第三章

第46話 大ゲンカ(ラウンド 1)

 -奥プロ事務所-

「はる、また観てるのか」

「うん」

(何回観ても、やっぱり感動する)

 この年。

 -新人賞-

 -主演女優賞-

 W受賞の王冠に輝いたのは。

 -花村日高-

 その人だった。

 審査員長の虹川監督からトロフィーを受け取る日高の姿を。はるは、飽かずに眺めた。

 ただ。

 あまりにも日高の仕事のオファーが殺到した為、日高専属の田倉秀香ひでかというマネージャーが付いて、はると日高の移動が全く別になってしまっていた。

 英語とフランス語が堪能で、スケジュール管理も完璧な彼女は、マネージャーとして非の打ちどころがなかった。

 でも。

 はるは、彼女が日高のマネージャーになってから、なぜか妙に。

 心がざわついて仕方がなかった。

 そしてそれは。

 はると日高の、かつてないほどの大ゲンカへの。

 一つの引き金になっていることは、間違いなかった。



「ただいまー」

「はる、ちょっと、こっち来て」

 リビングにいた日高が、はるを手招いた。

「何?」

 買い物袋をテーブルに置いて、はるは日高の前に座った。

「これなんだけど」

 日高は、はるの前にパンフレットを広げた。

「何これ?」

「マンションの物件」

「マンション?」

「うん。ここからだとスタジオとか遠いし。

 社長が借りてくれるって」

「日高、引っ越すの?」

「うん」

「私、何も聞いてないんだけど」

「………だから今、話してるじゃん」

 だんだん。

 二人の間に。

 険悪なムードが。

 漂いはじめた。

「ねえ、これって田倉さんの入れ知恵なの?」

「入れ知恵?」

 日高は目を上げて、はるを見た。

「だっておかしいじゃん。これ、相談じゃないよね、決定事項でしょ。二人で決めて、私に伝えてるだけじゃない」

「はるが嫌なら違うマンションとこにするよ、だったら」

「そういうこと言ってるんじゃないから。どうしてもっていうなら、日高と田倉さんで住めばいいじゃん。私はここに残るから」

 立ち上がって、買い物袋に手を伸ばして、いらいらしたように、買ってきたものを冷蔵庫に入れはじめた。

「何それ。まだ話終わってないんだけど」

「私は終わった」

 はるは。

 日高の方を見ないで。

 冷蔵庫の扉を、音をたてて閉めた。

「……はるちゃんさ、いっつもそうだよね」

「何が?」

「ちゃんと話そうとしないじゃん。一方的に話を終わらせちゃってさ」

 これが。

 第二ラウンドの。

 始まりだった。


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