其の十五「微睡みのなかで」

 ふわふわとしてなんだか気持ちいい。

 頬に触れる案外柔らかな紙の感触が心地良い。

 夢見心地で進む。進む。スキップでもするように。

 女王様に会うの。女王様に会わなくちゃいけないの。

 そうして、みんなみんな壊すの。

 白いウサギさんは女王様のご機嫌が不安みたいだったから、女王様が好きなのだという真紅で塗ってあげた。イモムシは裏切り者。だって中身は女王様の好きな赤色じゃなくて青色だったから。きっと別の人に傾倒してたのね。

 薔薇を塗っている兵隊はどうあってもペンキの量を増やせないから、心配事をもうしなくていいようにしてあげた。

 あたしを見つけて逃げてく人はお魚さんが追って行った。

 帽子屋はお城の前で問答をしてきたけれど、あたしはそういうのは得意だからすぐにデタラメに答えてあげた。

 ああいう問いにはデタラメで返すのが礼儀なのよ。

 お城の中にあった厨房で、一切れだけなくなったタルトを食べた。

 誰かの残り物かな。残したなら冷蔵庫に入れておかないとだめなの。じゃないと怒られちゃうから。

 …… 誰に? 

 まあいいか。

 

 お城のてっぺんに女王様のお部屋があった。

 すぐそこにいたトランプの兵隊さんに訊いたからすぐに分かったわ。

 でも留守みたい。ここで待ちましょう。謁見をしなくてはならないから。

 …… えっと、なんで謁見しなくちゃいけないんだっけ。

 まあいいか。

 

 頭を撫でる紙でできた尾が考えることを後回しにさせて、あたしはその部屋の大きなベッドにごろんと横になった。

 

 女王様のお部屋は赤とピンクの派手な場所ね。目に痛くならないのかな。ハート模様とダイヤ模様ばかりの女の子らしいお部屋。

 馬鹿みたいに子供っぽいお部屋。

 すん、とベッドで息を大きく吸ったら、なんだかとても懐かしい気がして考える。

 

 ふわりふわり、尾で撫でられる。

 どうでもいいか。

 

 でも、なんだかとてもとても愛しいの。

 お魚さんがあたしの上に覆いかぶさってくる。

 

 うん、分かってる。

 壊さなくちゃ。

 壊さなくちゃ。

 壊さなくちゃ。

 全部、全部。

 なんで壊さなくちゃいけないのかなんて忘れた。

 どうして壊さなくちゃいけなくなったのかなんて忘れた。

 とにかく、壊さなくちゃいけない。この世界の全てを。それに都合がいいのが、多分このお城の女王様を最初に殺すこと。

 

 でも、このベッドに沈んでいると、そんな気持ちも少しずつ、少しずつ薄れていく。

 魚のヒゲが頬に触れた。

 ありがとう、お魚さん。あたしの憎しみを忘れさせないようにしてくれて。

 

 でも、矛盾したふたつの気持ちが重なり合って、すごく気持ち悪くなってきてしまうから。

 だから、あたしはほんの少しだけお昼寝することにしよう。

 

 次に目が覚めるときはきっと女王様の前ね。

 早く会わなきゃ。早く会って…… 壊すの。

 

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