第91話 絶世の美女(二)

「はるは、可愛いね」

 はるの首すじに、息がかかるほどに近づいて、日高は、そう言った。

「役得だね、今回は。はるに、こんなに想ってもらえて」

「私は、身がもたない……」

 はるが言った。

 日高は、はるの体を滑らせるようにして、自分の横へ座らせると、

「ねえ、はるちゃん」

 語りかけるように、はるの顔を覗き込んだ。

「はると、私は演じ方が全く違うんだよ。はるは、その人に成りきって演じていくでしょ。一瞬、一瞬、切りとるように。あの表現力はね、私よりずっと上手だと思うよ」

「……うん」

「でもね、私は、心と演技は全く別なの。心のギリギリ手前で演じているから、だから長い場面でも流されないで演じられるの」

 ちょっとだけ。

 はるは、日高を見た。

「わかる?」

「……少し」

「辛くなくても辛く演じられるし、悲しくなくても悲しげに演じられるの」

「……うん」

「……いろいろ、考えちゃったよね」

「うん」

 はるは、大きく頷いた。

「でも、大丈夫だから。あれはお芝居だから。はるみたいに心まで動くことはないの」

「じゃあ……じゃあ、あの文化祭の時は?」

 はるの瞳の、光るような意志が、日高を真っすぐ見つめた。

「この間のは、別。はると同じ、心ごと持っていって演じたよ。心のまま、とも言うかもね」

「自由自在なんだね、日高は」

 はるは、やっと、穏やかな笑顔になった。

「まあね」

 日高も、笑った。

 やがて、そのまま、ゆっくり睫毛まつげを落とすと、

「ほら」

 いつか。

 はるがしたように、キスを催促した。

「え、ウソでしょ」

「………」

「じゃあ、せめて、髪、結ばない?」

「どうして?」

「緊張するから」

 それには、もう日高は返答こたえなかった。

「んっ」

 瞳を閉じたまま。

(……どうしよう)

 膝を立てて。

 しばらく日高を見つめていた。

 それでも、やがて、意を決したように、日高の肩に手を置くと、引きよせていって。

 初めて誰かにキスをするように。

 静かに、優しく、日高の唇に触れた。

 日高の睫毛が、ゆっくり上がった。

「よく出来ました」

 日高が微笑わらった。

(やっぱ、きれー)

 気がつくと、日高の黒い髪に触れていた。

「サラサラなんだね」

「真っすぐにしたの。これはね」

「ねー、日高さ」

「何?」

「も一回、抱っこしてもらっていい?」

「いいよ。おいで」

「うん」

 もう一度、甘えるように、日高に横抱きにしてもらうと。

 今度は、日高の方を向いて、

「日高の心臓の音が聞こえる」

 耳を、日高の胸に押しあてた。

「ねー、寝ちゃっていい?」

「いいよ」

(だって)

 本当に最近全然寝てなかったから。

 瞳を閉じたら。

 一気に眠気が襲ってきて。

 はるは、この日、日高の胸の中で。

 日高に抱かれたまま。

 眠りについた。

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