真実の断片(5)
彼女の言葉をすぐに理解することはできなかった。数瞬の間を置いてぽつりと呟く。
「大陸を一瞬で滅ぼすモンスターなんて、存在するのですか?」
リディスは自分の声が若干震えているのに気づく。
先日戦闘をした三つの頭を持つガルームはもちろん危険な存在であるが、さすがに大陸を滅ぼすほどの強さはない。現にリディス一人だけでも還すことができた。だから彼女の言葉が信じられなかったのだ。
だが、ミディスラシールやミスガルム国王、そしてアルヴィースが黙っているのを見ると、虚偽ではないことが感じ取れる。
「アルヴィースは当時既に物心がついていたと聞きました。どうだったかは覚えていますか?」
ミディスラシールはこの席の中で最も年長者であるアルヴィースに話を振る。彼は目を細めて、昔のことを語った。
「私もまだ十歳になっていない幼き頃でしたから、はっきりとは覚えていません。ただ子供の私でさえも、あの殺気を感じた時は死を覚悟するほどでした。しかし、その状況を変えてくれたのが、ミスガルム国王をお産みになり、育児もひと段落し、ようやく自由が効き始めた当時の女王でした。まさか封印をして鍵を作り出すだけでなく、死ぬまで祈りを送らなければならない状態になるとは、思ってもいませんでしたが……」
一般的にアスガルム領民は他の領民より召喚能力が秀でている。しかし、話にでてきた女王はアスガルム領民であるにも関わらず、自らの体を酷使しなければ、そのモンスターを封印できなかった。
扉の向こう側に追いやってから閉め、ある意味自らを鍵と見立てて、封印が解けぬよう死ぬまで祈り続ける。そうでもしなければ封印を維持できなかったなど、どれだけ恐ろしいモンスターがこの大地の上に足を付けようとしたのだろうか。想像するだけでも恐ろしかった。
「鍵といえばリディス、鍵という自覚がでてから、何か変わったことはある?」
もう一人の金髪の女性から話を振られる。リディスは自分の右手を軽く握りしめた。ショートスピアの召喚や還術に関しては、特に変わりなく行っている。自分としては思い当たる節はなかったため軽く首をひねると、トルが割り込んできた。
「リディスの戦闘能力が異様に高くなったぜ」
「え、そうかしら……?」
「自覚してねえのかよ! お前ガルームと戦った時、いったい何種類の精霊を召喚していたんだ!」
「どういうこと?」
ミディスラシールがトルに視線を寄こす。彼はほんの少し表情を堅くした。
「ええっと、たしかですね……」
「無理して敬語を使わなくても大丈夫よ、トル・ヨルズ」
「すまねえ……お姫さん。たしか……風の刃を出したり、スピアの先端に熱を持たしたり、地面からモンスターの足を固めたり、あとは氷とか召喚してなかったか?」
「そんなことまでしていた? ごめん、あの戦闘のことは必死過ぎてほとんど覚えていなくて」
記憶を取り戻し、無我夢中でフリートの元に駆け寄り、その後はモンスターを還すので精一杯。一息付いたときには意識を失っていた。
目の前のことに集中していたと言えば聞こえはいいが、あまりにも周りを見ない危なっかしい戦闘をしていたことになる。頭が回る人間が横槍を入れていれば、いとも簡単に崩されていただろう。
「つまり全精霊を召喚したってことね」
ミディスラシールが肩をすくめてまとめると、ミスガルム国王やあの戦闘の場にいたフリートたち以外の人間は
「そんなことできるはずがありません、ミディスラシール姫。理論的に、まず相反する精霊は――」
「クラル隊長、何事にも例外というのはあるものです。彼女は火、風、そして土の魔宝珠に触れることができました。そこから特別であるという片鱗は見せていましたよ」
城内でも屈指の召喚技術を持ち合わせ、精霊の加護を受けている青年は、例外という言葉ですべてがひっくり返る事実を認められずにいた。
「さらにはその後、水の魔宝珠にも触れることができたそうです。鍵という非常に特殊な立場である彼女なら、そのようなことができても不思議ではありません」
メリッグが淡々と喋りながら、さらりとミディスラシールの意見を補強していく。クラルは二人の女性から言われる立場となり、反論せずに口を閉じた。
「私が特別……」
ぽつりと呟く、突きつけられた事実。
自分が‟魔宝樹の鍵”という立場なのは自覚しているつもりでも、改めて言われると戸惑うことが多かった。
左右にいる青年と姫は、思考の迷い道に入り込もうとした娘に対して優しく語りかけてくる。
「特別だからって何が変わるんだ。人より戦い方の幅が広がっただけだろう、いいことじゃないか」
「リディス、あまり気負わないで。それよりも一気に様々な召喚ができるようになったから、体がついていけてないんじゃない? ガルームやヘラとの戦闘の後に意識を失ったのよね。疲弊していたからだろうけど、もっと上手い召喚をすれば、もう少し楽に戦えたはずよ。今度、精霊召喚のコツを教えてあげるわ」
フリートとミディスラシールの前向きな言葉は、リディスを間接的に励ましてくれる。リディスは迷い道に入ることなく、意識を会議の場に戻した。
「ありがとうございます、フリート、ミディスラシール姫。何事も捉え方によりますよね」
この場の人に言い聞かせるように、そして自分自身の心の奥底に語りかけるように、リディスは言った。
話が一区切り付いたところで、ミディスラシールは水を飲んでから、新たな議題を展開していった。
「さて、次にリディス・ユングリガを狙う人々に関して整理しましょう。敵側の素性がわからなければ、今後の対策が立てにくいですからね」
ミディスラシールは手元から一枚の紙を取り出し、自分の前にそれを掲げる。字の羅列の横には入団時に描かれたある人物の似顔絵があった。
「まずはロカセナ・ラズニール。ミスガルム騎士団第三部隊の者であり、アスガルム領民の生き残り。サーベルだけでなく、他人の脳内に映像などを召喚する、かなり稀有な召喚をする青年。彼が鍵を用いて扉を開こうとしていたことから、おそらく敵側の中心人物の一人だと考えられます」
ミディスラシールが淡々と言葉を紡いでいく。意図的に感情を押し殺しているようにみえた。
「何か付け足すことがあれば、言ってください」
円卓を囲んでいる人たちを見渡したが、何も言及はなかった。
続いて二枚目の紙を前に出す。少年の簡単な似顔絵が描かれていた。
「次にニルーフ・ドルトン。先日の皆既月食時に、ニーズホッグと呼ばれる黒竜を用いてミスガルム城を襲った少年。皆さんのおかげで召喚ができないほどに衰弱させましたが、その後、他の人間によって奪い返されました。広範囲に攻撃ができるニーズホッグを召喚するのが基本戦術ですが、多少は他のモンスターも召喚できるかもしれません」
「――あと参考になるかはわからないですが、彼はヨトンルム領の出身で、家族は不運な事件により殺されています」
ルーズニルがすかさず付け加えた。内容は以前リディスたちが聞いたものである。彼女はその情報を聞き、紙に書き込んだ。
「貴重な情報をありがとうございます。彼の相手は比較的やりやすいはずです。威力は確かに強いですが、まだ子供、感情の揺すぶりはしやすいでしょう」
その言葉の裏にはミディスラシール自身が戦い、勝った自信もあるのかもしれない。
他に意見がないのを確認してから、次の相手が書かれた紙を出す。今度は簡単な文章のみだ。
「次はガルザ・ウルート。ムスヘイム領で火の魔宝珠を狙った、右頬に大きな傷を持つ青年。召喚物はシミターと、スコルとハティと呼ばれる狼型のモンスター。接近戦であれば、かなり苦戦を
以前、リディスやフリートたちから聞いた話を元に書かれていたため、ミディスラシールが直接会った二人とは違い、簡素な内容であった。
ガルザと相手をした時、リディスは高熱による体力の減少と、拉致される際に深手を負わされたため、ほとんど記憶にはない。
実際に剣を交じり合わせたフリートもそれ以上の情報はないと言わんばかりに、腕を組んで、椅子の背もたれに寄りかかっていた。
反応がない彼をちらりと見てからミディスラシールは紙を下げようとすると、意外な人物から声があがった。
「……その男、昔相手をしたことがある」
視線が一斉に焦げ茶色の髪の男性へ向けられる。
「ファヴニール様、それは本当ですか?」
「ああ。なかなか挑発的な言葉を発する男だろう。俺も苦戦はしたが、どうにか退けた。ただしモンスターは召喚してこなかったな。おそらくあまり得意な召喚ではないのだろう」
「どこで剣を交わらせたのですか?」
「リディスたちと同じムスヘイム領だ。四ヶ月ほど前、東にある砂漠に近い村で会った。俺が還術士であったと聞くと、急に剣を振りかざしてきたから、仕方なくその相手をしたというわけだ」
「どうしてそのような状況になったのか、理由はわかりますか?」
ファヴニールは眉をひそめて、思い出しながら声に出す。
「……ある還術士がその地区を陣取っていた盗賊たちを追い出そうとした時、誤って盗賊の逆鱗に触れたがために、そいつの弟分みたいなやつが殺された。それ以後、還術士というのは余計なことをする人間だと思い込んでいる……と聞いた」
「余計なことをする人間って……。還術士が原因でそれが起こったとは言い切れないです。その人のやり方が悪かっただけじゃないですか? 個人の問題なのに、どうしてファヴニール先生にしわ寄せが来るんですか!」
リディスは声を荒げた。ファヴニールは諭すように言葉を紡ぐ。
「四つの領を一通り旅して気づいたが、ムスヘイム領での還術士の地位はかなり低い。土地柄モンスターがいないせいだろう。一般的に還術士はモンスターを相手にする職業、人間相手には何もやらないと思われている。モンスターしか戦ったことがない還術士だから、人間との交渉や対戦はできないだろうという偏見があるみたいだ。だからまた使えない還術士が来たと思って、剣を向けてきたんじゃないのか?」
リディスは視線をムスヘイム領民であるトルに移す。彼はその視線に対し、無言で首を縦に振っていた。否定はしない、事実らしい。還術士であるリディスにとっては認めたくないものだった。
ミディスラシールはファヴニールから出された話を書き上げると視線をあげた。
「ファヴニール様、ありがとうございます。相手側の過去を知ることは、非常に重要です。些細なことでもいいので皆さん、知っていることを教えてくださいね」
それ以上ガルザに関する話題はでてこなかったため、ミディスラシールはまた別の紙を取り出した。一人の女性の似顔絵が描かれている。他の人物たちとは違った絵柄であった。
「では続いて、ヘラ・エーギルと呼ばれる、ニルヘイム領プロフェート村出身の女性。ニルヘイム領でリディスを狙いに現れた、
事前にメリッグが資料を提出していたようで、かなり詳細に書かれている。七年前の内容であるが彼女の趣味や癖など、無駄とも思われるところまで細かく書かれていた。それなりに交流があった仲のようだ。
みっちりと書かれた資料を見た一同からは、もちろん補足する内容など出るわけがなかった。
ミディスラシールは最後の一枚を取り出した。
「最後はヨトンルム領のミーミル村において風の魔宝珠を奪取しようとした、帽子を被り、眼鏡をかけた老人。デーモンを大量に召喚するなど底が知れない能力の持ち主。おそらく最も警戒すべき相手だと思われます」
「そいつ、名前はわからないのか?」
最も警戒をすべき相手と聞き、カルロットが身を乗り出した。強き者と相手をすることを生き甲斐としている彼としては、聞き捨てならない話だろう。
「名前は……リディス、わかるかしら」
「はい。先日のヘラたちとの交戦後に現れて、自ら名乗っていきました。たしか……ゼオドア・フレスルグと言っていたと思います」
次の瞬間、コップが音をたてて倒れた。
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