4.そののじゃロリは意外と便利だった

『のじゃあああああああああああああああああああ、嫌なのじゃああああああああああああ』


 喚き散らすのじゃロリの言葉を無視して、俺はそっとのじゃロリを滑らせる。一度切り込みのラインを入れた後、骨に沿ってカリカリと捌いていった。


『う、おえ、生臭いのじゃ、この仕打ちはあんまりじゃあああああああああ』


「うるせぇ、お前が試し切りしろって言ったんだろう、我慢しろ」


『じゃからって、魚はないのじゃあああああ、なんかべっとりつくのじゃ、気持ち悪いのじゃああああ』


 どうやらとても喜んでいるらしい。これは魚を捌いて正解だったな。


 あの部屋を出た俺とのじゃロリは、音のする方へ進んでいった。少し進んだ先に、水辺が存在した。俺の思った通りだ。水をよく見ると、魚が泳いでいる。こういう光の届かない場所にも魚っているんだなと思いながら、魚を捕まえた。こんな場所に人なんているわけないし、警戒しなきゃいけない敵もいないのだろう。あっさりと捕まえることが出来た。


 そして今に至る。

 俺は捕まえた魚をのじゃロリでさばいてご飯を作り始めた。水も煮れば案外どうとでもなる。いやー、のじゃロリがあって便利だったわ。岩にたたきつけるだけで火花散るんだもの。のじゃロリを火打石代わりにして、あの部屋に置いてあった謎のワタっぽい何かと乾燥した木材を使えば簡単に火が起こせた。まあ、欠点と言えば、のじゃロリが『痛いっ、痛いのじゃあああ』と喚くぐらいか。

 つけた火にのじゃロリを使って魚を近づけた。あいつは『熱い、熱いのじゃあああ』と喚くが、こっちの知ったこっちゃない。いい感じに焼けた魚にかぶりつく。割と淡泊な味がした。もう少し塩が欲しいところだな。


『鬼なのじゃ、鬼畜あのじゃ、怖いのじゃあああ』


「あ~魚うめぇ」


『あんな鬼畜の所業をして言うのがそれなのかっ! 逆に凄いのじゃ』


「だろ、俺、すごいだろうっ」


『いや、そんなドヤ顔されても困るのじゃ。それよりも儂にも魚……』


「え、刀って魚食うの?」


『まあ近づけたらわかるのじゃ』


 そっと焼けた魚を近づける。すると、吸引力の変わらないただ一つのアレにでも吸い込まれたかのように、魚が渦巻いて消えていった。


『おおおおおお、これが熱い思いと生臭い思いをして出来たお魚、旨いのじゃあああああ』


「それはよかったな」


 やった俺が言うのもなんだが、あんな思いをして出来た魚だ。そりゃ格別にうまく感じることだろう。

 さてさて、この後一体どうしたものか。とりあえず水の確保と食材の確保ができたと思われる。

 ある程度持ち運べるようにまとめて、洞窟探索でもするか。このままここに拠点を構えても、死ぬ未来しか見えないしな。

 今あるものをまとめて、出発の準備をする。その間ものじゃロリは『旨いのじゃあああ』と魚を意地汚く食べていた。いや、あれを食べていたという表現をしていいのだろうか。


「もう食べ終わっただろう。そろそろ行くぞ」


『ま、待つのじゃ。まだあの魚の骨をしゃぶりついていないのじゃ』


 意地汚い。もう少しちゃんとできないのだろうか。まあ刀だからしかたないのかもしれないけどな。

 俺は嫌がるのじゃロリを無理やり持ち上げて、鞘にしまって腰に掛けた。うん、この位置が一番しっくりくるな。


 息を大きく吐いて、目を瞑る。そして再び集中して意識を広げた。研ぎ澄まされた互換で、周りが手に取るようにわかる。鬼狩り時に敵を探るための技術だが、意外と役に夏んだな。

 そう思いながら、新しい風の流れを探して、風が吹くほうに進んでいく。


『なあ諸刃よ。どこに行くつもりなのじゃ』


「知らないよ。とりあえずこの洞窟から出る」


『ところでここはどこなのじゃ。見たことない場所じゃのう』


「そんなの俺が知りたいわ」


『のじゃ? それはどういう……』


 こいつ、馬鹿なのか。そう思った時だった。のじゃロリのまとう雰囲気が突然変わった。


『敵じゃ諸刃。あっちに何かいるぞ』


「あっちってどっちだよ。方向を示せ」


『あっちはあっちじゃ、なんじゃ分からんのか』


「分からねえよ。なんであっちって言われてわかると思うのかな、普通ねぇだろう」


『のじゃ、儂の所有者ならそのぐらいできんかっ』


「そこまでの信頼関係培ってねぇよ、んで、こっちか」


『なんじゃ分かっとるではないか』


 まあ、刀にあっちって言われてもどこを指しているのか分からないのは当たり前。だけど敵となれば話は別だ。意識を集中すれば見つけ出すことはたやすい。

 のじゃロリには少し遅れを取ってしまったが、俺も敵の存在をとらえることが出来た。

 気配を決して、敵に近づいていく。岩陰に隠れながら、そっと敵の様子を伺った。


 見えたのは子供みたいに小さな鬼だった。緑色の体をしていて、割と清潔感がある。ちょっとゲスな笑み……いや、あれは変態チックな笑みと言えばいいのか? そんな気持ち悪い笑みを浮かべながら「うへっへ」と笑う仕草をしていた。


 小鬼、ゲームで言うならゴブリンという奴か。ラノベとかなら雑魚キャラだけど数が多い上に狡猾でずる賢く、意外と脅威になるような描写が多かった。もしかしたらこいつらも例外ではないのかもしれない。


『のう、諸刃。気が付いたか』


「静かにしろ。ところで何についてだ」


『なんじゃ気が付い取らんかったんか。あの小鬼どもの様子をよーく見とくんじゃ』


 ゴブリンの様子だって。そんなの、見ているじゃないか。

 再び目線をゴブリンに移す。岩陰に隠れてこそこそしているゴブリンたち。鬼は敵なので即刻切り落としたいところだが……ちょっとまて、なんだあれ。


 ゴブリンたちが、岩陰に隠れながら、そっと奥の方を覗いていた。ゴブリンたちが覗いている先に見えるのは、湯気。ちゃぴちゃぴ聞こえる水の音。どうやらこの奥に温泉でもあるみたいだ。その温泉に……4匹ぐらいゴブリンがいた。布で体を隠し、なにやら楽しそうに話している様子。


 これ、どう見たって除きの現場だよな。え、なんか思っていた鬼と全然違う。


 俺の知っている鬼と言えば、人を食う化け物だ。人と同じ姿をしながら、人ならざる者。人間を食らい、汚し、陥れるモノ。

 どんなに小さな鬼でも、危険度は変わらない。いつ、どこで、どんな人が鬼の被害に遭うかなんてわからない。

 もしかしたら、困っていた子供を助けたら、その子供が鬼で食われてしまった、なんてこともある。

 そんな狡猾で、卑怯で、残忍な鬼を狩る、それが俺たちの一族で、俺の知っている鬼だった。


 断じて、断じて違う。覗きをしながらキャッキャしている鬼なんて、鬼じゃねぇっ!


『なんか複雑な顔をしているのじゃ、ぶっさじゃのう』


 いきなり茶々入れられて、俺はイラっとしてのじゃロリを岩にたたきつけた。


『いいいいいい痛いのじゃっ! 突然何をするのじゃ』


 俺はおこちゃまだ。感情のあまり、鬼がいる目の前で、気づかれてしまうような行動をとってしまうなんて。

 今の音でゴブリンはこちらに気が付いた。いずれも襲ってくるような雰囲気は感じられない。こちらに近づいて、口元に手をやり、静かにしろと言ってきた。

 もう一匹のゴブリンはこっちにこいと言ってきた。もう俺に対して警戒心0なんじゃないかと思う。ゴブリンよ、それでいいのか。

 もしかしたら、外敵にあったことないのかもしれない。こんな洞窟の奥なんて誰も来ないよな。そう考えると、ダンジョンに潜る冒険者って不思議な職業だなと思った。この時、俺は敵を目の前にして、敵のゴブリンについて考えるのをやめていた。


 だって無駄だろう。こいつら、警戒心ないんだぜ。こんな無防備な敵を切ってしまっていいのだろうかと、不安になる。

 鬼狩りを一時的にしていたことがあっても、こんなやりにくい敵にあったことない。

 なんだか平和だなーと思いながら、俺はゴブリンたちのもとに向かっていくのだった。

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