第32話

 勝負は一瞬でした。

 モアは誇り高い戦士です。

 父に恥じない騎士に成ろうと鍛錬を続けてきた戦士です。

 仇敵が相手であろうと、嬲るような事はしないのです。

 妾は改めて教えられました。


 キラン・バーンの戦い方は、並外れた剛力を生かした戦法です。

 鍛え抜かれ、選び抜かれた騎士の中でも、けた違いの剛力です。

 大楯と変わらないような大剣を、剛力で振り回す戦法です。

 力だけではなく、早さも兼ね備えた、驚くべき戦法です。

 少々の技など、その剛力と速さには通用しません。


 ですがダラ・オフラハーティは双剣を使わず、一剣であしらったと言います。

 モアは、ダラ・オフラハーティのように人質を取られている訳ではありません。

 だからでしょう。

 自分の剣技を誇るような、遊ぶような真似はしませんでした。

 ただ一振りで、キラン・バーンの首を刎ね飛ばしました。


 何の技もないように思う人もいるかもしれません。

 いや、そのような人にはモラの動きを見極める事など出来ないでしょう。

 モアの足法。

 キラン・バーンの視界から消える位置に移動するのです。


 キラン・バーンの視線と身体の動きを読んで、盲点に移動して攻撃転じたのです。

 剣を振るう前の段階で勝負がついていたのです。

 そして安全な盲点にいるにもかかわらず、一剣は何時でも防御に転じることが出来るように、余裕を持って構えているのです。


 それに何により攻撃の剣速です。

 一剣を防御として、一剣を攻撃に使うのですが、妾でも追うのが難しい剣速です。

 キラン・バーンは名声を得ているとは言え、実力以上の虚名です。

 虚名ではありますが、決して弱い剣士ではありません。

 皇国貴族の中では突出した剣士でしょう。


 ですが、当代有数の剣士と言う訳ではありません。

 毎日大魔境で魔獣と戦っているギャラハー王家の感覚で言えば、まあまあ強い程度の剣士でしかありません。

 フィン兄と切磋琢磨して双剣術を極めようとしているモアから見れば、明らかに格下の剣士でしかありません。


 モアは父親の仇討ちを成し遂げました。

 誰に恥じる事にない、正々堂々とした決闘です。

 ですが、それだけに、積年の怨念が晴れてはいないのでしょう。

 憤怒の相が顔中に現れています。

 まあ、まだイーハ王がいますから、当然と言えば当然です。


 モアは暴れ回りました。

 一旦堰を切ってしまった恨みつらみです。

 中途半端には止められなかったのでしょう。

 身体に溜まった鬱憤を吐き出す必要があったのでしょう。

 キラン・バーンの一族一門を撫で切りにしました。


 一人にも逃がすことなく、皆殺しにしました。

 内心の苦悶を顔から消し去って、妾達の見守る中で、舞うように双剣を振るい、仇の一族一門を皆殺しにしました。

 老若男女問わず、皆殺しにしました。

 非道と言う人がいるかもしれません。


 ですが、それほどキラン・バーン恨んでいたのでしょう。

 ですがまだ半分です。

 モアの恨みは、イーハ王を討ち取るまでは晴れないでしょう。

 妾もイーハ王には思うところがあります。

 王太子殿下を御救いしたら、思い知らせてあげます。

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