13.知ってるけど知らない人がいる
シンシアの勉強がひと段落付いたので、俺はそっとお茶を出した。本来ならこの役目はそば付きメイドのゼイゴがやらなければいけないが、俺もシンシアに勉強を教えられていないので、まあいいだろう。
「ありがとうございます先生。さて、次に行きましょう。ずっと勉強ばっかでそろそろ体を動かしたかったんですよね」
シンシアには正式に教師と生徒の関係になった後も敬語を使っていたら気持ち悪いと言われてやめた。それにお嬢様呼びも、なんかこう、受け入れがたいものがあるみたいで、やめさせられた。さりげなく心にダメージをおったが、俺は何とか耐えきった。
そんなこんなで、シンシアと俺は良好な関係を築き上げようとしていた。
そんなシンシアは、凝り固まった筋肉をほぐすかのように肩を回し、ちらりとこちらを見る。なんというか、そろそろ出番ですよと言っているように見えたので、俺はそれとなく笑っておいた。
「そっち方面は得意だからな。剣術を教えてやる」
「「そっち方面?」」
イリーナとリセの眼力がやばい。
「剣術? 何ですかそれは。適度な運動をした後、魔法の実技を教えていただきたいと……」
「あ、ゴメン、俺魔法使えないや。魔法無効化体質って言ってな。その代わりに魔法に頼らない戦い方を教えてやる」
「まぁ、魔法に頼らない戦い方。それができれば悪役令嬢に一歩近づくのですね」
何故それで悪役令嬢に近づくと思ったのだろうか。どう考えても近づかないと思うけど、あえてそれを言う必要はないだろう。
「運動場にはミーさんもいますし、ここは悪役令嬢っぽいことをする場面ですよねっ!」
「ミーさん?」
「ミーさんはミーさんです。悪役がいるってことは主人公がいなくてはなりません。神のお告げです。私は、どうやら彼女の成長のために存在しているようなのです。そして彼女はこの時間、運動場にいますっ」
いや、キリッとした顔つきで言われてもこまるんだが……。まあとりあえず、悪役っぽいところを一目見てみよう。妄想したときはかわいかったしな。きっとかわいいに違いない。
そう思っていると、イリーナとリセが、俺のことを怪しんでいるような目で見つめてくる。なんか罪悪感という訳ではないか、いけないことをしているような気分になってきた。もし悪役的なことを始めたら止めてあげよう。
俺たちは、シンシアとゼイゴの後についていき、運動場に移動した。
「あちらにいるのがミーさん。この世界の主人公と神様が言っていましたっ!」
興奮気味にとある女の子を指すシンシア。自慢のお友達を紹介しているみたいでなんか可愛らしかった。
だけど俺は、そのミーという女の子よりも気になる存在を見つけてしまった。
「チェストオオオオオオオオオオ」
「ちょ、飛鳥様、張り切り過ぎですってっ!」
「何言ってんの! こんなのまだまだよ。魔法が効かない敵がいるって分かったんだから、剣の道をもっと究めないと。そのために修行をしているのよっ!」
「でもここは学園です。学生らしくしてくださいっ!」
「私も生徒なんだから使う権利ぐらいあるでしょうっ! 私はもっと、強くなりたい。魔法はもう飽きたわっ! 体を動かしたいのよっ!」
「魔法に飽きないでくださいよっ!」
聞いたことある声。お供の方は知らんけど、もう一人は知っている。それに剣術なんて俺ともう一人ぐらいしかやらんだろう。だってこの世界は魔法文化が発展した世界なんだから。
「おい飛鳥っ! お前こんなところで何してんだよ」
勇者であるはずの飛鳥が、なんかシンシアと同じ制服に身を包んで刀をぶんぶん振っていた。時折スカートがふわっとするのだが、絶対に下着が見えないという謎の勇者力を発揮している。
にしても、なんでこんなところに飛鳥がいるのだろうか。
「先生はあのうるさい人と知り合いなんですか? いつもミーさんの近くにいてうるさく叫んでいるんですけど、あれは何しているのでしょう?」
「先生……。まあ臨時講師だから先生なのか。なんか照れ臭いな。まあいいや。そうだ。あいつは俺の幼馴染の飛鳥だ。あいつがやっているのは剣術と言って、剣で敵を倒すための修行を行っているんだ」
「剣……とは何でしょう? 魔法があれば敵を倒せるのに」
この世界には俺やアッシュのような魔法無効化体質のやつがいる。魔法だけじゃダメなんだよな……。
『にょほほほほほほほ、魔法など弱いのじゃっ! 最強はやっぱり刀なのじゃっ!』
「はっ! どこからか声が聞こえた気がします」
「多分気のせいだ」
俺はさりげなくのじゃロリをたたく。刀を叩くって変な感じだけどな。
シンシアと少し話ながら、こちらに気が付いた飛鳥を待つ。
飛鳥が俺の前に来るとリセとイリーナがなぜか俺の目の前に出てきて飛鳥に威嚇する。
「ちょっと、私は諸刃に用があるの。アンタラはどっか行ってなさいよ」
「勇者(笑)が何を言ってるのっ! 諸刃は私と遊ぶんだから勇者(笑)はどっか行ってよ。あっち行ってっ! 近づかないで」
「そうです。この女は悪です。主殿には指一本触れさせません。あっち行け、しっし」
女の熱い戦いが始まった。あまりお近づきになりたくない戦いだったので、シンシアとゼイゴと共にそっと離れる。
『のじゃ、昔の女を捨てて新しい女と離れる……最低じゃのう』
「うるせぇ……」
あの痴話喧嘩の中心に入りたくないだけだ。めっちゃ目立ってかなり恥ずかしいぞ。ミーってやつも、何かを察したのか、ささっと撤退してたしな。
「あ、ミーさんがいなくなりました。これでは今日の悪役行動ができません」
「悪役行動って?」
この子はいったい何をするつもりだったのだろうか。少しだけ気になる。
「はい、今日はミーさんに背後から近づいて……」
俺はゴクリと唾をのむ。背後から近づいて何をするつもりだったのだろうか。俺には予想ができない。悪役だぞ。悪役令嬢っぽいことって言ったらかなりハードなイメージがある。
「脇をくすぐってやる予定でしたのに……」
「割としょうもないな、おいっ」
子供のいたずらかと突っ込みたくなった。
「悪役令嬢を目指しているんだろう。頭から水をかけてやったりとか、目の前でケガをするかもしれない事態にしてやるとか、再起不能にしてやるとか、ほかにできることがあるんじゃないのか?」
「な、なにを言ってるんですか先生はっ! そんな恐ろしいこと、できるわけないじゃないですか。あー恐ろしい……」
何だろう。子供のいたずらかなと思ってしまうようなことしかしていない。
多分こういうところが可愛らしと思われているんだよなきっと。
「あの、先生。私は悪役令嬢になれないのでしょうか」
なんて答えようか。結構重要な気がするのだが。ここで、無理なんて言ったら、私を本当の悪役令嬢にしてくださいと言われてしまいそうな気がする。
そして、ぷるぷる震えながら、私にはできませんとでもいうのではないだろうか。そんな悪役令嬢がいたら、確かにかわいいな……。
「悪役令嬢になるには厳しい道のりが必要だぞ」
「大丈夫です。私が悪役令嬢になることが神の望むものなのです。私はこの役割を全うしなければならないのです。どんなに厳しいことでも、やり遂げて見せますっ!」
ぐっと拳を握りやる気を見せるシンシア。努力する方向は間違っているような気がするが、こうやって見ると真面目な努力家にしか見えない。
この子を正しい道に導くのが俺の役目ってわけだ。悪役令嬢に見えそうで人気が出そうないたずらとは、いったい何をさせればいいのだろうか。
「ちょっと諸刃っ! このうるさいの何とかしなさいよっ! あんたの仲間でしょうっ! そこの幼女と乳繰り合てないでよ。私はあんたの幼馴染でしょうっ! なんで私を助けてくれないのよ」
「えっと、シンシア? あっち行こうか」
「そうですね、なんか絡んできてすごく怖いんですけど」
「あいつらは、ほら、ここがあれだからな」
俺は頭をこんこんとたたくと、シンシアは驚きの表情を浮かべる。
「そ、そうなんですか。でしたら逃げなきゃいけませんね」
「ちょ、諸刃っ! まって、待ってよっ! 幼馴染の私を助けなさいよー」
「「きっしゃぁぁぁぁっぁあぁあ」」
「うぎゃあああああああああ」
飛鳥がリセとイリーナに襲われて大変な目にあっているのを無視して、俺たちは場所を移した。
勇者様は二人に任せて、悪役令嬢っぽいけどトラブルにならない方法を考えよう。
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