第6話 女優
翌朝、目を覚ますと、日高の姿はもうなかった。
-先に行くね-
置き手紙と、クロワッサンがテーブルにあった。
(そっか。撮影あるって言ってたっけ)
コーヒーを入れながら時計を見ると、九時少し前で。
(もうすぐ、関君来ちゃうな)
そう思っても。
昨日の日高の震えている姿が頭から離れなかった。
「えっ?何か言った?」
「あ、ええと、ですから、祥子さんの所に行く前に、一旦、事務所に寄りますね。社長が何か仕事の事で、話があるそうです」
「ふーん」
頷いて。
「あれ、日高は太一君が付いてるの?」
「はい。ドラマも始まったんで、スタジオに。しばらくは、小池さんが付くそうです」
再び、
「ふーん」
車窓に目をやった。
(太一君がいるなら、安心だわ)
事務所に着くと。
「お早うございます」
「おっ、はる、お早う。ちょっと、そこ座って」
「はい」
いつものソファに座ると。
「はる。はるに映画の話が来てるんだけど、どうかな?」
「映画?」
「うん」
社長は、はるの前に座った。
「夏休みに合わせてくれるから、学業に影響はないし。祥子さんにも了承は取ってある。このまま、モデル業だけっていうのも、なかなか大変だしね」
「でも」
はるは、即答を避けた。
日高は、天性の才能があって、演技にも定評があった。
でも、自分は、どう比べても、日高の足もとにも及ばない。
社長は、そんなはるの心を見透かすかのように。
「はる。日高だって、最初は全然うまく出来なくて、戸惑ってばかりいたんだよ」
「えっ、日高が?」
「そうだよ。そこに座って、よく泣いていたよ。でも、はるに泣き顔見せたくないからって言って、ひとしきり泣いてから、帰っていたんだ」
(そうなんだ)
「初めから、うまくいくことなんてないよ。何事も、試してみて、どうしても合わなかったら、次はやめればいい。僕はそう思うよ」
「社長」
気づくと、はるは、声をあげていた。
「私、やる!やってみる」
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