第53話 別れの予感

「日高!」

 はるは日高に駆け寄った。

 日高は、ポケットからカギを取り出すと、

「これ、返しに来ただけだから」

 そう言った。

「帰って来たんじゃないの?」

「…………」

「ねえ、とりあえず部屋で話そうよ」

「田倉さん、待たせてるから」

 日高は、はるを見なかった。

 しばらく沈黙が流れて。

「都心は嫌だって言って、祥子さんの所には行くんだね」

 日高が、目をそらしたまま、言った。

「私は、住むのが嫌だって言ったんだよ」

「祥子さんと付き合ったら、どうしたって都心暮らしになるよ」

 日高が、はるを見た。

「だから、どうしてそういう話になるわけ?」

「じゃあ、今のは何?普通に友達以上恋人未満な事、してるじゃん」

 日高の言葉に。

 はるは、言い返せなかった。

「とりあえず、これ、返したから」

 はるの手に、合鍵を渡すと、振り返らずに日高は去って行った。

 日高の指には、まだ指輪があったけれど。

 -まだ愛しているよ-

 って。

 いつものようには。

 語りかけてくれなかった。



 カードキーを差し込むと。

「大丈夫ですか」

 田倉に肩を担がれながら、倒れこむように日高は部屋に入った。

「おーい。ご主人さまのおかえりらぞー」

 靴を田倉が脱がせると、ふらふらと立ち上がって、

「はるー!はるたん。はるたんはどこらー」

 壁をつたいながら部屋に入って行った。

「はるたんは寝たったのかな」

 ベッドルームに入って行って、布団をめくった。

「…………………」

「はるさんは、前のマンションにいますよ」

 田倉が、水をグラスに入れて、日高に差し出した。

「……………はるたんは、いないの?」

「はい。ここにはいらっしゃいません」

「あれら。あの女ら! あの成金の。成金女のところにはるたんがいるんら‼︎」

 ベッドに座ると、日高は激しくベッドのふちを叩いた。

 そして、

「たくら。このまろからのけしきとあの成金のまろと、どっちがきれいらと思う?」

「どちらもきれいですよ」

 田倉は、シーツを直しながら言った。

「同りはダメらんだ!こっちがきれいらないと、はるたんが戻ららいんだ!」

 そう言って。

 日高は指輪を外して、リビングに投げ捨てた。

「大事な物じゃありませんか」

 田倉が拾おうとしたとき。

「さわるら‼︎ それりさわっていいろは、はるたんだけら」

 日高は叫んで。

「はるたんらけら」

 俯いて。

「はる……」

 そのまま。

 寝入ってしまった。



 翌朝。

 早朝、日高は田倉に起こされた。

「日高さん、ドラマの撮影ですよ」

「あっ、やば」

 急いで身じたくを整えると、日高はそのまま部屋を後にした。

 この日。

 清掃業者が来ることを。

 日高も田倉も。

 忘れていた。

 指輪は。

 消えてしまった。

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