から男子生徒が話しかけてきた。


「おはよう浩太。また桜井先輩に絡まれたのか?」

海斗かいとか。毎日絡まれながら学校生活を送るのもイヤになる……」


 学校で恐れられている浩太に恐怖心を持たず、普通に会話するこの人物は幼馴染みで親友の芝崎海斗しばさきかいとという。

 背はスラッとし、黒髪で銀縁ぎんぶち眼鏡をかけた浩太とは真逆の清爽系の男子生徒だ。


「いっそのこと、わざと負けるか身だしなみを整えたりすればちょっかいかけらなくて済むんじゃないか?」

「俺がおまえみたいに眼鏡かけて身だしなみを整えている姿を想像できるか?」

「もしそういう姿で現れたら……気持ち悪いな」

「俺も同じだよ。それにあのゴリラに負けるのなんて絶対にイヤだね」


 人一倍負けず嫌いの浩太はどんな理由があっても勉強以外では敗北はしたくないのだ。


「それじゃ、我慢して毎日桜井先輩に絡まれるんだな」

「仕方ないから暇つぶしができるオモチャだと思って相手するさ」


 たわいもない会話をしながら二人は教室に入ると、肌がひんやりするほどの丁度いい冷気が浩太の身体全体に当たり、即座に自分の席に腰を下ろして深い眠りへと落ちていった。

 朝のHRが始まってもまだ熟睡し、浩太を起こす生徒や教師が恐怖で誰もいなく、仕方なく海斗が呆れながら起こすことにした。

 だが、授業が開始しても、浩太は寝不足のせいでもあってか、満足に授業を集中して受けることができないまま、いつの間にか帰りの|HRを迎えてしまった。

 

 下校時間になり、海斗はサッカー部に所属している為、帰宅部の浩太は一人で自分の借りているアパートに帰路した。

 アパートに着いた浩太は身体の疲れを取るため脱衣所に行き、制服を脱ぎ、冷たいシャワーで身体の疲れと暑さを綺麗に洗い流し、洗濯したてのバスタオルで身体を綺麗に拭き、寝間着に着替えて脱衣所を出る。

 それから三十分後、修理業者が部屋に訪問しエアコンの修理をテキパキと作業を始め、手際の良い作業を眺めていると、あっという間に作業が終わり次の依頼もあるのかそのまま領収書を置いて、そそくさと従業員は帰っていった。

 修理し終わったエアコンを直ぐさま起動させ、快適な涼しい風を浴びながら浩太はベッドに横ばいになり一息ついていると、ベッドの上に置いてあったスマホの着信のバイブレージョンが起動し、画面を確認すると父親からの着信だった為通話ボタンをタップし、耳にスマホを傾けた。


「もしもし、何かようか親父?」

『ああ。おまえに話したいことがあってな』


 深刻な声で親父は喋りだす。いつもはからからした活発な声で話すのに何か大事なようでもあるのかと思ってしまう。


「話したいこと? 会社でセクハラしてクビにでもなったのか?」

『そんな訳あるか! 真面目な話なんだ』


 その場で一呼吸置いて親父はとんでもないことを口ずさみだした。


『おまえ、母さんは欲しくないか?』

「へっ? 何を言っているんだ親父、酒でも飲んでいるのか?」


 父親の言う台詞に浩太は頭に混乱が渦巻いていると、さらにとんでもないことを喋りだした。


『父さんな。


 父親からの爆弾発言に浩太はぽかんと口を開けてしまう。

 浩太の母親は、まだ浩太が中学生のときに病気で亡くなり、それからは父親一つで育てくれた。

 中学を卒業してからは一人暮らしに憧れていた為、無理に頼んで自宅より遠い高校に入学した事もあり、そのせいで父親は一人寂しく実家で暮らしている。

 そんな事もあり父親の再婚は反対するはずがない――むしろ新しい家族ができる事に大いに浩太自身も喜んだ。


「まあ、いいんじゃない。それで親父が幸せになるんだったら別に俺は反対しないよ。死んだ母さんだって、わかってくれるさ」

『そっ、そうか。てっきり反対するんじゃないかって……俺……ヴァァァァァァァァ!』


 うれしさのあまり、赤子のように父親は泣きじゃくる。


「親父、赤ん坊みたいにワンワン泣くな耳が痛い……」


 浩太はしばらくスマホを耳から離し、泣き声が聞こえなくなったとき、再びスマホに耳を傾けた。


『悪いな、……少しと取り乱した』

「気にするなよ(イヤ、取り乱しすぎだろ)」

『それじゃあ休日になったら、家に顔出しに来い。新しい母さんを紹介するから』

「俺みたいな不良息子を紹介したら、せっかくの婚約が白紙になるんじゃないか」


 苦笑して浩太は話す。現に今日も居眠りをして授業を受けていなかったし、見た目の印象も最悪な息子を見て、新しい母親はどう思うんだろう、と内心不安もある。


『そんなことないさ。おまえの生んだ母さんみたいに優しく気品のある人だ』

「優しく気品ねぇ~、俺には口うるさい男勝りの母親というイメージしか湧かないんだけどな」

『おまえ母さんに呪い殺されるぞ……』


 通話口で父親の声が震えている。それもそのはず、父親は死ぬまで母さんには頭が上がらなかったのだ。


『それともう一つうれしい報告がある。おまえに

「……って、できちゃった婚というやつか!?」


 浩太は親父の台詞に耳を疑ってしまう。


『おまえ何か勘違いしていないか? 兄弟って母親の連れ子のことだぞ』

「なんだ~、驚かすなよ。てっきり俺は、付き合ってすぐ手を出して妊娠させたかと思ったぞ」


 女好きである父親のことだからだと思っていたため、浩太は少し疑ってしまった。

 とんだ勘違いを浩太はしていたと思った瞬間、

『妊娠させてないが、付き合いだした瞬間ベッドインしたぞ』と聞きたくもない言葉をさらりと言う。


「このバカ親父! どんだけ性欲にまみれてるんだよ。親父こそ母さんに呪い殺されるぞ!」


 天国の母親に天罰を下して欲しいと内心思ってしまった。


『もし天国で聞かれていたら土下座をすればいいだけさ。――話が変わるが次の休日には絶対に顔出しに来いよ』

「はいはい、わかったよ。いけたら行くから」


 そう言い浩太は通話を切った。


「親父のいらない爆弾発言も聞いちまったけど、俺に兄弟ね~。確かに小さいころ、弟が欲しいと思っていたけど一体どんなやつなんだろうな」



 この時、浩太は重大な勘違いをしていたと次の日に気づかされるのだった。

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