第118話 私が幸せにしたいから

 -A劇場-


 主役としての、シャルロットを演じ切ったはるが、中央で深々と一礼するさまは、日高の胸にもこみ上げてくるものがあった。


「お疲れ。二人とも、良かったよ」

 はると、冬を、日高は交互に抱きしめた。

「打ち上げ、演者こっちのも今回やらないから、事務所もやめとくって」

 日高の言葉に、

「そっか」

 冬は頷いた。

「そうだ。はる、北川せんせい呼んでたよ」

「あ、じゃ、ちょっと行って来る」

 はるの姿が見えなくなるのを確認して。

「冬、ちょっといい?」

 日高は、外の扉を指差した。

「……うん」


「どしたの?」

 まだ演者の戻らない楽屋の入り口近くで。

 扉に寄り掛かったまま、日高は、しばらく無言で足下に視線を送り続けていた。

 やがて、意を決したように、冬を見た。

「あのさ、冬。私、本当は、冬にはるを私から奪い取ってほしいって、お願いしようとしてたんだ」

「奪う? 私が?」

「そう。はるが、冬に夢中になるくらいに好きにさせて、私から奪い取ってくれたらって、ずっと考えてたの」

「……何で?」

「はるはさ、『今日散歩してたら、どこそこで秋桜コスモスが咲いててきれいだったよ』とか、『あそこの通りはどこまでも金木犀きんもくせいの香りがするね』とか。穏やかに、ゆったり生きていきたいタイプなんだよ」

「うん」

「でも、私が、いっつもそれを台無しにしちゃうの。わかるでしょ」

「わかるよ」

 冬は、笑った。

「だから、はるちゃんを、私が日高から奪ってほしいって思ってたの?」

「そう」

「ふーん」

 冬も、日高の側に歩み寄って、隣に立った。

「でも、やめた。私の考えることって、いつもだいたい失敗するから」

「そうだね」

 冬は、また笑った。

「私、やっぱり、私がはるを幸せにしてあげたい。私の側で、私が一生、はるを幸せにしてあげたい。だから…」

 日高は、冬を見つめた。

「この間みたいに、私がはるにひどい態度をとったり、ひどい事言ったりしそうな時には遠慮なくいさめてほしいの。はるの事だけじゃなくて、仕事場でも目に余る態度をとったりしていたら、諌めてほしいの」

 日高は真剣だった。

「お願い、冬」

「…わかった」

 冬は頷いた。

「親友として言える事なら日高に伝えるね。でも、私も同じだよ。私がひどい態度をとっていたら日高も私を諌めてね」

「冬はしないじゃん」

「そんなことないよ。ね、私のことも諌めてくれる?」

「わかった。諌めてあげる」

 日高も、大きく頷いた。

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