16.死なないための悪役令嬢口座

「で、でも、私は悪役令嬢にならなければならないのであって、別に戦士とか傭兵になるつもりはありませんけど……」


 そういえばそうだった。この学園。実践演習とかあるから戦いを想定しているのかと思ったけど、ぶっちゃけた話、戦いの技量ってそんなにいらないんだよな。

 ただ貴族の義務として、ある程度現場を指揮することが出来なければならないというのはあるけど、それを令嬢に強要するとか、なんか違う気がする。

 まあでも、実際に実践演習はあるし、戦うことにもなる。


「いいか、悪役令嬢になる前に生きることが大切なんだ。どんな状況になっても生きて帰ってこれる。そうしないと立派な悪役令嬢になれないぞ」


「それはどうしてですか? 別に危ないことをしなければいいと思うのですが」


「危ないことを華麗に避けて、相手のできないことを指摘して自慢してやる、悪役っぽくないか? 私はできるけど、あなたはそんなこともできないの、って感じでさ」


「た、確かに、それは盲点でした……」


「そう言いながら、熱いお茶でもぶっかけてやれば完璧な悪役……」


「いやそれはダメですよ。熱いお茶って、やけどしてしまいます。そんなのは……可哀そうです」


「お、おう」


 人前でお茶をかけてみっともない姿をさらさせるのは常套手段じょうとうしゅだんだと思っていたのだが、違うのだろうか。俺のイメージする悪役令嬢はそれぐらいのことを平気でやる頭のおかしい女ばかりだが、シンシアは心が優しすぎてそんなことはできないらしい。神様、人選間違えてません? まあ、正直シンシアの目の間に現れたという神様も雲散臭いんだけどな。


「とにかく、大事なのは生きることだ。死んだら悪役令嬢になれないぞ」


「た、確かにっ」


 シンシアは、目からうろこでも落ちてますと言わんばかりに何かを察した表情をしていた。けど俺が言っていることって当たり前のことだからね。


「のじゃロリ、俺、変なこと言ってるかな?」


『のじゃ……あまりにも純粋過ぎてからかう気が失せるのじゃ。下手なこと言うとこの子がダメになってしまいそうで、うむむむむ』


 のじゃロリもいまいち調子が出ないらしい。リセやイリーナ、飛鳥みたいな正確だったらやりやすかったんだけどな。なんでも信じちゃうような純粋な子は、いい子だから簡単だと思うんだけど、うん、のじゃロリの言っていることがすごく分かってしまう。


「ですが、生きることも大事ですが、神様から仰せつかった悪役令嬢になるというのもとても大事なことなのです。先生、どうか並行して学ぶことは出来ないでしょうか」


「うーん、並行して学ぶ、ねぇ」


 シンシアがかなり難しい要求をしてきた。逃げることに徹底している悪役令嬢を想像してみる。どうも似合わなかった。

 となると、悪役っぽさを見せるために、もう一工夫必要になるということだろう。

 今の段階で出来ることと言えば、逃げながら魔法を使えるようになること。回避盾ならぬ回避魔法使いだ。魔法使い系は威力の高い威力の攻撃を長距離から使う反面、防御や体力的な面が弱い。俺のイメージとしては、魔法使いは魔法を使われる前に切ってしまえ勝てると思っている。


 だったら攻撃を回避する魔法使いにしてしまえばいい。近接型魔法使い。飛鳥もある意味で近接型の魔法使いだ。飛鳥スタイルにでもしてやろう。どうせそこに転がっているしな。


「よし、あとは魔法を一緒に使えるようにしよう。そしてシンシアの圧倒的な力をミーに見せてやろう。そうすれば少しは悪役令嬢っぽく見えるかもしれない」


 まあ、シンシアの心が優しすぎて何をやっても悪役には見えないんだが、それは言わなくてもいいだろう。悪役になることがやる気につながるんだ。それをうまい具合に使ってやろう。


「シンシアに聞きたいけど、さっきの飛鳥みたいに、動きながら魔法って普通使えるものなのか?」


 シンシアは少し唸りながら考えて、静かに首を横に振った。


「動きながら魔法を使うのはかなり難しいです。この学校で魔法を教えている人のほとんどができないとされています」


「魔法は動きながら使うものってイメージがそもそもとしてないからな。やっぱりそうか。あいつが少し特殊なのか」


「いえ、学生レベルや一般的な冒険者というレベルでは動きながら魔法を使うなんて高等テクニックを使えるわけないんですが、国を守る騎士団長クラスや、上位の冒険者は当たり前のようにできるそうですよ」


 トップ層は、動かない危険性をちゃんとわかっていらっしゃる。まあ、魔法使いが動けないなら、動けないなりに周りがサポートしてあげればいいんだけど、そもそも全員が魔法をメインに戦うのだ。どうやって周りをサポートするつもりなのやら。


 まあ、基本戦術が長距離から一発で仕留めるなので、それが失敗した瞬間死ぬことが決定する。そうならないために、精密かつ強い威力の魔法を覚えているのだろう、きっと。

 でも、大きな魔法はそれだけ魔力を消費するに違いない。重たいものを運ぶ時に足がふらつくように、大きな魔力を扱うというだけで、コントロールが難しくなるだろう。


 そんな基本戦術知ったことか。

 コントロールが難しいなら、しやすい程度の魔法を使えばいい。魔力制御、そして魔法の速度、威力は多少低くなっても、数打てばダメージは入る。要は戦い方だ。

 どんな強敵がいよとも、死なずに勝てればいいのだ。

 そして、ミーと言う女子生徒に対して、実力の違いというものを見せてやれば、ある意味で悪役令嬢っぽさを出すことが出来るのではないだろうか。うむ、完璧だ。

 少し自分のことを自画自賛したところで、シンシアにこれからの授業内容を説明した。


「まずは俺が追いかけるから逃げてくれ。これが最初の授業だ。逃げる途中で俺に魔法を使って攻撃してくれたってかまわない。とにかく俺と言う敵から逃げて逃げて逃げまくれ。魔法を使う際は、できるだけ威力を落とせ。初っ端から強力な魔力を精密にコントロールすることなんて出来ないんだから、まずは小さいことからコツコツと積み上げていけ」


 偉そうなことを言っているが、内容はすごく簡単で、俺がなまはげになるから逃げながら魔法を使って追っ払え、だ。全力で怖がらせるつもりである。


『のじゃ、諸刃があくどい顔をしているのじゃ……』


 うるせぇ。

 のじゃロリの言葉を無視して、俺はシンシアに「ちょっと準備をしてくる」と言ってその場に離れる。離れるついでにリセとりいーなを回収した。


 シンシアやゼイゴのそばを離れ、作戦会議が始まる。


「イリーナとリセに聞きたい。何か動きを阻害しないで相手を怖がらせるような服ってないか? 仮面でもいい」


「私、たくさん持ってるよ?」


 元気よく手を上げたリセが言う。正直、リセにはあまり期待していなかったので、意外だと思った。

 だって、イリーナの場合ゴブリン帝国がバックについてるからな。持っているものが一個人と比べて多いのは確実だ。そう思っていたんだが、予想外にもリセが何かを持っているそうだ。


「ほら、私ってボッチでしょ。だからね……誰かに気に入られたくて色々、ね……やったんだ?」


 その笑顔の奥に悲しみの色が見えた。理由が切なすぎる。ボッチを脱却したくてそんなことを頑張っていたのか……。


「でね、その、私がかわいいと思った衣装があるんだけど、その……なんていうか、近所の子供が泣いちゃって親御さんからクレーム来て……周りから人がいなくなっちゃったの。それが多分、諸刃が欲しいと思っている衣装に近いのかな。はは、あはははは」


 その乾いた笑みにはどんな意味があるのだろう。声を上げて笑っているのに、表情が、瞳が、死んでいる。

 どんな壮絶な過去があったのかまるで想像ができないほどの悲しみに違いない。現に俺は想像できなかった。

 だけど、その衣装なら、期待ができそうだ。


「ちょ、待ってくださいっ! 私も衣装を紹介できますっ! 勝負ですよ、リセっ」


 対抗心を表すイリーナ。そしてのじゃロリは……。


『諸刃に選ばれたほうが、より大切にされているってことじゃな!』


 余計なことを言うのであった。

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