女房を知る方法教えます
冷門 風之助
その1
『頼みます。私の妻を探してくれんですか?』
男は事務所に入り、俺が勧めたソファに座ると、両腕を自分の膝に突っ張り、深みがあり、それでいてドスの効いた低音ボイスを、絞りだすようにした。
『コーヒーでも飲んで気を落ち着かせたらどうです?あ、砂糖とミルクははいっていませんので、念のため』
俺は苦笑しながら、淹れたばかりのインスタントを男の前に置き、彼に向かい合うようにして座る。
男の名前は・・・・声を聞いただけで分かるだろう。
本名は
彼の職業は声優。つまりは声で自分を表現する専業の役者である。
いや、実は元々は業界用語でいうところの顔出しもやっていたのである。
高校を卒業して役者の道に足を踏み入れた時、最初は某映画会社の大部屋俳優だった。
何しろ彼の見た目・・・・太いフェルトペンで力を入れて、野球のホームベースを描き、そこに太い眉毛をくっつけ、鍋の蓋のような目玉。胡坐をかいた鼻に、ガマガエルもかくやと思える馬鹿でかい口と、何もかも大づくりに出来ている。
背丈はそれほどあるわけではないが、首は太く、肩幅は広く、足は大きく外側に湾曲している。
(学生時代柔道をやっていて、現在参段だという)
見かけがこれであるから、幾ら努力したって『スター』にはなれる筈はない。
長い間安い給料で大部屋で過ごし、もうダメかなと思っているところに、彼の意外な才能が見込まれた。
『声』である。
さっきも聞いたろ?
即ち、
『深みのある低音ボイス』というやつだ。
彼の所属していた会社でも、本格的にアニメーション映画の製作に力こぶを入れ、そこで居場所を見つけた。
悪役から、正義の味方の大幹部、主人公を助ける老人、ロボット、武道の老師、何でもござれだ。
アニメだけじゃない。
特撮ヒーローもの、更には外国映画やら外国テレビドラマの吹替えに至るまで、彼の声はあちこちからお呼びがかかった。
『声だけでメシが喰える俳優なんて、そうそういるもんじゃない』
なんて、妙な褒められ方もしたそうだ。
しかし、ご存知の通りのご面相であるから、彼は随分長い間独身だった。
周りから敬遠されたというより、
『俺みたいな不細工が結婚できるわけがない』
と、自分で二の足を踏んでしまったのだ。
そんな彼が結婚をしたのは、今から3年ほど前、彼がある米国製刑事ドラマのレギュラーを担当していた時、ゲスト出演した米国の有名女優の声を担当した、中堅の舞台女優だった。
当時はさほど意識はしていなかったという。
しかし、彼女は本来舞台が専業であって、吹替えは初めての経験だった。
何をしてよいか分からず、戸惑っていたところを、田中氏がアドバイスをしたのが
きっかけだったという。
それから何度か会って話をする内に意気投合した。
『でも、僕は御覧の通りのご面相ですからね。女にもてる筈なんかありません。最初の内はただの先輩・・・・まあそんな感じでした。』
それが、いつしか彼女の方が積極的になり、プロポーズも向こうからだったという。
結婚式はごくごく内輪で行い。それから2年が経った。
『彼女は、私なんかには勿体ないほどの女性です・・・・』
田中氏はコーヒーを啜りながら身体をもじもじとさせる。
『だったら、何も問題はないんじゃないですか?』
『いえ、それが余計に問題なんです。彼女が何で俺みたいな男と結婚したのか、その訳が知りたいんです』
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