決闘申し込み事件発生前 1

 第三王子エリックによる決闘申し込み事件が起こる数時間前の事──。


「ダイアナ、ドレス着なくていいの?」


 ダイアナは、王都のイシュトバーン邸のエントランスホールで待ち合わせていた双子の兄ヘリオスから開口一番に服装について突っ込まれていた。

 ヘリオスも卒業を控えているので、ダイアナと同じ真新しい礼装用の純白の軍服姿だ。所属が違うので肩章のデザインが違うものの、ヘリオスの姿は普段の残念さを知らなければ白馬に乗った王子様だった。

 実際、先代国王の王弟が母方の祖父に当たるので、イシュトバーン家は王室とは縁戚関係があり、王太子を始めとした第二、第三王子は、ダイアナとはの間柄である。

 なので、順位は低いもののヘリオスとダイアナにも王位継承権があり、ヘリオスの方は王族特有のプラチナブロンドとスカイブルーの瞳の持ち主だったので、王族の顔をよく知らない人間には第三王子と間違われたり、存在しない第四王子と勘違いされることもあった。

 ちなみに、ダイアナは父方の血が強く出たらしく、銀髪にマリンブルーの瞳で、腰まで伸びた髪を後ろにまとめてシニヨンにしている。


「ヘリオス様、よくぞ言って下さいました!」


 イシュトバーン邸のメイド頭のメアリーが追い討ちをかけてくる。つい三十分ほど前にメアリーとはドレスの件で押し問答バトルをしたばかりだったので、ダイアナは辟易する。ぶつくさ文句を言いながらも、ダイアナの髪を整え薄く化粧を施してくれたのはメアリーだったが。


「メアリーしつこい」


 思わず口を尖らせると、メアリーは元々大きな榛色の目をさらに大きくして、神への冒涜だと言わんばかりに吠えた。


「お嬢様はこんなにお綺麗なのに! お化粧をしてドレスアップしないのは勿体なさすぎます‼︎」


 娘盛りなんですからもっと着飾るべきですよ! と、主張するメアリーの態度にダイアナは閉口してしまう。メアリーとダイアナの服装に関するバトルはよく発生しているので、ヘリオスは慣れっこなようだった。


「……ドレス着るの、そんなに嫌なの?」


 こてりと首を傾げて聞いてくるヘリオス。ダイアナとヘリオスの性別が逆だったらきっと、メアリーはヘリオスを着飾ることが出来、こうしてプリプリせずに済んだかもしれないと思いながらもダイアナは答える。


「今日はドレスの気分じゃないだけ」

「そっか」


(エリックから婚約破棄をされるのがわかっているから、とはさすがに言えないし)


 原作でも舞踏会の時のダイアナはこの格好だった。プレイ中に見た彼女ダイアナは当然のようにこの軍服姿だったけれど、その水面下では社交がある度にメアリーとドレスに関する攻防を毎回繰り広げる羽目になるとは思いもよらなかったが。


「絶対着ないって言ってるわけじゃないんだから、メアリーも許してあげなよ」


 宥めに入るヘリオス。メアリーは「ですが……」と、諦め切れない表情をしている。


「今日は着ないだろうけど、着る時になったらメアリーが気合い入れればいいだけでしょ? ダイアナはエリックの婚約者なんだし、今後ドレスを着ざるをえない場面も絶対あるだろうし」


 普段はぽやーんとしているのに、時々鋭いことを言うヘリオスを眺めながら、ダイアナはそのエリックとの婚約は今日限りですとも言えず、複雑な気持ちだった。

 そんな中、第三者の声が響く。


「こんばんは、ヘリオス、ダイアナ。──あれ? ダイアナ、今日はドレスじゃないんだ?」


 優雅でしなやかな足取りでヒールをコツコツと鳴らしてエントランスホールに姿を見せたのは、淡いグリーンのドレスを纏った金髪碧眼の長身の美女──女装したアルバートである。

 メアリーはすすすと後ろに下がってアルバートに低頭し──ヘリオスは「こんばんは、アル兄。待ってたよ」と美女アルバートに一礼をして迎えた。

 アルバートはヘリオスと仲が良いのでイシュトバーン邸にもよく顔を出しており、彼が来るのは日常茶飯事だった。身内だけなので、アルバートの口調も砕けた感じになっている。


「こんばんは、殿下。──ええ、今日はドレスじゃありません」


 軍服姿でカーテシーをするダイアナは、挨拶と同時に返答する。


「そっか。新しい礼服も似合うね」

「ありがとうございます」


 さり気なく褒められたので、ダイアナはお礼をしつつ隣のヘリオスに視線を向けた。


「待ってた、ってことは殿下も一緒?」

「そ。アル兄も行きたいって言うから、またなんちゃってエスコートすることになった」


 てへと笑うヘリオス。ヘリオスは家柄を考えると婚約者がいてもおかしくはないのだが──ヒロインのルートによってはヘリオスが相手になった可能性もあった──決まった相手はまだいない。

 ダイアナの母オルティナ曰く「うちは特殊だし、政略とか気にしないでいいから、本当に好きになった相手が見つかったら紹介してくれればいいよ」とのことだ。

 ダイアナの方は、イシュトバーン家の跡取りだった祖母と婚姻するために祖父が婿入りした時、兄の前国王に娘が生まれたら王家にお嫁に出すという約束をしたものの、生まれたのはオルティナ一人だったので、その約束は孫世代に移行してダイアナが生まれた時に王子との婚約が確約してしまった。

 王太子は7つ年上で年齢が離れていたのと、祖父が孫娘を未来の王妃にさせたく無いと主張した為、ダイアナより二つ年上の第二王子アルバートか同い年の第三王子エリックのどちらかと婚約する事になり、当時6歳のエリックが「ダイアナとけっこんしたい」と子供ながら主張したのが決め手だったらしい。


「話してなかったの?」

「うん。いつものやつが始まったからタイミング逃しちゃった」


 いつものやつ、とはダイアナとメアリーの攻防のことだろう。それに気付いたらしいメアリーが低頭したまま頬を赤くしていた。


「なるほどね。──じゃあ、行こうか」


 アルバートは踵を返し、今通って来たエントランスへと向かう。ダイアナとヘリオスはその後を追い、車寄せに停めてあるイシュトバーン家の紋章付きの四頭立ての四輪馬車キャリッジにアルバート、ダイアナ、ヘリオスの順番で乗り込む。

 その時、女装姿でもアルバートは中からダイアナに手を出してさり気なくエスコートしてきたので、ダイアナはその手を取った。

 席順は奥にアルバート、その隣にダイアナ、アルバートと向かい合うようにヘリオスが座り、ヘリオスが御者に「出していいよ」と声をかけると、鞭の音の後に馬車が動き始める。


「──あ」


 いいこと閃いた、と言わんばかりの笑顔でアルバートは声を上げた。


「会場入りの時、ダイアナにエスコートしてもらおうかな。その方が角が立たなそうだし」

「この間の夜会は酷かった……」


 つい三日前、アルバートは女装姿でヘリオスを護衛兼パートナーとして夜会へ行き、そこでアルバートはヘリオス狙いの令嬢に執拗に絡まれたらそうで、夜会の翌日のランチの時間にイシュトバーン邸へ来たアルバートと三人で食事をしながらヘリオスと一緒に「女って怖いよね」と肩を竦めていたのをダイアナは思い出す。

 その時、「ヘリオスは婚約者のいない公爵家の嫡男なので優良物件ですし、女装していなければ婚約者のいない貴方もターゲットでしたからゴタゴタも発生しなかった筈ですよ」とダイアナが言ったら、眼から鱗みたいな顔をされた。


「わかりました。──会場入りの時だけですよ?」

「ありがとう。さすがにファーストダンスはエリックに譲るけどね」


 婚約破棄されるので、エリックとのファーストダンス自体がそもそも無いですから、とは言えない。


「エリックといえば、野暮用で会場入りが遅れるって言ってたような……?」


(遅れるのなら婚約破棄も後の方にずれ込むよね……)


 二人の会話を眺めていたヘリオスが思い出したかのように口にしたのでダイアナが思案していると、「──じゃ、踊ろっか。ファーストダンス」と、アルバートがファーストダンスの予約を入れて来た。


「また、令嬢方に絡まれても知りませんよ?」


 ダイアナが冗談めかして言うと、「それは嫌だなぁ」とアルバートは笑う。


「呼び名はどうしますか?」

「アルベルでいいよ」

「アルベル、ですね」

「母上の縁戚として紹介したらすぐに王族だとバレるから、父上の縁戚ってことにしようか」


 ヘリオスの提案に、ダイアナはうなずく。


「そうだね。父上の縁戚となるとアニムス家なので、紹介する時はアルベル・ドゥ・アムニスでいいですか?」

「アムニス家の名前を借りても大丈夫かな?」

「大丈夫だと思うよ? 今の御当主の伯父上は社交に積極的な方じゃないし」

「学者肌だものね、伯父様」


 令嬢の設定についての打ち合わせが終わる頃には、馬車は学園へ到着していた──。

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