24.危険は突然やってくるらしい。

 とある町の宿。

 日の当たる窓辺の席で、勇者として召喚された飛鳥はのんきにコーヒーを飲んでいた。

 この朝の優雅な時間が割と好きな飛鳥は、コーヒーの香りを楽しみ、笑顔を浮かべた。

 飛鳥も諸刃と同様にゴブリンを退治しており、残りは現在滞在してる町のみ。そのほかの町でのゴブリン退治は全て完了していた。


(にしても、ずいぶんあっけないものだったな……)


 ゴブリンがそこまで強く感じなかった飛鳥は、今までの戦いを振り返る。

 厳しい戦いは一切なかった。ゴブリンたちがあまりにも弱すぎたのだ。手ごたえのなさ、殺してもゲーム的な感覚。もしかしたら死んだら生き返るんじゃないかとさえ思ってしまう、それほど現実味のなさを感じていた。

 弱い敵を狩り、周りに凄いともてはやされて、朝は優雅にコーヒーを飲むことが出来る。

 心の中で実は私、すごいんじゃないのとさえ思っていた。

 要は調子に乗っているのだ。


 闘いが順調に進み、残るは現在滞在してる町のみ。そのほかで出現したゴブリンは討伐を完了させている。

 飛鳥は諸刃の道場に通ってはいたものの、鬼狩りとして戦っていたわけではない。ゴブリンがこの世界に来て初めての実践だった。

 その実践がちょろすぎたのだ。調子に乗ってしまうは仕方がなかった。

 本来なら、飛鳥の従者となったものたちがどうにかしなければならない問題ではあるのだが……。


「飛鳥様! ゴブリンの情報を持ってきました。今回もサクッと討伐しましょう!」


「飛鳥様のかっこいいところが見てみたいです! ささ、朝食が終わったら行きましょう!」


 抑えるどころか、どんどんやれという始末。周りがこんな状況のせいで、飛鳥の鼻がどんどん伸びていき、まさに天狗状態。


「ふふ、仕方ないわね。私がいなきゃ何にもできないんだから!」


 満更でもない顔をしながら返事をする。コップに残ったコーヒーを飲み干して、カップを置いた。


「さーて、行くわよ!」


 読みかけだった異世界版新聞を片付けて、出立の準備をする。その新聞に大ぴらに書かれている魔王軍幹部の目撃情報を、飛鳥は一切読んでいなかった。

 目の前にある情報を手に入れられなかった飛鳥は、今日も今日とていつもと同じようにゴブリンを余裕で倒すぞと意気込んだ。




 ◇◆◇◆◇◆




 ゴブリンの目撃情報を頼りに森に入った飛鳥達は、まるで台所に現れる黒い悪魔のようにカサカサと出てくるゴブリンを楽しそうに斬っていた。はたから見れば猟奇殺人鬼っぽく見えるのだが、倒しているのが害虫みたいなゴブリンなので周りの人たちは誰一人気にしなかった。むしろ飛鳥の活躍を褒めたたえ、一緒になってゴブリンを倒していた。

 次々に倒れていくゴブリンたち。その死体を踏みにじり、楽しそうな笑みを浮かべた。

 本当に、ここはまるでゲームのようだった。


 ゲーム感覚でゴブリンを倒す飛鳥のもとに、脅威が現れようとしていた。

 茂みの奥が揺れる。音に気が付き、飛鳥が振り返った。


「あぁ? なんでこいつら殺されてんの?」


 現れたのは人、のようなものだった。外見はいたって普通の人間だが、頭に二本の角と鋭い牙が目立つ。瞳も普通の人間とは異なっていた。まさしく鬼と言った姿だった。


 今まで感じたことのない危機感を飛鳥は感じた。

 圧倒的なまでの存在感。ただ普通に近づいてきているだけのはずなのに、気を抜けば首が飛ぶような恐怖。今まで倒してきたゴブリンがまるでゴミのような、それこそ自分がゴブリン側に立ったような気分にさえなった。

 だけど飛鳥は馬鹿だった。


(来た、ボス戦だ……。今のレベルだとまだ足りない気がするけど……いけるか?)


 いまだにゲーム感覚だった。肌にピリピリ感じる程のさっきも、ある意味で心地が良いとさえ感じている。

 敵がまだ油断している。実力に差があることぐらいわかっていたが、飛鳥は油断しているうちにと斬りかかった。


「なんだこいつ」


「っち、防がれた」


 不意を突いた飛鳥の一撃は、現れた鬼に防げ荒れる。羽虫程度にしか感じてない鬼は、飛鳥のことを見て、ようやく気が付いた。


「ああ、お前らがこいつらを殺したのか。くそ雑魚で、役に立たない小鬼どもだけど、敵の邪魔するぐらいには役に立つんだ。こんなくそ雑魚を何も使わずに殺されたとあっちゃ、なんちゃってだけど魔王軍幹部の名が廃る。俺の名はアッシュ、魔王軍幹部で鬼人のアッシュだ!!」


 飛鳥が読まなかった異世界版新聞に載っていた、魔王軍でも最悪の部類の敵、アッシュが襲い掛かってきた。


 飛鳥は真正面からやってきた攻撃を受け止める、が力不足で押されてしまう。

 魔王軍幹部のアッシュは、口元を吊り上げて、狂気じみた笑みを浮かべた。


「がはははは、俺の攻撃を真正面から受けて死なねぇか、さてはてめえが勇者だな。いいぜいいねいいなオイ。楽しくやろうぜ勇者ぁぁぁぁぁ」


 嬉しそうな雄たけびを上げるアッシュを前に、飛鳥は口元を引きつった。


「女の子相手に……魔族に人間の常識がわかるわけないか、フッ」


 魔法を使わずに、アッシュの攻撃をすべて剣技で受け流す。重い一撃も攻撃を逸らし、誘導すればある程度はよけられた。

 これがもし、チート級の魔法とかをぶち任すタイプのボスであったならば、一撃でやられていたに違いない。

 幸いなことに、アッシュは物理攻撃を得意とするタイプだったからこそ、飛鳥は戦えていた。


(勝機は、あるっ)


 敵の攻撃を受け流しながら、目線で合図を送る。飛鳥のお供達は、その視線に気が付き、アッシュにバレないよう小さく頷いた。

 この世界の主なる攻撃は、魔法だ。

 飛鳥のように剣で戦うタイプの方が珍しい、というかほとんどいない世界。

 アッシュを物理的に対応できるのが飛鳥だけだとしても、受け流せるのであればどうてことない。むしろ飛鳥一人で足止めできるのであれば、お供達が魔法で攻撃してくれれば勝機はあると飛鳥は考えた。


 狂気じみた笑みを浮かべて押しかかるアッシュの攻撃を受け流しつつ、敵を誘導する。

 アッシュの目の前に立つようにして死角を作る用動いた。飛鳥の動きに合わせてお供達が行動する。敵の死角をうまく使い、不意を突いた炎魔法の攻撃を繰り出した。


 轟音と共に地面が爆ぜ、熱気が風に乗り頬を撫でる。ひりひりと熱さとごうごうと立ち上る煙を見て、お供の一人がフラグと立てた。


「やった、やりましたよ勇者様! 魔王軍幹部を倒しました!」


「馬鹿! そういう時は大抵やっていないのよ! なんでそういうフラグ立てるの!」


 飛鳥自身、敵を倒したと心の中では思っていても、若干の不安があった。

 この手の小説やゲームなら、大怪我を追ってはいるものの、意外と生きていることが多いからだ。そして、この煙に乗じて攻撃をしてくるに違いない。

 煙が晴れるまで、飛鳥は気を抜かず、じっと煙に隠れた奥にいるはずのアッシュに集中する。


(大丈夫。これでノーダメージとかありえないから。まだ、大丈夫)


 そう思っていたのに、煙が晴れて現れた敵の姿は、全然予想とは異なっていた。


「げほげほ、ああ、煙がうぜぇなおい。てめぇ、勇者なら正々堂々勝負しやがれ!」


 叫ぶアッシュの姿は、無傷だった。一切のダメージがない。ただ煙を鬱陶しそうにしているだけで、外傷も何も見当たらない。


 まだ隙はあると、飛鳥は魔法で『月牙○衝』のようなウォーターカッターを繰り出した。

 だが、アッシュに魔法が触れた瞬間、魔法が霧散した。


「う、そ……」


 飛鳥の表情が曇る。魔法という長距離から敵を倒すことのできる奥の手があったからこそ、まだ何とかなると思っていた。でも、アッシュは違った。


「がはははは、俺は魔法無効体質だ。そんなちっぽけな攻撃が効くわけねぇだろう。くそみたいな攻撃してねぇで、剣でかかってこいやオラ!」


 魔王軍幹部、アッシュはこの異世界の人類にとって天敵といえる存在だった。

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