25.亜空間魔法が超便利過ぎてヤバい

「ちょちょ、そんなに急いでどうしたのよ!」


「私は主様にどこまでもついていくでござるヨンス!」


 ちょっとキャラ崩壊しているイリーナにツッコミを入れたい衝動を抑えつつ、俺は飛鳥がいるはずの村に出立する準備を整え外に出た。


 魔王軍幹部と鉢合わせて、いきなり衝突するというのは考えにくい。敵の方が強い可能性がある以上、飛鳥なら撤退を考えてくれる……はずだ。


 だけどそれも絶対じゃない。撤退できないほどの強敵だった場合、なすすべなく殺されてしまう。俺の両親が、あの鬼と出会った時のように……。


「飛鳥が危ないかもしれないんだ。急いで向かわないと」


「危ないって何! 私より大切なの。もっと私を大切にして!」


「リセ! 主様を困らせるな! あの真剣な表情を見よ。きっと何やら事情が」


「浮気、浮気なのね。女神な私を放っておいて別の女の元に向かおうとしているのね……」


 リセがハイライトのない目で俺の顔をじっと見つめてくる。ちょっとだけぞっとしながらも、俺は足を止めなかった。


「な、なんで……主様は私を嫁にしてくれるのではなかったのですか……」


 イリーナもハイライトのない目で俺を見つめてくる。

 怖い、二人が怖い……。でも俺は足を止めなかった。幼馴染が、命の危機にさらされているかもしれないんだ。


 昔、俺の両親はとある鬼に殺された。圧倒的なまでの力で命を弄ばれた。

 そんな強敵を前にしても、両親は命がけで助けてくれた。

 もし、あの時の俺にもっと力があれば、両親は殺されずに済んだのかもしれない。

 力のない自分を悔いて、両親を殺した鬼への復讐も果たした。あの頃の俺とは違い、俺には助けるための力がある。

 もし魔王軍の幹部と飛鳥が鉢合わせて、飛鳥が殺されてしまったら。そうなってしまったらあの時の俺と変わらないじゃないか。


 力のない自分を悔いて手に入れた力だ。

 飛鳥をみすみす殺させるわけにはいかないんだ。

 もう、あの時の俺じゃない。



 二人を無視して俺は足を進める。すると腰のあたりにいるのじゃロリが語り掛けて来た。


『のう、もう少し周りを見たほうが良いのじゃ。何の説明もなしに考えや感情が伝わるわけないのじゃ。お主が何に焦っているのか分からんが、事情も説明せずただ出発するなぞ、二人が不安に感じるだけじゃろうて』


「だが、この間にも飛鳥が……」


『ここから一人突っ走って何になる。慌てる気持ちもわかるが、もう少し周りを見たほうが良いのじゃ。それに、何かあったら仲間を頼るのも大切なことじゃぞ?』


 のじゃロリに言われて気づくのもシャクだが、確かに、俺は一人突っ走っていたかもしれた。ゆっくりと足を止めて、後ろを振り返り、俺の後ろをついて来たリセとイリーナに向き直る。かなり近い位置にあるハイライトのない4つの目が特に印象的だった。

 二人が怖い……。


「ねえ、なんで何も言ってくれないの。私とは遊びだったの。どうせ捨てるんだ。ひどいよ。私をこんな体にして……」


 俺、リセに何かやった記憶がないんだが!


「主様、私との間にあったあれやこれは……すべて嘘だったんですね。ずっと信じていたのに。ひどい……」


 変な誤解が生まれているようだが、俺とイリーナが出会ってまだ1日しかたっていない。なのになんでこんなことになってるんだ。

 二人とも、表情に影がささり、ぶつくさと呟き続ける。表情がどう見たってヤンデレ系だった。


 どうしようと戸惑っていると、周りから声が聞こえて来た。


「おいあいつ、女捨てるらしいぜ。最悪だな。俺に一人くれよ……」


「だね、最低な人間よ。女を弄んで捨てるなんて。あんたはああなっちゃダメだからね」


「俺はぜってぇならねえって。彼女大切にするタイプだから。なあ、俺達ーー」


「またその話? パーティで恋愛事は無しってーーちょっと待ってあれ、あの子達、目がやばいんだけど」


「は? 何言って……うわ、しかも何やらぶつくさ言ってるし。あれか、手を出しちゃいけないタイプの女か……。怖いなあれ、チラ」


「ちょっとこっちをチラ見しないでくれる。私はあんなんじゃないから。それにしても、男の方も可哀そうよね。あれ、選択肢間違えると刺殺されちゃう。私も近くにいたら……。ねえ、早く行こ」


「そ、そうだな(女って怖いんだな)」


 そそっと去っていく近くにいた冒険者。ちょっと待って、俺、殺されるの。飛鳥を助けにいかなければいけないのに、仲間に殺されるの?


『のじゃ、じゃからもっと周りを見ろと言ったのに、諸刃が話を聞かんから……』


 まるで俺のせいだとでも言うのじゃロリ。確かに俺のせいなんだろうけど……。のじゃロリにはもうちょっと早く助言してほしかった。


 ヤバい状況の二人にちゃんと向き直り、俺は事情を説明した。飛鳥は女だが、俺の幼馴染だ。小さい時から一緒にいる。恋愛感情は置いておくとしても、家族のように身近な存在だ。だから、このまま放っては置けない。

 変な勘違いを与えないよう、俺は最新の注意をはらって説明した。すると二人の瞳に光が戻ってくる。


「なんだ、そんなことだったんだ。私ったらてっきり捨てられるかと……。前も同じように捨てられたことがあるんだよね」


 リセの悲しい告白に、瞳がちょっとだけ潤んだ。前に捨てられたって……。


「主様、私は信じていました。主様の助けたいという気持ち、すごく分かります」


 逆にイリーナはキラキラした目でこっちを見てくる。まるで憧れのヒーローを目の前にした子供のようだ。まあイリーナはゴブリンなので見た目が子供でも成人しているわけだが……。

 一瞬、合法ロリということが浮かんできたが、今はそんなことを考えているわけにはいかないので俺は首を振って忘れることにした。


「そういう訳なんだよ。だから俺は急いで飛鳥のもとに向かわなければならない」


「分かったわよ、分かった! 私を捨てないっていうんなら、私が手を貸してあげる。なんたって私は女神なんだから!」


「リセ…………」


「主様、私も忘れてもらっては困りますよ。私と一緒にゴブリン帝国を繁栄させてもらわないと困るんです。それに……っぽ」


「ちょっとまて、俺、イリーナになんかしたか?」


「い、今のは忘れてください」


 いったい何を考えていたんだ、こいつ。だけど、二人が協力してくれるのは心強い。あとはどれだけ早く飛鳥のもとにいけるかだ。


「では早速、ゴブリン帝国に向かいましょう!」


「ちょっとまてイリーナ。俺の話聞いていたか?」


「はい、飛鳥って人間を助けたいんですよね。幼馴染だとか。だからゴブリン帝国に行くんですよ!」


「そのなぜゴブリン帝国に行くのか分からないんだけど」


「それはですね……」


 イリーナがゴブリン帝国に行くメリットを教えてくれた。ゴブリン帝国は、イリーナが持っている固有魔法、異空間魔法によって異空間に存在するゴブリンが作った帝国だ。

 各ゴブリン部族をまとめ上げているゴブリン界最大と言ってもいい国だ。

 その異空間はありとあらゆる場所にゲートを設け、瞬時にその場所に移動できるという。

 ある意味で転移魔法と言ってもいいかもしれない。

 ただ、その魔法にも制約があり、一度訪れた場所でゲートの設置をしなければならない。幸いなことに、ゴブリン帝国は飛鳥がいるはずの村の近くで取引をしていたことがあるらしい。その時に作ったゲートが残っているので、ゴブリン帝国を経由していった方が早いということだった。


 ゴブリン帝国、すごいな。ここはありがたくそのゲートとやらを使わせてもらおう。


「じゃあ、入り口を開きますね! ていやっ」


 適当な掛け声とともに空間が歪む。街中でやるものじゃないなこの魔法。

 周りの人の視線を無視して、俺たちはイリーナが作り出した異空間魔法の中に入っていった。

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