第54話 限界

 -奥プロ事務所-


「はい、それは誠に申し訳ございませんでした。はい、はい。すぐに迎えに参ります。はい、申し訳ありませんでした。失礼致します」

 社長が電話を切ると、

「社長、どうしたんですか」

 太一が歩み寄って、尋ねた。

「参ったな。日高がNG連発で撮影にならなかったらしいんだよ。で、スタッフの一人が声をかけたら、台本叩きつけて、帰っちゃったみたいなんだ。これから僕が行って来るから」

「本当に?日高ちゃんが?」

 二人が話し込んでいるところへ、

「ただいまー」

 はると関君が帰って来た。

「おう、はる。ちょうど良かった。お前、ちょっと一緒に来い」

「何で?」

「まあ、いいから。車中で話す」

「わかった。じゃ、また行ってくるね」

 はるは、社長と事務所を後にした。



「…………」

 社長の話に。

 助手席のはるは、言葉もなくて。

「はるよ。僕も悪かったんだ。田倉任せにして、来る仕事来る仕事引き受けちゃって。もう日高も限界なんだよ。これからは仕事もセーブして、こっちのマンションに連れて帰ってくるからさ。お前が助けてやってくれよ」

「でも」

「お前、日高のことまだ好きなんだろ」

「そうだけど」

「あいつ、はるがいないと人として無理なんだよ。人として無理なやつが、女優なんて出来るわけないだろ」

「……だって」

「ん?」

「だって、私がどうこうの問題じゃないんだもん。日高が、私のことをどう思っているかだもん」

 はるの言葉に。

「大丈夫。日高は、はるのことを今でも想っているから。僕はね、こう見えてもお前たちの育ての親なんだよ。日高もはるも、僕の娘なんだ。娘の気持ちくらいわかるさ」

 そう言って、社長は微笑わらった。



 はるたちが到着するころ、日高も田倉に付き添われて現場に戻っていたものの、撮影はストップしたままだった。

「はる、ちょっと日高を頼む。僕はちょっと田倉と一緒にスタッフさんたちと話して来るから」

 そう言って社長が去ると。

 ベンチに横になって、台本で顔を覆った、日高の姿がそこにあった。

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