第28話

「ノア、もう一度愛して」


「駄目ですよ。

 大公妃殿下。

 あまり激しくすると、腹の子に触りますよ」


「もう。

 意地悪言わないで」


「大切な私達の子供ですよ。

 流れるようなことがあれば、大公の位も流れてしまいますよ」


「そうね。

 絶対に流す訳にはいかないわね」


 帝国に亡命しているオットー・ハーンの妻ハンナ・ハーンは不義をしていた。

 同じように亡命しているノア・シューベルトと情を通じているのだ。

 だがそれは、愛だの恋だのと言ったモノではない。

 性欲のはけ口ではあったが、それ以上の目的があった。


 大公の位に執着するハンナ・ハーンは、子種のない夫オットー・ハーンに隠れて浮気し、不義密通で子供を儲けることにしたのだ。

 大公家の血を受け継いでいない子を産み、その子を大公の位につけ、大公后の位につこうと画策したのだ。


 オットーが上手くやれば、大公妃として贅沢三昧が出来る。

 オットーが失敗しても、不義密通の子を押し立てて、自らが女摂政の位につき、大公国の政を独裁することが出来る。

 ハンナに貞操と言う意識はなかった。

 ただ己の欲望があるだけだった。


 一方ノアには欲望と復讐があった。

 元々ハンナとは大公国にいた頃から不義密通を重ねていた。

 レーナのようなやせっぽちで幼い畜生腹になど興味がなかった。

 ハンナのような豊満な美女が好みだった。


 それに、子供の出来にくい大公家の性質を考えれば、ハンナに自分の子を産ませておけば、自分の子が大公家を継ぐ可能性もあった。

 だから、精力的にハンナを誘惑した。

 子供ができたら大公后に成れると入れ知恵もした。


 その御陰もあって、ハンナの愛人となれた。

 だが、ハンナと帝国に近づきすぎたことで、実家が滅んでしまった。

 今は帝国の御情けで細々と暮らすまでに落ちぶれていた。

 大公家の対抗馬に予定されているハーン夫婦とは、明らかに待遇が違った。


 このままでは切り捨てられると恐れたノアは、何としてでもハンナを妊娠させる必要があった。

 だから、大公国にいた頃よりも頻繁に不義密通に励んだ。

 オットーの眼を盗んでの不義密通は、ノアとアンナを燃え上がらせた。

 濃密な逢瀬が、ハンナを妊娠させた。


 大公家はもちろん帝室の眼も盗んで、自分の子を大公の位に付けられるとノアは考えていた。

 だが、帝室も帝国もノアとハンナの不義密通を知っていた。

 知ったうえで好きにさせていた。

 二人の不義密通の子供など、単なるコマでしかない。


 純粋に謀略を仕掛けるのなら、帝王陛下とハンナの間に出来た子供に大公家を継がす方法もある。

 だが帝室も帝国政府も、そんな小細工をする気がなかった。

 オットーを使って大公国を降伏させ、その後でオットーとハンナを殺し、帝王陛下の子供に大公位に付ければいいと考えていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る