明日への旅支度(3)
「どうしてお持ちなのですか?」
予期していなかった出来事なのか、ミディスラシールは目を丸くして欠片を眺めていた。
「貴女が集めていると知っていたから、持ってきたのですよ? 貴女はこの
メリッグはちらりとリディスに視線を向ける。それを受けて、リディスは自然とミディスラシールに顔を向けていた。彼女はリディスたちに背を向けて、窓の方に歩いていく。
「……四大元素の魔宝珠を多く持てば持つほど、その近くにいる人間の召喚能力が大幅に増加すると言われている。それは
「以前からこういう状況になると、わかっていたのですか? 火の魔宝珠を取りに行かせる前から」
ミディスラシールは首を軽く傾げる。
「何となく……かしら。フリートたち、第三騎士団がアスガルム領近くの森で、ヘラとニルーフと接触したのを聞いた時に、そう遠くない未来に何かが起こるとは思った。そして火の魔宝珠を巡り、ガルザと戦ったと聞き、推測は確信へと変わったわ」
「そうだったんですか。まったく気付きませんでした……」
「四大元素の宝珠の存在を知っている者でないと、そういう考えに及ぶことはまずない。私と王くらいしか、そこまで予測していなかったと思う」
どこまで頭が切れる親子なのだろうか。果たしてこの人たちと自分は血が繋がっているのかどうか疑わしく思ってしまう。
俯きそうになると、フリートがそっと肩に触れてきた。何気なく気を使ってくれる彼がいることで、少しだけ気持ちを立て直すことができた。
以前から思っていたことだが、フリートは他人に対して誰よりも気を使って接している。
出会った当初、リディスにいちいち突っかかってきたのも、彼が無知な自分のことをよく見ていたからだ。おそらく彼は他人の目が気になる時期が長かったため、他者に対して注意深く見るようになったのだろう。
優しすぎる彼には心の深淵は絶対に見られてはならないと、リディスは自分自身の中で言い聞かせた。
ミディスラシールは簡単に説明を済ませると、メリッグの傍に行き、彼女の手のひらに視線を落とす。
「メリッグさん、水の魔宝珠、頂いてもいいかしら?」
「ええ、構わないわ。ただニルヘイム領にも欠片を渡してほしい。――プロフェート村の跡地にエレリオという女医がいる。その人に渡してくれれば、彼女がどうにかするでしょう」
突然上がったある人の名前に、フリートは目を丸くした。
「エレリオ先生が?」
メリッグは水の魔宝珠の欠片をミディスラシールの手のひらに乗せて、淡々と答えた。
「あの人はプロフェート村の女医になる前の数年間、経験を積むためにニルヘイム領内を旅していたわ。その過程で結術に関して言えば、かなり強力なものまで使えるようになったらしい。……ほら、先日の抗争中での水の魔宝珠による結界、とても質のいいものだったと思うわ。あれは彼女が手を加えたからよ」
「そんなことをしていたのか……。どこか悟ったような雰囲気を出していたのは、その旅のせいか」
「そうかもしれないわね。旅をすれば多くの人々の長所、短所を見ることになる。つまり必然と人の中身を見るようになるのよ」
メリッグはしみじみと呟きながら、欠片をすべて乗せた。リディスはミディスラシールが握っている欠片をじっと見つめる。顔を上げ、視線があうと、にこりと微笑まれた。
「メリッグさんのおかげで、予定よりも時間をかけずにすみそうです。ありがとうございます。――クラル隊長にファヴニール様、非常に危険な頼みごとで申し訳ありませんが、大鷲を使って、各地を回ってください。ムスヘイム領では火を、ヨトンルム領では風の欠片を受け取りつつ、それぞれに水の欠片を渡してください。そして最後にニルヘイム領では土も含めた、三つの欠片を渡してください」
「わかりました。これは自分がやらなければ間に合わないことですね。責任を持って、お引き受けします」
「俺はクラルの護衛ということか。騎士ではない俺が城から離れても、指揮系統に影響はないからな」
クラルやファヴニールは力強く首を縦に振った。
ふと、トルは軽く首を捻る。
「大鷲?」
「ああ、君は知らなかったね。自分はフギンとムギンという、二羽の大鷲を召喚できるんだ。それに乗れば馬車の数十倍の速さで移動ができる」
「すげえな! 俺たちも乗せていってくれよ!」
「そうしてあげたいのはやまやまだけど、大鷲を使って移動するのはあまりに目立つし、危険だ。だから君たちは大地の上を移動してくれ」
その言葉を聞いて、リディスは顔を曇らせた。
「……クラル隊長、無事に城に戻ってきますよね?」
「もちろん。リディスさん、生きて戻るのはミスガルム騎士として、最低限守らなければならないことだ。元気な姿で戻るよ」
揺るぎない瞳を見て、リディスは少しだけほっとした。
フリートはどこか危なっかしく、自分よりも他人の命を優先している傾向があり、とにかく任務を最優先しているように見えた。
彼の様子を見て騎士たちは皆、そのように動いているのかとリディスは思っていたが、クラルの言い分を聞いているとそうではないようだ。むしろ任務よりも、命を大事にしているということがわかった。
「リディスさんたちも気をつけて」
「はい。クラル隊長たちも本当にお気をつけてください」
リディスの言葉を聞いたクラルはしっかり頷き、ファヴニールの方に首を動かした。
「明日の朝一に出ようと思いますので、準備をお願いします」
「俺は特に部下もいないから大丈夫だが、そんな急でお前は大丈夫なのか? 重要な還術部隊の隊長だろう」
「まとまって行動するのが少ない部隊なので、僕がいなくても大丈夫ですよ。個々の戦術は班長に任せてあります。僕はそれをまとめるだけです」
「そうか、なら大丈夫だな。それじゃあ俺は支度してくる。モンスターに牽制をかけるのが俺の仕事だから、きっちり準備をしないとな。では姫、また明朝出発前にお伺いします」
ファヴニールはミディスラシールに頭を下げて、部屋から出ていった。
クラルは部屋から出る前に、難しい顔をしながらルーズニルのもとに近寄った。
「ミーミル村の村人以外に対しての拒絶反応はなくなったらしいが、周囲に張っている結界が解かれるのを防ぐために、ほとんど門は開けていないと聞いている。そんな状況で入れるのか?」
「その件に関しては物分かりのいい妹が中にいるから大丈夫だよ。モンスターをいれないように、入場するさ」
ルーズニルは口元を緩めて、クラルを見返した。
「そうか、ならよかった。――二人の姫様を頼んだ」
「そっちも道中くれぐれも気をつけて。同志たちがお前たちの行動に気づいたら、そちらを真っ先に襲いにくるだろうから」
「ああ、ありがとう」
クラルがルーズニルに手を差し出してくる。それをルーズニルはしっかり握り返す。まるでお互いの無事を祈るかのような握り合いだった。
* * *
珍しく静かで、雲があまりない夜だった。夜空は三日月よりも星の方が燦々と輝いており、星をじっくり眺めるには最適な日でもあった。大きな建物の屋上であれば、どんなに眺めがよかっただろうか。
銀髪の青年は持ってきた椅子に腰をかけて、窓越しから空を眺めた。
過去を振り返れば、昔は青かったと思わざるを得ない行動ばかりしていた。感情に任せて発言したり、直情的な人間と共にその勢いのまま動いたり。
それらの行動を通して、多くの人と出会い、縁を作ったが、いつかはその縁を踏みにじるとはわかっていた。
縁を踏みにじったことに対して、後悔しているのか。
否。
今まで持っていた感情は、ある目的を達成するための、見せかけのものだから――。
目を閉じれば、母が無惨に斬られていく様子が目に浮かぶ。すぐさま駆け寄り、動かなくなるまで抱きしめていたかった。だがそれは叶わず、自分の身を守る為に逃げ、その後は後悔の念だけが残った。
そこで感情というものを一度失った気がする。生きることが面倒になった時期もあり、なぜ兄が必死に前に進もうとしているのか理解できなかった。
しかし歳を重ねるうちに、少しずつわかるようになってきた。
これは自分たちが果たすべき役割なのだと。
他のアスガルム領民がどのような行動に出るかは不明だが、今こそ扉を開き、樹をこの大地に戻さなければ、取り返しのつかないことになる。
そう思わなければ、一人で歩けない――彼は自嘲気味に苦笑した。
「樹の様子を見ても明らかだった。あと一ヶ月も待たずに、樹は急速に枯れていくだろう。そこで循環が崩れれば、この大陸などすぐに無くなる。今度の満月が最後の機会だ」
金髪で緑色の瞳を持つ女性たちが、ぼんやりと脳内に浮かび上がる。性格まで良く似ている姉妹だが、どこか違うところがあった。はっきりとは言えないが、おそらく原因は育ってきた環境の違いだろう。
「僕も一緒に行くから、安心してほしい。――兄さん、もう少しだけ待っていてくれ」
再び大地に樹を取り戻すまで。
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