第134話 芸能界引退したい宣言撤回

 -奥プロ事務所-


「へえ、良かったじゃん。三人合格してさ」

 台本を手にして、パラパラと社長は目を通した。

「冬ちゃんが、領主の正室の長姫ながひめ役で、日高ちゃんが侍の月景つきかげ役、はるちゃんがその妻の楓役だね」

 太一が言った。

「私は、もっと乗馬の腕を上げろって。北川先生が」

「あ、北川先生なんだ。ま、復帰作としてはいいんじゃないの」

 社長は、台本を日高に返した。

「侍、やりたかったんだろ」

「まあね」

「じゃ、芸能界引退したい宣言撤回だね」

 冬が笑った。

「あっ」

 日高が、冬とはるを見た。

「やられた」

「久しぶりに、はるちゃんとラブラブしちゃったー」

 冬が、日高の肩に手を置いて、もたれかかった。

「日高ね、冬ちゃんと私が電話で話してるとね、用もないのに、うろうろしだすの。でね、私を見てね、『尻軽はる』って、目で語って来てたんだよ」

 はるも言った。

「目だけで語るなんて、すごいじゃない」

 と、太一。

「おお。やっぱオフの間も、日高はしっかり日高じゃんか」

 社長も笑って。

「何この事務所。結局全然休ませてもらえないんじゃん」

 日高は、そっぽを向いた。

「ゴミ袋持って、マンションのエントランスうろうろするよりいいだろうよ」

「何それ」

 冬が言った。

「ゴミ捨てる場所わからなくて、またゴミ袋持って帰って来たんだってさ」

 社長の言葉に。

「何それー超ウケる。フザケてるんじゃないんだよね」

全力マジだけど」

 日高が言った。

「だよね」

「ま、これでわかっただろ。お前は女優しか無理なんだよ。後はさ、脇目もふらず、女優の階段上って行けよ。そんで、はるを受け止めてやりゃあいいじゃん」

 社長の言葉に、日高は、はるを見た。

「そっか」

(はるがいたんだ)

 はるを幸せにしてあげるって、ずっとずっと思ってたはずなんだ。

 そっか。

 私には、はるがいたんだ。

 はると、目が合った。

 はるは、日高を見つめて優しく微笑わらった。

「私、芸能界引退したい宣言撤回する。はるの為に、日本を代表する女優になる」

 日高は、はるの目を見つめてそう言った。

 はるは。

「うん」

 って。

 すごく嬉しそうに。

 すごく幸せそうに。

 頷いた。



 -R.Y工房-


「どういうこと? ずっと私たちが探してた如月流の家元が、はるちゃんだったってこと?」

 涼子は、眼鏡を外しながら祥子を見た。

 A.YOSHIMURAが台頭してきてから、祥子たちは、その正統性の証しとして、吉村家の主家である如月流の家元を、ずっと探していたのだった。

 如月流の家元に代々生地を納め、その着物を仕立ててきた吉村家にとっては、如月流の家元を手中にしている者こそ、吉村家の本家であると主張するつもりであった。

「私だってびっくりしたわ。でも、はるちゃんが言うには、自分は次期家元ではあるけれど、家元にはまだ、なってないって言うの」

「どうして?」

「家元を襲名するには、雄鶴おづると、雌鶴めづる…っていう、二人の舞姫が必要なんだって。はるちゃんは、雌鶴の舞を舞えるけど、雄鶴の舞手はいないらしくて。その舞を二人で完璧に舞えなければ、家元にはなれないって言うの。それに、もともと鶴の求愛からの舞で、雄鶴の舞の方が、ずっと難解で、これを舞える人がいないから、ここ数百年、家元を出せなかったっていうのが真実みたいなの」

「じゃ、どうすればいいのよ」

 イライラしたように涼子が言った。

「とりあえず、同門で雄鶴の舞を舞える人を探さなければ話にならないってわけ」

「じゃ、草の根を分けても探し出して。如月が再興しなければ、ウチがもたないわ」

「わかったわ」

 大きく、祥子は頷いた。

「如月流を再興した者が、正統なYOSHIMURAになるんだもの」

 祥子はもう一度。

 大きく頷いた。

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