決闘申し込み事件発生前 2

「アルベル、お手をどうぞ」


 乗り込む時とは逆の順番で馬車を降りたダイアナがをエスコートするために手を差し出すと、令嬢になり切っているアルバートは、その手を支えにして優雅に馬車を降りる。

 ヘリオスとダイアナを伴って舞踏会へ現れた美しい令嬢の姿に一部でどよめきが起こったが、予想の範囲内だったので、三人は外野は気にせず舞踏会プロムが行われる学園内の講堂へと進む。

 卒業後の着任先が決まっている騎士科の生徒はヘリオスのように礼服を纏っていたが、ダイアナと同じ騎士科の女生徒も何人かは真新しい礼服を凛々しく纏っているのが窺えた。


「ダイアナ様、ごきげんよう。──本日はドレスをお召しにならなかったのですか?」


 講堂の出入り口へ着くと、在学中にわりと親しくさせて貰っていた普通科の女生徒に、ヘリオスと似たような事を聞かれてダイアナは内心苦笑した。


「ごきげんよう、レイチェル様。──服装規定ドレスコードは正装という指定でしたので、本日は騎士としての正装で参りました」

「そうでしたのね」

「ええ。明後日から王妃陛下付きの近衛への着任も決まっておりますし、気を引き締めるのも兼ねてこの格好です」


 色々聞かれる前にざざっと先に話してしまう。


「まぁ。女王陛下付きの近衛騎士の就任、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「ですがわたくし、御母君様の補佐に就かれるものだとばかり思っておりましたわ」

「母の方針で、縦だけではなく横の連携が出来るようにコネクションを広げるのも兼ねていますので、色々なセクションへ転々とする予定になっています」

「そうだったのですね」

「色々な所属先へ行けるので少し楽しみだったりしますけれどね」


 ふふふと笑うダイアナを見た後、その隣で楚々としているアルベルへと目線を向けたレイチェルは、一瞬驚いたような顔をしてゆっくりと瞬きをした。レイチェルは公爵令嬢なので、アルベルの正体に気付いたかもしれない。その間にヘリオスはレイチェルに黙礼して騎士科の仲間の方へ逃げるようにさっさと行ってしまった。


「その方は? ご紹介頂けますかしら」

「あぁ、彼女は父の縁戚でアルベルです。私達の卒業を祝いに駆けつけてくれました」

「アルベル・ドゥ・アムニスです。よろしくお願いします」


 しれっとして紹介すると、いつもならカーテシーをされる側のアルバートは、声色もきちんと変えて答えるなり、キレッキレの隙のないカーテシーをする。


(本当この人って何でもできるよね)


 イケメン=残念な世界設定ではあったが、ダイアナが知っている範囲でアルバートは残念成分が薄めで、何でもできる器用貧乏なタイプだった。


「アルベル様、ですね。わたくしはアルトゥール公爵家次女、レイチェルでございます。──アルベル様、こちらこそよろしくお願いします」


 レイチェルも教科書通りの隙のないカーテシーをする。これはバレていると思ってもいいのかもしれない。


「アルトゥール家というと、王太子妃殿下の縁戚の……?」

「はい。私の父が妃殿下の御母君の弟にあたりますので、従姉妹の間柄になりますわ」

「そうでしたか……」


 アルバートの義姉である王太子妃の縁戚は一応頭に入っていたであろうが、レイチェルと実際に顔を合わせたのは初だったようだ。アルベル、地が出そうになってますよ、と思いながらも、ダイアナはにこやかな顔で二人の会話を見守る。


「それにしても、美しく装われたダイアナ様を見るのをとても楽しみにしていたのに。──残念ですわ」


 心底残念そうに言ってくれるレイチェル。この調子だと今日は、会う人会う人に何でドレスを着ないのかと聞かれそうだと少々辟易した。


「ドレスはまたの機会、という事で。──それでは、ごきげんよう」

「その時を、大変楽しみにしておりますわ。──ごきげんよう」


 話を切り上げたダイアナはアルベルをエスコートしながら、さっさと逃げたヘリオスの方へ移動する。


「エリック殿下の入りが遅くなるって伝達があったのに開始前から警備が王族対応になっていたから不思議に思っていたが──そういう事か」


 ヘリオスと会話していた騎士科のモブ顔生徒ヘンリー・ジャクソンが、ダイアナたちを見てそう呟くのが聞こえた。一目で状況を把握したようだ。

 それを捉えたらしいアルベルは、にこやかに笑いながら「君の名前はヘリオスから聞いてる。──勘がいい子は好きだよ」と小声で言って、ヘンリーへ向けて軽やかなカーテシーをした。


「ヘンリー・ジャクソンです。お見知りおきを」


 ヘンリーはあえて略式の例をして、それに応える。その直後、ヘンリーはダイアナに向けて黙礼をしたのでダイアナはそれに黙礼を返した。やはりモブ顔さん優秀だわ。


「覚えておきますわ。ヘリオスから聞いてるかもしれないけど──今の私はアルベル・ドゥ・アムニスよ」

「承知しております」


 アルベルを知る、警護が出来る人間がまた一人増えたので、任せてしまってもいいだろうと判断したダイアナは、ヘリオスに声をかける。


「ヘリオス、級友に挨拶してくるからアルベルを任せてもいい?」

「うん、いいよ。行ってらっしゃい」


 了承を得て、騎士科の男子生徒が集まりだしたその場所から離れると、すぐに聞き覚えのある声に挨拶をされた。


「ダイアナ様、ごきげんよう」

「シトロン様、ごきげんよう」


 振り返ると、そこにいたのはダイアナと同じ騎士科の女生徒のシトロン・ウエイバードだった。

 彼女はダイアナが一番懇意にしている生徒で、理知的で頭脳派だけれども、さっぱりとした気性だったせいか気が合い、卒業後に所属する先も同じなのでダイアナは楽しみにしていた。


「新しい礼服もお似合いですね。ドレスをお召しでしたら、ダイアナ様にダンスを申し込もうと思っていたのに残念です」

「シトロン様がお相手でしたら、ドレスじゃなくても私は踊りますよ? ──どちらのパートで踊るか今決めますか?」

「ジャンケンで勝った方が男性パート、負けた方が女性パートにしましょうか」


 シトロン嬢の提案で即ジャンケンをし、その場で決めた。結果は、ダイアナがグーで勝ったのでダンスの時に男性パートを踊ることになった。


「ところであちらのご令嬢はもしや──」

「今日は父方の縁戚のアルベル・ドゥ・アムニス、という事にして下さい。普通にしていても目立つ方なのに、ご本人は目立ちたくないと思っているようなので」


 ヘリオスの横でにこやかに微笑んでいる令嬢アルベルの方へ視線を向けるシトロン。近衛所属なので当然、第二王子の顔も彼の趣味も彼女は知っているのだろう。

 そのアルベルは、シトロンとダイアナの会話が聞こえる距離ではないのに、聞こえているかのように右手の人差し指を立てて果実のように瑞々しい唇にそれを当てて内緒よと言わんばかりにウインクした。




 その後、約束通りにアルベルとファーストダンスを踊った後、シトロンとも踊ったら、他の女生徒にもダンスを申し込まれたので、ダイアナは来るものを拒まずかなりの人数と踊ってしまった。


(底無しの体力があるって素晴らしい……)


 その後、水分補給で喉を潤してダイアナが一息ついた時に、第三王子エリックによる決闘申し込み事件が起こるのであった──。


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