3.それはただ「のじゃロリ」言うだけの妖刀だった

 まるで聖剣か魔剣のように台座に刺さった刀をまじまじと観察する。なんでこんなものがこんなところにあるんだろう。うん、わけわかんない。


 台座に剣が刺さっているのはRPG的にはお約束なんだけど、それが刀って、なんかイメージが崩れるよな。妖刀って、祠の中に奉られているイメージで、こんな深々と刺さっているようなものじゃない。というか鞘どこだよ。


 探してみると、地面に転がっていた。なんか違う、思っていたのと違う。異世界転移なんて、物語だけの空想だと思っていたよ? 表面上はとても平和な世界、だけど裏では鬼なんていう訳の分からない化け物と戦うという国で育った俺でも、異世界なんてあるわけないと思っていた。だというのにこんな状況に巻き込まれて、見つけたのが聖剣みたいに台座に刺さっている日本刀? なんかふざけるなって感じだよね。夢壊すなよっ。

 ま、あの手のラノベが俺より好きな飛鳥がいないだけましか。あいつがいたら、きっと暴れるだろうな。


 状況に文句を言うのはこの辺にして、この刀、抜けないだろうか。

 刀に近づいて観察してみて、あることに気が付いた。この刀に、鬼月家の家紋が記されていた。そこでふと思い出して、俺は手記を再び手に取って開き始める。


「これは、間違いない」


 俺も初めて見る、というか初めて聞く72本目の鬼伐刀きばつとうに違いない。吸い込まれそうなほどきれいな刀に、俺は思わず見惚れてしまった。

 これがあればとりあえず安全は確保できるだろう。とりあえず、抜いてみよう。

 そう思って、そっと刀に触れると。


『ひゃうぅ』


 幼女のような声が響き渡った。

 …………え、ナニコレ。


『なんじゃなんじゃ、人がグースか眠ってるときにいやらしく触ってくる奴はっ! 場所を考えんか、場所を……。ちょっと、気持ちよかったではないか、っぽ』


 なんか幼い少女の声ですげぇこと言われたような気がするんだけど。聞いちゃいけないようなことだった気がするんだけど。

 俺はそっと刀から手をどける。


『なかなかくすぐったいのう。じゃが、そこがいい。気持ちいのじゃっ! っで、誰なのじゃお前』


 俺は回れ右をして、この刀から距離を取ろうとする。これは、かかわってはいけない部類の刀だ。精神が持たない。


『ちょちょちょ、待つのじゃ。ちょっと待つのじゃっ』


 必死に引き留めようとする幼女声。俺が何も聞こえないとばかりに無視して去ろうとすると、だんだんぐずりだした子どものような声になってきた。なんでだろう、まるで俺がいじめているようだ。そっと俺は振り向く。


「何だよ、いきなり引き留めて」


『ふおおおおおおお、よかったのじゃ、よかったのじゃ。全然聞こえるそぶりを見せないから本当に聞こえてないかと思って心配したぞ。おお、うれしいのじゃ』


「おう、よかったな。それじゃ俺は行くから」


『ちょちょちょちょ、待つのじゃ、待ってくれなのじゃ。お願いしますなのじゃぁぁぁぁぁ』


 のじゃのじゃうるせえなこいつ。少しは黙らないだろうか。俺が無視しなければ黙るんだろうけど、めんどくせぇ。


『そこ、めんどくせぇって顔をするでない。儂が声をかけてるのじゃから少しは相手をしておくれ。ここで一人すごく暇だったのじゃ』


「それ、別に俺じゃなくてもいいだろう」


『そんなわけないのじゃ、お前さんじゃなきゃダメなのじゃ。だってお前さん、鬼月家のもんじゃろう』


「は、なんでそんなことわかるんだよ」


『そんなのは簡単じゃ。儂ら鬼伐刀きばつとうは意志を持つ刀なのじゃ。その意志は鬼月家のもんにしか伝わらんのじゃ。そういう仕様なのじゃ』


 は、何その仕様。もしかして、鬼伐刀きばつとうに認められたものがうなされるって話、本当だったのか。きっと所かまわず話しかけられて大変だったろうに……。


『まあ、儂のようにはっきり意識を持っている鬼伐刀きばつとうなんてないんじゃがのう。しかも儂は特別仕様っ! 実は誰とでも話をすることが出来るんじゃが……これは内緒じゃ』


 そう言って、なんか鼻で笑われたような、そんな気がした。だから俺は……。


「帰る」


『ちょちょちょ、待つのじゃ、ごめんなのじゃ、のじゃああああああああああ』


「だぁもう、喚くな。仕方ないな。んで、俺はどうすればいい」


『とりま自己紹介をするとしようかのう』


 唐突に始まる自己紹介。なんかボッチ臭がしている気がする。こいつ、絶対に友達いないタイプだな、うん。


『まず鬼伐刀きばつとうである儂にも名前はあるんじゃが、言えない決まりなのじゃ。儂の名を心で感じ、初めて鬼伐刀きばつとう鬼伐刀きばつとうとしての力を発揮するのじゃ。じゃから今は言えんのじゃ』


「じゃあお前の名は俺が付けてやるよ。とりあえず今からのじゃロリな」


『ちょちょちょ、ちょっと待つのじゃ。そののじゃロリはないじゃろう。な、もっといい名前が』


「俺の名前は鬼月おにづき 諸刃もろは。お前が言うように鬼月家の人間だ。よろしくな、のじゃロリ」


『え、ちょ、待って。それで決まっちゃう感じ? もうちょっといい名は……』


「ない」


『のじゃああああああ』


 なんかすごく悲しくなるような『のじゃああああああ』だった気がする。しくしくというBGMが聞こえてきそうだ。ま、そんなことはどうでもいいんだけど、俺はさっさとこのジメジメするこの場所から抜け出したい。こののじゃロリが手掛かりになればありがたいんだけど。


『ところで諸刃、なんでこんなところにいるのじゃ。というかここどこじゃ?』


「使えねえなお前」


『のじゃっ、いきなり罵倒とは失礼なのじゃ。ごめんなさいするのじゃっ!』


 ぎゃーぎゃ喚く刀。俺は思わず耳をふさぐ。しょせんは刀、なんでここにあるかなんてわかるはずもなかった。こんなのに期待した俺がバカだった。


『のじゃ、儂は鬼伐刀きばつとうの中でもかなり有能な部類だと思うのじゃ。使えないと思うなら抜いて試してみるのじゃ』


「お、抜いていいのか。じゃあ遠慮なく」


 俺はのじゃロリに手を伸ばし、台座から抜いた。何だろう、拍子抜けなぐらいにあっさりと、抜けてしまった。こんな簡単に抜けてしまっていいのだろうか。ノベル的にはよくない気がするのだが、この際気にしても仕方がないだろう。


 さて、試し切りできそうなものは何かないかなっと。

 そう思って何かを探す。のじゃロリが『早くするのじゃ』とせかしてくるので、すげえめんどくさい。ついでに転がっている鞘も回収して、俺は部屋を出た。


『のじゃ、早くするのじゃ。使えるってところを見せてやるのじゃっ』


「まあ焦るなって。洞窟だからって何もいないわけじゃない。きっとなにかしらはいるはず……。それに人が住んでいた形跡のある場所だ。だから、な」


『何を言っているのじゃ。頭でも打ったのかのう』


 なんか憐みの声をかけられた気がするのだが、とりあえず無視した。手記を手に入れた部屋も出て、集中する。耳を澄ませ、意識の範囲を広げた。そして、聞こえた。俺が探していた音が。


「とりあえず行くぞ。こっちにお前を試し切りするにふさわしいものがあるはずだ」


『のじゃっ! こんな場所にそんなものがあるのか。これは楽しみじゃのう』


 俺はにこりと笑い、一つ質問をした。


「お前さ、鬼伐刀きばつとう何だよな。妖刀なんだよな」


『ん、それがどうしたのじゃ?』


「サイズ変更ってできるか?」


『そんなの簡単にできるが、それがどうしたのじゃ。試し切りと何か関係があるのかのう』


「ああ、めちゃくちゃあるぞ、とりあえず、洞窟は刀を振りにくいし、短刀…………いや、包丁サイズになってくれ」


『む、別にいいが、なんか寒気がするのう』


 みるみる小さくなるのじゃロリ。手の平にしっくりとくる感覚。うん、実にいいじゃないか。ふふっふ、試し切りが楽しみになって来たぜ。


『うお、なんか寒気がしたのじゃ、大丈夫かのう……』


 なーに、心配はいらない。すぐによくなるって。

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