聖夜の宴会 其の三

 随分と長く立ち話をしてしまったなあ、と彼女は自然急ぎ足になる。

 門を抜けると、そこは学校の女子トイレの中だ。

 赤いちゃんちゃんこのルーツを持っているので当然、選ぶのはそことなるわけだが…… 人目を気にしなければならない部分については彼女も失敗したと思っている。

 幽霊の括りではあるので人から見えなくなることもできるし、なんなら隠れたり隠したりすることは得意なので不自由はないが…… いろはのような〝 視える 〟生徒がいないとも限らない。どちらにせよ、気を張らなければならないのである。


 普段はない、頭のサイドで揺れる小さな三つ編みが首元をくすぐり、下ろした髪が寒空の下風に吹かれる。リボンはもちろん、いつもと同じ薄紫のものだ。

 赤と白のチェック模様のマフラーで包帯ごと首元を隠し、幽霊とはいっても寒いものは寒いので赤いセーラー服の下に黒いインナーとタイツを履いている。

 それからえんじ色のダッフルコートを羽織れば、そこらにいる普通の女子高生となんら変わりない少女となる。

 いつもよりお洒落な風体で木枯らしの中を駆ける。

 目指すはいつも苦労させられている男が不本意に住んでいる大きな屋敷だ。


 途中、忘れていたとばかりに懐からスマホを取り出し、コールする。

 これから会おうというのに、連絡も寄こさずに行くのは親しい仲だとしても失礼である。なによりあの邪神がいるかどうかで彼女の行動は少し変わるのだ。


「もしもし…… 紅子さんか?」


 歩くスピードを下げ、向こう側から聞こえてくる声に返事をするべく声をかける。


「ああ、お兄さん? 寂しくなったから来ちゃったよ。屋敷についたら上がってもいいかな?」

「どうしたんだよ、いったい。紅子さんが? 寂しい? 本物の紅子さん……だよな?」

「失礼だよねぇ……。アタシだって人肌恋しくなることくらいはあるよ。だからね、ほら、恋人のいない〝 寂しい 〟クリスマスを互いに埋めてしまおうじゃないかって提案してるんだよ」

「もっと素直な誘い文句はないのかよ」


 含み笑いが小さな板切れの向こう側から響いてくるのが分かり、紅子も他愛のない言葉遊びを中断する。


「アタシと2人きりでクリスマスデート…… とはいかないけれど、ちょうど〝 こちら側 〟で宴会があるんだ。キミもどうかな? いろんな神妖が集まるから、挨拶的な意味でも、コネクション的な意味でも参加して損はないと思うよ」

「ああ、なるほどな。いつも俺の為にありがとう、紅子さん」

「…… 別に。ええと、参加費代わりに料理かお菓子を用意して来いってアルフォードさんが言ってたから、キッチンの用意でもしておいてね」

「そうか、了解。なあ、紅子さんはなにか食べたいものあるか?」

「アタシ?」

「参考までに、な」


 少しだけ思考を巡らせて、放棄する。


「小腹を満たせるものならなんでもいいと思うけれどねぇ」

「あえて食べたいと答えるなら?」


 しつこいぞ、とは口に出さず仕方なく紅子は今思い浮かぶものを答えた。


「ううん、えっと…… 温かい、ミートパイでも食べたいかなぁ」

「よし、じゃあそれにするか」

「いいの? 材料とか大丈夫なのかな? それは」


 心配になって訊けば、令一から軽い返事が送られてくる。


「足りないものはなさそうだから問題なしだぞ。ついでにケーキも焼けるくらいの材料はある。あいつがホールを二つは作れって言ってたからな」


 うわあ、と言いたい言葉を飲み込んでから紅子は口にした。


「それは大変だねぇ。手伝うよ」

「お、助かる」

「なら、もうすぐ着くから待っててね。おにーさん」

「ああ、あいつは今日仕事があるらしいから気兼ねなく来てくれ」

「おっと、それは朗報だね」


 彼の邪神が居ては都合が悪い。

 だというのに、事前に連絡を取らなかったのは今回の一件が思いつきの行動だったからだろう。決して気を急いていたわけではない。決してだ。


 それから間もなく、屋敷に到着した紅子はキッチンの準備をしていた令一に招き入れられたのだった。


「……」

「どうしたの、お兄さん。見惚れちゃった?」

「いや、その……今日は髪おろしてるんだな」

「うん、まあ…… 別に毎日一緒ってわけではないよ」

「ああ、そうだよな。女の子だもんな。髪長いからそういうのも似合うな」

「…… ふうん、童貞のお兄さんでも良し悪しを褒めるくらいはできるんだねぇ」

「それ関係なくないか…… ? 久しぶりだな、その文句」

「そうだったかな……」


 目線を逸らし、 「早く準備をしないといけないんじゃないのかな?」 と彼を急かす。宴会は夜からだが、来る神妖の数は多い。参加費といっても全員分用意するわけではないが、せめて多目に持っていくべきだろうと提案する。

 それと、アルフォード用に特別辛いミートパイを作るように注釈を加えながら。


「アルフォードさんって辛いもの好きなのか?」

「そうだよ。甘いのはダメなんだよ、あのヒト」


 ドラゴンで火を噴くからだろうか、なんてくだらない考察をしている彼を突っつき、急いでミートパイとケーキ作りの下準備を始める。

 紅子は凝ったものが作れないため彼の指示を所々仰ぎながらの調理となったが、2人で行った為か下準備やらはすぐに終わり、あとは本格的に仕上げるだけとなった。

 ついでにお昼ご飯をいただき、舌鼓を打ってから調理も再開。

 夕方、妖怪が大手を振って歩き出す時間帯には全ての支度が終わり、温かいミートパイ複数とケーキがホールで一つ。それからアルフォード用にと用意した特別製ミートパイが一つだ。

 ついでに、紅子が 「リンもアルフォードさんの分霊だから辛いものが好きだと思うよ」 と教えたため、小さな辛口ミートパイも用意されている。

 これでどちらも喜ぶこと間違いなしだろう。

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