9.悪役令嬢になりたいお嬢様

 兵士長に案内され、やってきたのは談話室。

 兵士長は「この中に依頼対象者であるお嬢様がいる、後は任せた」と言ってそのまま去ってしまった。

 一応真面目に仕事で来ているわけなので、特に何もないんだけど、そんな対応でいいのだろうか。まあいいや。


 俺はノックをして、中から返事が聞こえるのを待つ。だけど一向に返事が返ってこなかった。


「あれ、いないのかな?」


『のじゃ! 諸刃の気配におびえてるに違いないのじゃ、このロリコンがっ!』


 のじゃロリが俺のことを馬鹿にするので仕返しをしてやりたいのだが、さすがにここで問題を起こすとまずいことになる。仕返しするにできない状況だった。

 なんだろう、のじゃロリがもしも人間だったなら、きっとニタリと笑っていることだろう雰囲気を出し始め、そして俺にいろいろと言ってきやがった。今までの仕返しと言うことだろうか。でもここでは反撃できないので仕方なく受け入れよう。そして後で仕返しをしてやろう。


 俺はもう一度ノックをするのだが、結局返事は帰ってこなかった。


 おかしいと想いながらも部屋の前で待っていると、後ろから声をかけられた。


「そこのあなたたち、そこで何をしているの。その部屋には誰もいないはずなんですけど……ほら」


 声をかけてきた少女はそっと指をさす。

 指に沿って視線を移すと、そこには空室という文字がでかでかとかかれていた。

 今まで誰もいない場所にノックをしていたのだと思うと、ちょっとだけ恥ずかしい気持ちがわいてきてしまった。うう、穴があったら入りたい……。

 俺たちは、なんか後ろから声をかけてきた少女に案内されて部屋の中に入った。



 ◇◆◇◆◇◆



「改めまして、私はシンシア・フォン・パルメラ。パルメラ公爵家の娘で悪役令嬢ですの。そしてこちらにいるのが……」


「ゼイゴと申します。ところでお嬢様」


「どうしたの? ゼイゴ」


「この仕事、やめてもいいですか?」


「却下よ。私が悪役令嬢になるためには、あなたの力が必要なの」


 メイドのゼイゴは、死んだ魚の目をしながら、「ケッ」と唾を吐く。

 禄でもないメイドであることは分かったけど、それにしてもいろいろとツッコミを入れたいところがあった。

 まず一つ、ゼイゴってなんだよ。

 ゼイゴってあれだよな。アジのあのざらざらとした部分。それが名前ってちょっとあれだよな。なんというな適当過ぎるというかなんというか。

 それに、俺たちの目の前で辞職宣言とか、いろいろと心がやんでいるような気がする。この人、大丈夫なのだろうか。


「あら、人の顔をじろじろと見て……。ちなみに私の好きな食べ物はアジよ」


 メイドのゼイゴが勝手に喋り出す。誰もそんなこと訊いてないよ、とツッコミを入れたい気持ちをぐっと我慢する。相手は依頼主の娘さんだ。そして今回俺が教育する相手。そんでもってお貴族様。何がどうなるか分からない以上、慎重に対応せねば。あれ、なんか緊張してきた。


「お父様にお話は聞いています。学園の臨時講師として学園に入り、私の面倒を見るとかなんとか」


「ええ、そしてあなたの面倒をみる、ということに関しては本人に直接確認という話で伺いましたので、挨拶兼詳細確認のために伺わせていただきました。私は冒険者の鬼月諸刃。そしてこちらが……」


「諸刃、その喋り方気持ち悪いからやめてよ」


 俺が真面目に対応しているのに、リセが全てを台無しにするかのように言ってきた。何だよ気持ち悪いって、俺だって好きでやってないんだよ。


「もっとちゃんとしてよね諸刃! そしてそこのお嬢さん、私はリセっていうの。私は女神なんだからねっ!」


 まあ自称女神なんですが……なんてことは言わない。そしてリセはシンシアから冷たい目で睨まれる。


「それは嘘ですね。あなたは女神ではないです」


「な、なんでよっ」


 リセが唐突に攻められ始めたせいで、イリーナの自己紹介のタイミングが失われた。いざ自己紹介をしようと席を立ったのに、そういう雰囲気じゃないくなってしまったので、そっと自分の席に座った。ちょっとだけしょぼんとしているように見える。


「あなたは自分が女神だと言いましたが、絶対にありえませんわ。この世界で神はアルフィス様しかおられません。唯一神アルフィス様を差し置いて神を自称するなど……愚かなことですわ。それに、私は神様に1度だけあったことがありますの」


 シンシアは何かを懐かしむかのように語りだす。


「あれは私が子供の頃、いつのように教会で祈りを捧げていた時のことですわ」


 シンシアは語った。神に出会った時のことを。話を聞く限り、シンシアは熱心なアルフィス教徒だとかなんとか。

 俺は宗教なんか全く知らないし詳しくもないんだけど、こう、熱心に信仰しているのがシンシアの様子からうかがえた。


「ある日、声が聞こえて来たのです。そしたら私……意識だけだと思うのですが、知らない場所にいました。そこで私は神様と出会ったのです。神は言いました、『汝、悪役令嬢になりなさい。来るべきに日に出会う少女の糧となりなさい』と……」


 この言葉を聞いた瞬間、この神ろくでもないなと思った。少女の為に別の少女を糧とする……マッドサイエンティストかな? なんか狂気的なものがちらついて見える。その神と出会ったらSAN値が下がりそうだ。


「この世界で神はただ一人、よってあなたは自称神、偽物ですわっ!」


 指をさしながら自信満々に告げるシンシア。リセは「なぜバレた」とでも言いたげな表情を浮かべてショックを受けている。いや、前から分かっていたことだけど。

 回復魔法が得意なだけの自称女神だし。


「私が信仰する神はただ一人、そして私に言い渡された使命『悪役令嬢』になって、とある少女の糧になる、私はこの使命を全うするべく行動をしていますの。あなたたちは臨時の教師として働きつつ、私の手助けをしてほしいのです」


 シンシアが言いたいことを言い終えた後、そば付きメイドのゼイゴさんが俺に近づいて耳元でそっと告げる。


「と言うのはお嬢様の言い分で、ご党首様からは別にお話を伺っています。後で本当のご依頼内容をご説明しますのでお時間をいただいてもよろしいでしょうか」


 俺は静かにうなずいた。そしてなぜか抓られる俺の尻。リセとイリーナは何かに怒っているようだ。だけど俺は何に怒っているのか分からない。理不尽……。

 とりあえず、その場で話し合いが終わった。

 一応、俺達は臨時の教師として雇われることになるため、別の案内人に社員寮へ案内される。


「ちょっと! どうして私と諸刃が別の部屋なのよ。一緒にしなさい!」


「そうです。主殿と私の部屋が別々なのは納得できません。ふふふふふ、夫婦なのですから別にいいではありませんか!」


 リセとイリーナが同室で、俺だけ別の部屋になると分かった瞬間、二人が我儘を言い出した。


「いや、普通に考えて、学び舎で夫婦でもない男女が同じ部屋ってまずいだろう」


「「な!」」


 イリーナとリセが驚愕の表情を浮かべた。そこまで驚くことあったかな。割かし普通のことを言った気がするんだけど。

 我儘を言う二人を言いくるめて、俺は一人になる。


 先ほどゼイゴさんがポケットに入れてくれた手紙をそっと開いた。ぶっちゃけ、うるさい奴らが一緒だとやりにくいから一人で行きたいんだよな。


『なんじゃ諸刃、逢引かのう? 悪い奴じゃ、チクってやるっ』


「そんなんじゃねえよ。大体、あいつらがいるといつもはなしがややこしくなる。分かってるだろう?」


『のじゃ、それもそうなのじゃ。大丈夫なのじゃ。儂がしっかり諸刃のことを見張ってやるのじゃ!』


「誰に行ってんだよ……」


 そして俺、そんなに信用されていないんだと、地味にショックを受けた。

 それはそうと、手紙には、今日の夜、シンシア達と話した部屋に集合することになった。さてさて、本当の依頼とは何なのやら。

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