未来へ踏み出す理由(2)

 ヘラが召喚した氷柱を、フリートたちは馬を使って避けつつ、メリッグが頭上に氷壁を作り出して攻撃を防いでいく。

 だが、ヘラはさらに鋭い氷柱を召喚して、氷壁を貫いてきた。氷壁は砕け散り、細かな氷が降り注ぐ。さらに氷柱が速度を落としつつも迫ってくる。

 フリートたちに届く前に、ルーズニルが風を吹かせて細かな氷を追い払った。かわせなかった巨大なものは、ウォーハンマーの先端に火の精霊サラマンダーを宿したトルが叩き潰す。

 それらの一連の行動を、フリートは馬上でリディスを支えながら見届けていた。フリートも剣を振って弾き飛ばそうと思っていたが、三人の連携行動を見て必要がなさそうだと判断した。


 やがて攻防が一息つくと、一同は馬から飛び降りた。素早く移動するには馬が役に立つが、武器を持って攻撃をするには小回りがききにくいからだ。馬の手綱を集めて、騎士の一人に手渡す。そして彼は強固な結界で馬を閉じ込めた。

 ヘラは奇襲が不発に終わったことに悔しそうな表情をしつつも、口元では笑みを浮かべていた。そして後ろに下がっているゼオドアを見て、声を弾ませる。

「好き勝手やらせてもらうわよ。鍵は殺さないようにするから」

「今度こそ思う存分鬱憤うっぷんを晴らしてください。――事前に打ち合わせしたとおり、お二人が戦いやすいように会場は作らせていただきますよ」

 ゼオドアは地面に向けて、右の手のひらを大きく開いた。フリートたちから少し離れたところにいたミディスラシールは何かに気づいたのか、血相を変えてこちら側に駆け寄ってくる。

「皆、こっちに来て!」

「え?」

「――遅いですよ、ミディスラシール姫。さあ、包み込みなさい」

 ゼオドアがはっきりとした低い声を発する。すると突然フリートたちとミディスラシールの間に薄い膜ができあがったのだ。

 その膜は広がっていき、フリートやリディスだけでなく、メリッグやルーズニル、そしてトルもミディスラシールたちから分断される。あっと言う間に、五人は透明な半球の中にヘラとガルザと共に閉じ込められた。

 フリートがその膜に軽く手を触れると、僅かに電撃が走った。森の中を取り囲んでいた結界と同様に拒絶反応を示されたようだ。まともに触れれば命の保証はない。

 膜を隔てた先にいるミディスラシールが真っ青な顔色をしている。

「迂闊だった。私はまた相手の能力を見誤った」

「私のことをモンスター召喚使いと思っていたようですね、ミディスラシール姫」

 三人いる同志の中で唯一結界の外にいたゼオドアは、大量のデーモンを召喚しながら悠然と歩いてくる。

「実は私、本来は結術士なのですよ。最近はモンスター召喚にも凝っている関係で、以前よりも結界の能力は落ちましたがね。――この結界はわたしの力によるもの。つまり私を叩けば結界は解除されますよ」

 デーモンだけでなく、巨大な獣や鳥類系のモンスターが次々と召喚されていく。

「果たしてこの大群をすべて還せることができれば……の話ですが」

 ミディスラシールはゼオドアに向けていた視線を、フリートとその後ろにいるリディスに向けなおした。

「こっちでゼオドアを倒して、結界を壊す。だからそっちも力を合わせて何とか乗り切って」

「姫!」

「二人とも、また後で」

 ミディスラシールが背を向けると、なだれ込むようにしてモンスターの集団が彼女たちを襲っていった。

 騎士の一人が結界を張ろうとする。だが間に合いそうになかったため、他の者たちは剣を鞘から抜き放ってすぐさま攻めに転じた。

 カルロットも愛用のクレイモアを抜くと、目にも止まらぬ速さで一気に五匹還した。

「思ったよりも歯ごたえがねえな」

 つまらなそうな表情をしながらも、視線はモンスターに向けられていた。ミディスラシールが後方で土の精霊ノームを召喚し、追撃の準備をする。

 フリートは彼、彼女らの様子を見て、結界外の戦闘は大丈夫だろうと思い、メリッグとヘラが睨み合っている場に視線を移した。

「鍵を連れて行くだけでいいのですが、連れていこうとしたら、メリッグさんたちは追ってくるんでしょう? あとで余計な手出しをされると面倒なので、ここで殺しますね」

「まあそういうことだ。今回は手加減なしで行くぜ、お前ら。――ヘラ、本気で剣を振りたいから、スコルとハティ、召喚しなくてもいいか?」

 ガルザがシミターを鞘からゆっくりと抜き、先端をフリートたちにちらつかせた。

「そんなことだろうと思っていたわ。ガルザはモンスター召喚もできるけど、剣が主戦ですものね。貴方のモンスターに期待していないから、無理して召喚しなくていいわよ。代わりに私がするわ」

 ヘラは胸元から藍色の魔宝珠を取り出した。光の加減によっては黒ずんで見える。

「いいこと皆さん。私のお気に入りのモンスターを召喚してあげるわ。他の人はそれと遊んで、私とメリッグさんの戦いには一切手を出さないで」

 宝珠をぎゅっと握りしめて、ヘラはぶつぶつと呟き始める。

 メリッグは出方を見つつ、ちらりとフリートたちに視線を送った。

「今回もヘラは私が相手をする。ガルザとこれから召喚されるモンスターはそっちで対処して。ヘラを倒せばモンスターは消えるから、それまでの間どうにか持ち堪えなさい」

「メリッグさん、私も手助けしますよ……!」

 リディスは共同戦線を張ろうと発言したが、彼女は厳しい口調で断った。

「人間の姿をしたモンスター相手に、本気を出せない子なんて邪魔よ」

 最も突かれたくないところを言われたリディスは口をぎゅっと閉じる。

 だが次に向けられたメリッグの表情は、非常に穏やかなものだった。

「死ぬつもりはないから、安心して。そんなに心配ならモンスターを還しなさい。そうすれば術者にも逆に負荷がかかるわ。――貴女ならできるでしょう」

 慈愛に満ちた表情は、プロフェート村の跡地の戦闘時では見たことがないものだった。リディスはスピアを握りしめて、しっかり頷き返す。

 まもなくしてヘラの目の前にある空間が大きく歪んだ。その空間から細長い舌をチラつかせている黒い大蛇がうねりながら現れる。やりにくそうな相手だ。メリッグとルーズニルは渋い顔さえしている。

「とんでもないものを召喚したわね。書物だけの存在かと思ったわ」

「これはかなりやり応えのある相手だ。――皆、あのモンスターの毒の牙にはくれぐれも触れないように。即死するかもしれない」

 現れた大蛇の鱗をヘラはそっと撫でる。

「さあ、思う存分体を動かしなさい、ヨルムガン!」

 ヘラの言葉と共に、ヨルムガンはフリートたちに向かって一直線に突っ込んできた。

 同時にガルザも傍まで迫ってきた。反応したフリートが、バスタードソードでシミターを受け止める。かなり勢いをつけられて攻め込まれたため、踏ん張っていた足が後ろに押された。すぐ目の前ににやりと笑みを浮かべる、鳶色の髪の青年が目に入る。

「この前は余計な横やりが入ったが、今回は思う存分ってやるぜ」

「それは断る。ここでおとなしく俺たちに捕まれ」

「なぶり殺されかかった奴がよく言う! 今はロカセナもいないじゃねえか。お前の背中はがら空きだぜ」

 ロカセナという言葉を出され、一瞬思考が止まる。そこでできたフリートの隙を逃さず、ガルザは鍔迫り合いだった剣を弾き飛ばして、フリートの背中に移動した。反転するが、すぐそこまで脅威は迫っていた。ガルザが剣を振り被る。

「遅えよ」

 しかし、ガルザの表情は一転、フリートに背を向けた。

 瞬間、甲高い音が鳴る。ガルザの先には険しい表情でスピアを突き出しているリディスがいた。彼女は半歩下がって、間合いを取る。

「鍵の女、少しは大人しくしていろ。お前は殺せねえから面倒なんだよ」

「だったら尚更相手をする」

 リディスはスピアの先端をガルザの胸元に向ける。不意に彼は顔で横を促した。

「お前の相手はそっちだ。毒でも食らって、大人しくしていろ」

 視線を向けると、巨大な蛇が牙を出してリディスに迫ってきていた。

 彼女は意識をガルザからヨルムガンに向け、突っ込んできた蛇を飛び上がってかわす。避けられたヨルムガンの顔は地面に激突した。牙が触れた部分の土は、途端に腐食し始める。

 リディスはスピアを固く握りながら、舌打ちをして後退した。

「あんな毒を食らったら、リディスだって危ないじゃないか!」

 フリートは目を鋭くしてガルザを睨み付ける。彼は頭をかきながら鼻で笑った。

「お前馬鹿だろう。召喚者は解毒剤くらい持っているさ。そうじゃなきゃ万が一の時に召喚した奴も死ぬ」

 言葉の裏を読めば、解毒剤の本数は多くて三人分。召喚者とその仲間、そしてリディスの分。それ以上の人数が毒に犯されれば、間違いなく助からない。ヨルムガンの攻撃にはいっそう気を付ける必要がありそうだ。

 ガルザとの戦闘に集中して挑みたい。だが、横からヨルムガンが牙を向けてこないとは言い切れない。

 もしも迫ってきたら全力で逃げる必要がある。それにいちいち構っていたら、隙を突かれてガルザに首を刎ねられる。

 思考を巡らせば巡らすほど、動きがぎこちなくなっていくのは目に見えていた。

 今はいない銀髪の相棒の姿を思い浮かべると、思わず苦笑した。彼がいたおかげで本当に好き勝手動けていたのだと実感する。

 周りを気にしながら、ガルザの相手をするのは辛いが、この後に控えている戦闘を考えれば、一人で蹴散らすくらいの力量は必要だろう。

 ガルザがゆらゆらと動きながら近づいてくる。バスタードソードを両手で握りしめて出方を伺っていると、彼の後ろからハンマーを振り上げている青年が目に入った。

 ガルザは驚きもせずに半転し、迫ってきたウォーハンマーを受け止める。彼よりも背の高いトルが、シミターよりも重いハンマーを押しつけているためか、あまりの重さに顔がぴくぴくと動いているように見えた。

「お前、この前はびびって役に立たなかった野郎じゃねえか」

「そうだったな。だが今回は違う。俺がお前を相手する。フリートは大事な相手との再戦があるからな!」

「どうせ負ける戦いの場を作ってやるなんて、優しい奴だ!」

 押し潰されそうになったガルザは、湾曲の刃への力のかけ具合をうまく変えながら、ウォーハンマーを滑り落とす。ハンマーがシミターから離れると、剣先でトルの顔を切り上げた。すぐに後退したため、頬に血の縦筋が入っただけで済んだ。

「お望み通りお前からってやるよ。領主の犬である傭兵に成り下がったお前と、一人で自由に生き続けているオレのどちらが強いか、明らかにさせてやる!」

 ガルザはトルに対してシミターを素早く振ってきた。叩いたり、突くことを主戦としているウォーハンマーを持つトルにとっては、素早い攻撃を繰り広げられたら分が悪い。

 フリートはリディスとヨルムガンの戦いに、ルーズニルが加勢しているのに気が付いた。

 どうやらこの場はトルの援護に集中できそうだ。呼吸を整えて、横入れの頃合いを見計らった。


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