第56話 はるの香り

 翌日から。

 少しずつ日高は元気になっていったけど。

 ちょっとでも、はるの姿が見えないと、おろおろして家中探し回っていた。

「洗濯干してるだけだよ」

 って言っても。

 子犬みたいに、はるをじっと見つめていて。

 一緒にテレビを観ていても、はるの腕にしがみついていた。

「ねえ」

 歌番組をソファに座って二人で見ている時だった。

 日高が、ふいに、はるを見て言った。

「髪、伸びてる」

「ああ、また伸ばすんだよ。浴衣のCMがあるから、伸ばしてるの」

「また長くなるんだ」

「そう」

「ふーん」

「私が髪長いのは日高は嫌?」

 はるは、日高を見た。

「嫌じゃないけど」

「ないけど?」

「私は何一つ、はるを自由に出来ない」

 日高の言葉に。

「だから、指輪を買ったじゃん。山形まで行って。世界に一つだけのペアでしょ」

 そう言って、日高の指を見ると。

 指輪は外されていた。

「しまってあるの?」

「ううん」

 日高は、首を振った。

「ゴメン。無くなっちゃったの」

 そう言って。

 日高は俯いた。

「そっか。それを気にしてたんだ」

 はるは、そう言うと、自分も指輪を外して、テレビ台の上へ置いた。

「ほら、お揃いだね」

 何もない指を、日高に向けると、

「はるー」

 って。

 日高はしがみついてきた。

「はるの香りがする」

 って。

 いつもの、日高が。

 少しずつ戻って来た。



 そして。

 田倉マネージャーは。

 一身上の都合を理由に、退職した。

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