8.危険なにおいがするが……しょうがない

 リセが仲間になりたそうにこちらを見ている。仲間にしますか、と某RPGゲームなら選択肢が出てきそうな展開だ。

 さて、俺はいったいどうするべきか。ここで断ると、俺は取り残され、町にも行けず、このまま土にかえりそうな気がする。

 半分は冗談にしても、さすがに仲間にしてほしい的な展開を断っておいて、町に連れてけは図々しい気がする。

 うーん、迷う。見た目はめちゃくちゃ可愛いんだけど、中身がなー。地雷臭しかしないんだよなー。


『別にいいのじゃ。仲間になるのは大歓迎なのじゃ』


「ちょっと待てよ、何勝手に答えてんだよっ」


「え、諸刃? ダメなの」


「え、あ、う、えっと、その……」


 のじゃロリが余計なことを言うから、つい口走っちゃたじゃねえか。まだ俺の中で決断が決まってないのに。

 リセがじっとこちらを見ている。その瞳からは不安の色を感じられた。

 まるで捨てられそうになっている犬を見てるようだ。まあ実際に捨てられそうになっている犬なんて見たことないんだけど。


「はぁ、しょうがないな。分かった。おれだって一人じゃどうしようもないんだ。パーティーを組もうじゃないか」


「わぁ、本当にっ……。じゃなくて、女神である私とパーティーを組めるなんて諸刃は幸せねっ」


 いや、不幸の間違えです。自称女神を仲間にするとか、誰得だよ。


「まあ、その話はあとにしようぜ。その前に町に行きたい」


「だったら私についてきなさいっ! あっという間についちゃうんだから」


『ノリノリじゃのう。そこがウケるのじゃ』


 俺はそっと、のじゃロリに「やめたれ」と言った。リセはルンルン歌いながら前を歩く。あれだけうれしそうなんだ。きっと、やばいほどボッチに違いない。今は幸せな気分に浸っているんだ。そっとしてあげよう。


 ふと空を見ると、だんだんオレンジ色に変わり始めていた。


「諸刃ー、はやくー」


「ったく、ちょっと待てよ」


 俺は慌ててリセの後を追い、近くの町に向かった。




 リセに案内されて数十分後。町らしき明かりが見えて来た。特に不審な点はなく、ザ・異世界ですよとでも言っているような、そんな雰囲気を改めて感じられた。俺、この世界に放り出されてどうなるんだろう。まあ、頼もしい……かどうかわからなけど、一応仲間ができたわけだし、大丈夫だろう。

 そう自分に言い聞かせて、先導してくれるリセの後を追う。


「あの門をくぐったらシロウトの町よ。新米の冒険者育成機関なんてある、新米に優しいくて素晴らしい町なんだから」


 あれか、始まりの町的なノリか。にしても、シロウト、か。ネーミングセンスが酷いな。

 リセは先に門をくぐって町の中に入る。ちらりと門の横にいる厳つい人を見た。門番なんだろうけど、特に検問みたいなのされないのかな。それとも、こんな小さな町だから、厳しい検問はされない的な感じか?

 そんなことを考えながら門をくぐろうとしたその時、なぜか俺は厳つい男に止められた。


「ちょっと待て」


「え、あ、はい」


「身分証明書を提示してもらおう」


 どうしよう、身分証明書なんてないぞ。思い出せ、こういう時のラノベ的展開を。と言っても、俺は飛鳥みたいにがっつりと読んだことあるわけじゃないからな。


「身分証明書、出せないのか」


「持ってないです」


「だろうな」


「だろうなって、わかってて聞いてるんですか」


『そんなの当たり前なのじゃ。諸刃は馬鹿なのじゃっ』


 門番に「だろうな」と言われて驚いている俺に、のじゃロリが茶々を入れてくる。正直黙っていてほしかったので、俺は刀を小突き黙らせる。ちょっとぐぐもった声で『痛いのじゃ』と聞こえて来たが、無視した。門番の男は、「はて? 声がしたような」と言っていた。まだこの刀がしゃべるということに気が付いていないらしい。


「まあいい。俺の目はごまかせない。さぁ、取り調べ室に来てもらおうか」


「ちょちょちょ、ちょっと待って。その前に一つ、一つだけ教えてくれ」


「怪しい奴め、一体なんだ。俺は心が広いから教えてやる」


 すげえ上から目線で言ってくるこの男のドヤ顔が気持ち悪い……。

 じゃなくて、俺はどうしても聞きたかったことを口にした。


「どうして俺が身分証明を持っていないことが分かったんだ」


「そんなの簡単だ。おれにはこれがあるからな」


 そう言って、門番は自分の目を指差した。いや、目は目だろう。それがあったところで、見えるものは見えるし、見えないものは見えないと思うんだけど。


「俺は魔眼持ちだ。まあ、サーチという、情報を盗み見ることしかできない劣等魔眼だがな。これはこれで役に立つ。さて、お前の疑問には答えてやった。さっさといくぞ」


 なるほど、魔眼……魔眼? 異世界転移の定番あるあるだけど、魔眼か……。

 元の世界では考えられない敵だな。もし鬼に魔眼なる力を持っている奴はいなかった。もし持っていたら脅威だな。対策を立てておくのも一興……って、俺は鬼狩りをやめるんだった。そうだ、俺は料理人になるっ! その前にこの世界で生きれるようにしないと。そのためにも、この身分証明書のところをうまく切り抜けないと。


 そんなことを考えながら俺は門番の後ろについていこうとした。そのタイミングで先に進んでいたリセが戻ってくる。


「諸刃ー、遅いよ。早く行きましょう」


「あ、ちょっとーー」


 俺が事情を説明しようとしたところで門番が割り込んできた。


「なんだCカップ」


「ちょっ!」


「こいつは身分を証明できないから事情聴取する。ギルドカードを持っているお前に用はない、立ち去れ、Cカップっ」


「二回言ったっ! Cカップって二回言ったっ!」


 顔を真っ赤にしながら文句を言うリセ。門番は、とある部分をじっと見つめ、目を光らせた。


「わかる、俺にはわかるぞ。お前、盛っているな。なるほどなるほど。この偽物め。本当はダブルーー」


「死ねっ!」


「ぐふぁあああああああああ」


 リセの拳が門番のあごにヒットして、膝から崩れ落ちた。


「ほんと、女神に向かって何言っちゃってんのっ! この変態っ! あなたにはきっと天罰がくだるわ」


 いや、今女神の拳によって天罰食らったと思うぞ。そっか、こいつダブルーー。


「っむ、諸刃も変なこと考えているでしょうっ」


 こいつ、勘が鋭い。俺は口笛をわざとらしく吹いて誤魔化した。そんな俺の様子を怪しむように睨んできたが、「はぁ、まあいいわ」と固くなっていた表情が緩んだ。

 ぼろ雑巾のようになった門番を素通りして町の中へ入った。


 町の中は思っていたよりも田舎じゃなかった。普通に水道関連は整備されてるし、小さな子供が普通に走り回っている。奥様方は集まって楽しそうにくっちゃべり、がやがやとした声の聞こえる方を向けば、商人たちが活気あるれた商売をしている。


『なかなかいい町なのじゃ。これならそこそこ楽しめそうなのじゃ』


「刀のお前が何を楽しむんだよ」


 のじゃロリは『べ、別に刀だからって楽しめないこともないんだからね、なのじゃ』とツンデレ風に言ってきたので、背筋がゾクッとした。こいつは後で生臭い魚の刑にしてやろう。


「諸刃、こっち。先に冒険者ギルドに行きましょう」


「それもそうだな。身分証明書持ってないし。そういうところ行けば、ギルドカード的なの作れるんだろう?」


「え、手の甲に魔石を埋めつけられるだけだけど。すごく痛い、一ヵ月はのた打ち回る」


「こわ、冒険者ギルドこわっ!」


「ははははは、冗談よ。こんなの信じる人いるんだ。ぷー、めっちゃウケる」


 だんだんこいつの本性が分かってきたような気がする。寂しがりやでかまってちゃん、自分のことを女神という頭がイっちゃってる系の美少女。しかも、人を馬鹿にして優越感に浸る……タイプではないな。

 女神とか電波的なことを言って、相手を引かせて距離を取りたいけど、ボッチはやだから人の嫌がることをして目を引きたい系だな、こいつ。

 ほんと、めんどくさい女につかまった気がする。ま、全く知らない場所で一人でいるよりはいいんだけど。

 

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