公爵家ご令嬢は悪役になりたい!
1.すべてがなくなった日
これは数年前の出来事。
とある貴族の少女が毎日のように教会に通い、祈りを捧げていた。あまりにも熱心に祈るものだから、周りから聖女と呼ばれるようになった。
そんな彼女には、ヒミツがあった。彼女は一度神という存在に出会ったことがあるのだ。
その姿を見て、その神々しさを目の当たりにした。それ以降、毎日のように教会に通うようになったのだ。
そんな彼女は願った。もう一度神様に出会うことを。そして、彼女もとに一つの信託が下される。
「汝悪役になりなさい。とある少女の為の礎となりなさい」
その日から、彼女は悪役になると心に決めた。
◇◆◇◆◇◆
俺が店を建てた三日後に、事件が起きた。
もうすぐ開店する予定の俺の店。料理を提供するのであれば当然、食材を仕入れなくてはならない。
俺は近くの市場でほしい食材を買って、自分の店に戻った。
そして俺が見たものはーーーー。
「おいっ! そっちの方の火の勢いが増したぞ」
「ほかの家に移る前に周りの家を壊せっ! 早くしろ、被害をここだけにとどめるんだ」
「ここはみんなで協力して消火するぞ。バケツリレーだっ!」
「「「「おう!」」」」
俺の店がごうごうと音を立てて燃えており、周りでは消防隊のような奴らが必死に火消作業を行っていた。思わず手に持っていた荷物を落としてしまう。
「え、ナニコレ……」
頭が理解することを拒否する。
でも目の前の現実は残酷で、何一つ変わることはなかった。
「何なんだよコレはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
『ざまぁなのじゃ、よきかなよきかな!』
俺はその場で膝をついて叫んだ。
いや待って、どうしてこんなことになってんの。俺はアッシュと戦い、魔王軍幹部をやめさせたという理由でたくさんの報奨金をもらった。そのお金で念願の料理屋を作ることが出来たのだ。3日前に……。
そう、3日前だ。まだ開店準備中で、あと数日したら開店するはずだったのに……。
なんで食材買って帰ってきたら俺の店が燃えているんだよっ!
悔しがる俺の横では、のじゃロリが楽しそうな声に笑っていた。
『にょほほほほ、
のじゃロリから本当にうれしそうな声が聞こえて来た。その声が耳に入ってくるたびにイライラが増してくる。
そんな俺の元に、消防隊のような奴らがやってきた。
「ハロハロ! こんにちは、今回は災難でしたね。放火ですよ放火!」
その男はとにかく軽かった。
笑顔をふりまくその男は、諸刃の肩をポンとたたいて言った。
「いやあ、ほんとどんまいですね。燃えたものはしたがながない。人生色々あるんです。あとは頑張ってください」
「ちょ、ちょっとまて、これって放火なんだろう。俺何もしてないよな。俺の店は……どうなるんだ?」
「どうもなりませんよ。言ったじゃないですか、燃えたものは仕方がないって」
「店を建てるために結構な額のお金を使ったんだが……」
「何言ってるんですか、戻ってくるわけないですよ! ドンマイっ!」
「こんちくしょおおおおおおおおおおおお」
俺はとにかく叫んだ。周りのことなんて気にしていられない。それに叫ばずにはやってられなかった。
何だよそれ。放火、放火だぞ? 火を付けられて店がなくなって……それについて誰も補償してくれないなんて……。
「ちなみに犯人は捕まりましたよ?」
「…………は?」
「ちょっと言ったところにある商家です。この土地が欲しかったらしいんですが、先にあなたに取られたので腹いせにやったらしいです」
「待ってくれ、じゃあそいつに賠償させれば……」
「はい、火消の代金ぐらいにはなりますね。火消ってすごく大変なんですよぉ」
「じゃあ俺が消すぅぅぅぅぅぅぅ」
「ちょ、待ってください。剣なんか持ってどうするつもりですかっ!」
のじゃロリと俺が力を合わせればあの火ぐらい消せる。そうすれば火消の代金がなくなり、また店が立て直せるは…………ず?
のじゃロリを持って火に突っ込もうとしたタイミングで、もう一人の隊員がやって来て、綺麗な敬礼をした。
「火消終わりました」
「ご苦労。あんさんもどんまいな。恨まんでくれ。これも仕事だからね」
「ちくしょおおおおおおおおおおお」
こうして、俺は念願のお店を失った。
一応土地の権利は持っているが、建物は全焼。土地だけあって何もできない状況になってしまった。
どうして俺がこんな目に……。
俺が落ち込んでいると、どこからともなくイリーナとリセがやってくる。
「大丈夫です主殿、私がゴブリン帝国で養ってあげますから」
「そうよ諸刃! 私だってお金はいっぱいあるの。いくらでも養ってあげる。だから一緒に遊びましょうっ」
二人の言葉を聞いて、ふと懐かしい気持ちがこみあげてくる。
俺がこの世界に来て、リセと出会い、最初に陥った状況だ。
女に貢いでもらいのほほんと暮らすダメ男に成り下がりかけていた、あの時の状況と全く同じ……。
なんだろう、すごく嫌だ。
「いや、俺はまた働くぞ。冒険者でも何でもやって、もう一度店を立て直してやる。最悪、土地はあるんだ……」
なんて言っていると、火消しの人がまたやってきた。
「あんさん、気をつけてな。急いで火事があったことを言わんと土地とられるで」
俺は急いで商業ギルドに向かって手続きをした。
◇◆◇◆◇◆
「よかった、何とか土地を失わずに済んだ」
土地代だけでも結構な額を使っていた。それが失われるとなれば俺はもう立ち直れなかったかもしれない。だって報奨金の半分以上を土地代に使って残り半分ちょっとを店を建てるのに使ったのに、それらすべてがなくなってしまったら……俺の頑張りはいったいどこへ行ってしまうのだろうか。
もう立ち直れない。
だけどまだ土地だけはセーフだった。そう、もう一度店を建て直せば、念願のお店が再開できる。
「リセ、イリーナ、とりあえず仕事探しに行くぞ。もう一度、店を立て直すんだっ!」
そんな俺の言葉に、リセとイリーナはあまりいい顔を見せなかった。
「店を建ててからも仕事仕事、もうちょっと私達と遊んでよ! もっとかまってよ。たまには遊んでくれたっていいでしょう。養ってあげるから!」
「そうです、主殿は私たちをないがしろにし過ぎです。最近は私たちに手作り料理をくれる時以外に構ってくれないじゃないですか! 餌付けだけじゃ寂しいです。もっと愛情をください!」
めんどくさい女のようなことを言い出した二人。だけどこればかりは譲れない。
「もう住むところすらなくなったんだよ。この状況を早くどうにかしないと、まともな生活どころか、ご飯すら食べられなくなる。金が……ないんだよっ!」
「「それは一大事だ!」」
二人は突然慌てふためく。俺は別におかしなことを言っていないはずだが、突然どうした、と首を傾げる。
「諸刃のご飯が……食べられない!」
「そんなの生きてはいけません。お願いです、主殿……」
ここにきて餌付けの効果が発揮された件!?
いや別に、餌付けしているつもりはないんだが、二人の目がちょっとヤバい。おれ、変なモノ作ったっけ? 普通に食材を仕入れて、こいつらに食わせているだけなんだが。
「何が必要なの。私が全て解決してあげるから。女神なわたしにまかせなさいっ!」
「いえ、リセなんかいなくても私が主殿の願いを叶えてあげるのです。ゴブリン帝国に不可能はない!」
「二人とも……申し訳ないんだけど、とりあえず仕事と今日泊まれる宿を探そうか」
「「ご、ご飯は……」」
「さすがに今日は作れないよ」
「「しょ、しょんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」」
二人はその場で膝をつき、めそめそし始める。そんなに俺の作った料理がよかったのだろうか。ここまで残念に思われると逆にうれしくなってしまう。それだけ美味しいと思われていたと知れて、これはこれでよかったかもしれない。
自分の作る料理はまずくない。おいしいと思ってもらえる。少し自信が付いた。あとはどうにかして店を取り戻さないといけないわけだ。また冒険者として仕事するか。
「二人とも、とりあえず冒険者ギルドに行くぞ。まずは仕事を探そう。宿は……まあどうにかなろう」
とりあえず仕事をもらいに行くために俺たちは冒険者ギルドに向かった。
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