明日への旅支度(2)
その後の動きについては、ミディスラシールがいつも使用している別室で行われることになった。
リディスやフリートたちは、そのまま移動を開始する。セリオーヌはミディスラシールと二人で話した後に、少し時間をもらうと言って、その場から足早に去っていた。
「人を呼んでもらっているわ。私たちは先に行きましょう」
土の魔宝珠が置かれている部屋から出て、ミディスラシールは再度扉に対して封印を施す。閉じる際も王族の血は必要なようで、彼女の指には二本の切り傷が付けられることになった。
ミディスラシールを先頭にして地上に戻ると、城内が先ほどよりも空気が張りつめているのに気付いた。慌ただしく走っている人の数が増えている。
「ゼオドアの言葉を受けて領内にある町村に警告をするために、何人か向かわせているわ。小さなところから大きなところまで数はあるから、間に合うかどうかは微妙なところね」
リディスのせいでそのような状況になっていると思うと、嫌でも視線を下げがちになる。どんな状況でも、皆に不安を与えることなく指示をしているミディスラシールは、素晴らしい先導者だとリディスは心底思った。
指定された部屋に着くと、逆側から歩いてくる四人の姿が目に入った。
赤色の短髪で双剣使いのセリオーヌ、薄茶色の髪で大鷲を操るクラル、かつて城の専属還術士として活躍し、今では剣術の指導にあたっているファヴニールである。
そして漆黒の長い髪を後ろでまとめた女性が、後ろから腕を組みながら悠々と歩いてきたのだ。背はセリオーヌ並みの長身で、まとう空気は周囲を寄せ付けないものだった。外見からすると三十歳くらいに見える。
先に寄ってきたセリオーヌがミディスラシールの耳元に顔を寄せた。
「姫、申し訳ありません。偶然出会ってしまい、言いたいことがあるから、付いていく……と」
「構いませんよ。いずれは知られることでしたから」
ミディスラシールは背筋を伸ばして、緊張した面持ちで漆黒の髪の女性と対面した。
「お久しぶりでございます、ルドリ団長」
役職名を聞き、リディスは思わずフリートを見た。彼もいつになく引き締めた顔をしている。
呼ばれた女性は表情一つ変えずに、ミディスラシールを見下ろした。
「ああ、久しぶり。巡回から久々に戻ってきたんだが、いったいどうしたんだ、この慌ただしい光景は。今さっき何かあっただろう?」
「先ほど以前城を襲った人たちの仲間が来て、宣戦布告をしてきたためです」
「ああ、あの
「宙に浮いていましたし、彼はかなり難易度の高い召喚をすると聞きまして、迂闊に攻撃をするのは……」
ミディスラシールが俯きかけている。ルドリの威圧に押されているようだ。
その様子を見たルドリは鼻で笑いながら、躊躇いもなく言い放った。
「要するに相手に怖気づいたか。時として攻撃に転じなければ、その後の被害は尋常ではない程に広がるぞ」
「おっしゃる通りです……」
「その程度で怯んでいては、王のようにはなれない。お前はいつも甘い。国や未来に害を為すものは、とっとと切り捨てろ」
「……精進します」
弱々しい声で返すと、ルドリの視線が騎士たちに向けられた。彼ら、彼女は一斉に姿勢を正す。
「これからお前らが何をするかは、だいたい王から聞いている。手早く終わらせてこい。十日後に備えての作戦を話さなければならないからな」
「承知しました」
頭を深々と下げた後に、ルドリの視線はフリートを射ぬいてきた。隣にいたリディスも思わず肩に力が入る。
「この現状はお前の甘さがもたらした結果だと思え。敵であるとわかったら、躊躇わずに剣を振れ。それがかつての相棒であってもだ。――まったく最近の騎士は人間と対峙していないからか、優しすぎる奴が多すぎる。モンスターがいなくなれば、次に争いが起こるとしたら、人間同士だぞ。――それを覚悟しておけ」
フリートはルドリの言葉を噛みしめつつも、首を縦に振ろうとしなかった。ロカセナの対処に関して、賛同できない部分があるようだ。
ルドリは彼の様子を見て、あからさまに呆れたような顔をした。彼女は背を向けて、来た道を戻り始める。
「こっちはこっちで色々と進めさせてもらう。とりあえず生きて帰ってこいよ」
ルドリの背中が見えなくなるまで、ミディスラシールたちは深々と頭を下げていた。
見えなくなり頭を上げると、一同は表情を少しだけ緩める。
「あの、今の方は……」
おずおずとリディスが尋ねると、ミディスラシールが部屋のドアを押しながら答えてくれた。
「ルドリ騎士団長よ。外や会議に出ていることが多いから、あまり城内は出歩いていないの。リディスたちは初めて会ったようね」
ミディスラシールに促されて中に入る。彼女は先に一番奥にある椅子に深く腰をかけた。
「目的を達成するためなら容赦なく人を見切る、厳しい方だけど、すべて正論だから何も言い返せないのよ。一人の人間の今と、多くの人の未来を比べたら、迷わず後者をとる」
話を聞きながら、リディスとメリッグも椅子に腰を下ろす。椅子の数が少ないため、他の者は立っていた。
「凄い人なんですね。……まさか団長さんがあんなに若い女性だとは思いませんでした。とても強いんですか?」
リディスの発言に騎士たちはきょとんとしていた。だがすぐに声を押し殺して、笑い始めた。状況が読めないリディスやトルは首を傾げる。ミディスラシールは口元に手をあてて笑っていた。
「ルドリ団長が非常に強くて優秀なのは事実よ。見習いから騎士への昇格も特例で通常時より四歳若かったくらい。精霊召喚と融合した剣術が秀でている方で、そこまでしたら大陸内で右に出る者はいないわ」
「……じゃあ、なんで笑ったんですか」
リディスがミディスラシールのことをじろりと睨みつける。にこにこしながら返してくれた。
「童顔のせいか実年齢よりも十歳以上若く見られるのよ。たしか四十近いわよね?」
「はい、そうです。カルロット団長と見習い時代に
その言葉を聞いて、リディスはえっと声を漏らす。ミディスラシールの言うとおり、十歳近く下に見てしまっていたからだ。人は見た目で判断してはいけないものである。本人の前でそのような失言をしなくてよかったと思った。
笑い声が納まると、ミディスラシールは本題に入る。彼女は全員の顔を一度見てから口を開いた。
「今回はいくつか報告とお頼みしたいことがあり、お呼びしました。なお、ここで話したことは一部を除いて他言無用でお願いします」
いつも通りに声を出しているつもりだろうが、どことなく早口になっているように聞こえた。
「まずリディスたち五人と、私とスキールニル、そしてセリオーヌ副隊長はヨトンルム領のミーミル村に向かいます。馬で飛ばせば往復で六、七日程度。その日程であれば、
「王に話を付けてあるのか?」
腕を組んだファヴニールがそっと尋ねてくる。ミディスラシールは首を横に振った。
「詳細はこれから話します。まあ大丈夫ですよ。今の結界を張るのに力を貸してはいませんし、ほとんどの仕事は他の人に任せられるよう、予め話は付けていますから」
薄らと笑みを浮かべてから、彼女は口元を戻した。
「次にクラル隊長とファヴニール様にお願いしたいことがあります。それは各領にある四大精霊の魔宝珠を、ミスガルム領のために再度受け取ってきて欲しいということです」
「あれ、城になかったのか? リディスたちが持って帰ってきたんじゃねえの?」
トルが疑問符を露わにしながら、口を挟んでくる。ミディスラシールはやや視線を下に向けた。
「ありましたが、月食の日にロカセナに奪われてしまったため、今はこの領にはありません」
「あ、そういや、そんなことも言っていたな……。今はないから、もう一度もらってくるのか」
「その通りです。同時に水の魔宝珠の欠片も各領に分け与えたいと思っています。ですが、これにはいくつか問題点があります。そもそも宝珠の欠片が手に入るかどうか、そしてそれぞれの領に渡すのが間に合うかどうか。際どいところですが、それもクラル隊長に――」
「水の魔宝珠の欠片なら持っていますよ、お姫様」
メリッグが微笑みながら、胸ポケットの中から小さな袋を取り出す。その中身を手に乗せると、鮮やかな青色の三つの欠片が目に飛び込んできた。
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