第5話 守ってあげる

 はるが、瞳を閉じた、そのとき。

 -ぴと-

 日高が、はるの背中に体を寄せてきた。

「起きてたの⁈」

「起きてたよ」

 はるの背中に、日高の熱い息を感じた。

「私、女優なの」

 振り向いたはるに、悪戯いたずらっぽく、日高は笑った。

 この表情かおが。

 この声が。

 はるの情念をかきたてた。

「日高……」

 はるは、日高の唇に、自分の唇を重ねていった。

 冷たいシルクの感触を感じながら。

 小さなボタンを一つ一つはずしてゆく。

 日高の腕が伸びて。

 はるの背中へ手をからめた。

「はる」

 そう、小さく呟いて。

 でも。

「………」

 はるは、日高を見つめて動きを止めた。

 はるの背中に回した日高の手が、小刻みに震え出したのだ。

 瞳を閉じて。

 眉根を寄せた日高は。

 とても辛そうだった。

(ごめんね)

 はるは、心の中で呟いて。

 もう一度、はずしたボタンを丁寧にかけていった。

「……はる……」

 日高が、瞳を開けた。

 はるは、少し乱れた日高の髪を指先で直した。

 そして、呟くように。

「怖かったね」

 そう言って上体からだを起こすと、まだ震えている日高の手を両手で包み込んだ。

 それを、口元に持っていって。

 小さい、小さな声で。

「怖いの怖いの、飛んでけーっ」

「………飛んでいかない」

「怖いの怖いの、飛んでけーっ」

「飛んでいかない」

「まだ、行かないの?」

「行かない」

 そのとき。

 ちょっとだけ、日高のくちのさきが。

 ほんの、わずか微笑わらった。

 日高の手の震えが、止まった。

 日高は。

「はるーっ」

 って。

 もう一度、はるに手を伸ばして、しがみついてきた。

「大丈夫だよ。もう、何もしないから」

「うん」

 頷く日高は、はるよりもずっとずっと年下のように感じて。

 日高が、はると出会う前のあの空白の二年間を思うと。

(こんなにも疵あとが深いのか)

 はるは、言葉が無かった。

(私が、守ってあげる)

 日高のことを。

 私が守ってあげる。

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