第99話 神の恩恵

 ユウヤは感情を殺した目でイザナミの顔を見ながらイザナミに一歩ずつ自然体のまま近づいた。

 イザナミはユウヤの目を見た瞬間に感じた恐怖で冷や汗を流して一歩あとずさり、軽く息を吐き呼吸を整えてユウヤが近づいてくるのを待った。


「ようやくやる気になったのね」

「ああ……それが唯一の救いなんだろ」

「そうよ」


 ユウヤはある程度イザナミとの距離と詰めて刀を構えた。

 ユウヤが刀を構えたのを見てイザナミも黒い靄を纏った刀を構え、ユウヤの動きを観察し始めた。


「……悪いな」

「え?」


 ユウヤは全力の身体強化を行うと、イザナミの背後に回り込みイザナミの右肩を蹴り吹き飛ばした。

 ユウヤが剣技で攻撃してくると予想していたイザナミはユウヤの最高速に対応できず、蹴られた右肩を左手で抑えながら着地し、ユウヤの方を振り向くと刀を持つ右手の手首を強く引っ張られ体制を崩した。

 体制を崩したイザナミにユウヤは一瞬だけためらい動きを止めるが、イザナミが体勢を立て直す前に右腕に刀を振り下ろした。


「っ!?」

「!?」


 イザナミは腕を斬られた痛みで苦悶の声を漏らし力が抜けたのか刀を落とし、ユウヤはイザナミの右腕を確かに斬り裂き腕を吹き飛ばした感覚を刀越しに感じたが、刀が通過した場所から少し血が出ているだけで腕がくっついていることに驚き目を見開いた。

 ユウヤはイザナミの手首を放してイザナミに刀を取らせないために遠くに蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばされたイザナミが右腕を抑えながら立ち上がるの見てユウヤは問いかけた。


「その腕なんで斬れてないんだ。確実に斬ったはずだが……」

「ええ、しっかりと斬れてるわよ。斬られた瞬間に再生してるだけで、斬れてるわ」

「斬った瞬間に再生されるんじゃ、殺しようがないんだが」


 ユウヤは刀を構えてイザナミを睨みながら殺し方を考えようとしたが、イザナミがユウヤの問いに答えた。


「再生するとは言っても皮膚、筋肉、骨でそれぞれ再生にかかる時間が違うの。皮膚は一瞬で再生するけど、筋肉と骨は時間が掛かるから斬れてないように見えても中ではまだ再生中なのよ」

「……なるほどな。再生が終わる前に絶命する致命傷を与えればいいわけか」

「そういうことよ」


 イザナミの説明で納得し自分の考えを確認するようにイザナミに問いかけるユウヤに対してイザナミはユウヤの考えを肯定した。


「なら……」


 ユウヤは自分の考えが正しいことを確認すると、小さく呟きまた最高速でイザナミとの距離を一瞬で詰めた。


「これで終わりだ」

「!?」


 目の前に現れたユウヤにイザナミが驚いている間にユウヤは全力の身体強化による最大の身体能力でイザナミの舞を基にし、イザナミとの修行で身に付けた剣技の繰り返しなしの七連撃で斬り付けた。

 イザナミが苦悶の声を漏らす暇もなく七つの斬撃はイザナミの身体を両断し、両断された身体は斬られた場所からかなりの血を流したがすぐに塞がり、血で汚れた巫女服を着ているようにしか見えないほどに綺麗に塞がった。

 複数の重要な臓器を一度に斬られたイザナミは痛みすら感じることはなく、力が完全に抜けて倒れそうになったところをユウヤに受け止められた。

 ユウヤはイザナミを丁寧に地面に寝かせ、殺す以外にイザナミを救うすべが無かった自分の無力さによる絶望や悲しみに満ちた目で今にも死にそうなイザナミを見つめた。


「そんな顔しなくてもいいのよ」

「……けど、俺にもっと力があれば、もしかしたイザナミを救えたかもしれない……」


 ユウヤの泣き出しそうな震えた声の呟きをイザナミは小さく首を横に振って否定した。


「私は、私の依り代はそろそろ寿命だったの。だから、ユウヤが殺さなくてもそう遠くないうちに死んだわ」

「……じゃあ、なんで俺に殺させたんだよ」

「寿命を迎えると、依り代に入れられていた力は辺りに飛び散り厄災として人々に降りかかるわ」


 イザナミの答えにユウヤは驚き目を見開いた。


「どうして、そんな……」

「それが、神の力を求め達成できなかった傲慢な人間に対する神罰なのよ」

「じゃあ……」


 イザナミはいつもの優しい微笑みを浮かべてユウヤに返した。


「私は、無関係な町の人達を殺したくなかった。私が張った結界で、町の人達はここでの戦いのことも気づかないわ」

「……」


 いつも通りの二年間一緒に過ごしてきたイザナミの優しい言葉にユウヤは何も言えなかった。


「ごめんなさい。あなたに辛い役を押し付けて」


 その優しい言葉に怒鳴ることも文句を言うことも出来ずに、俯きただ静かに涙を流すことしかユウヤには出来なかった。

 そんなユウヤの両頬に優しく手を当ててほとんど力の入らない身体に必死に力を込めたイザナミはユウヤの唇に自分の唇を重ねた。

 その行動に驚き一瞬固まったユウヤはすぐにイザナミの背中と頭の後ろに手を回して負担がかからないように優しく支えた。

 イザナミが唇を放したのを確認してユウヤはイザナミを腕で抱えたままイザナミの言葉を待った。


「あなたに神の恩恵を与えたわ。私のような触れたら死ぬほど強力ではないけれど、相手の再生能力を無効化できるはずよ」

「……ありがとう」

「あと、迷惑をかけたお詫びにあなたに纏わりついていた呪いもこの依り代に移しておいたわ。この依り代の死と同時に呪いも消滅するわ」

「呪い?」


 イザナミの言葉に含まれていた聞いたことのない話に問い返したユウヤにイザナミは少し不思議そうな顔をしたが、小さく首を横に振った。


「分からないなら気にしなくていいわ」

「…………そうか」

「最後に、これだけは言わせて」


 イザナミの言葉を聞き逃さないように耳を澄ましたユウヤにイザナミは微笑みながら告げた。


「ユウヤ、あなたのこと愛していたわ」

「!?」


 イザナミの予想外の言葉にユウヤは驚き目を見開いて止まっていた涙をまた流しながら震える声で返した。


「俺だって、イザナミのこと好きだったさ。恋かどうかは分からないけど、もっとずっと一緒に居たかった。皆と一緒に世界を回りたかった。なのに……どうして、こうなるんだよ」


 泣きながら震える声で話すユウヤの涙をイザナミはほとんど力の入らない震えた手を伸ばし、指で拭いいつものように優しく微笑んで返した。


「ありがとう、それと大丈夫よ。私は神だから依り代が死んでも死なない。ユウヤからは見えなくなるけど、ずっとユウヤの傍にいるから、ずっとユウヤのこと見てるから、だから、安心して……」


 イザナミは言い終わると同時に力が抜け、イザナミの身体と巫女服は砂のように細かい粒に変わり、ゆっくりと崩れて風に流されて消えていった。

 イザナミは子供のように泣き叫ぶユウヤを一人残して跡形もなく消えていなくなった。

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