重なりゆく運命(7)

 * * *



 夜もだいぶ更けてきた頃、その部屋のドアは控えめにノックされた。中にいる者が軽く返事をすると、女性が部屋の中に入ってくる。赤色の短髪の女性は入り口に立ったまま、窓際で月の光を浴び、金色の髪が美しい輝きを放っている女性に一礼をした。

「夜分遅くに申し訳ありません。本日のご報告をさせて頂きたく、お伺いしました」

「そう固くならなくてもいいわ。私が無理を言って頼んでいることよ。もう少し近寄って、報告をお願い」

「承知致しました」

 赤髪の女性は部屋の中ほど辺りで止まった。それ以上先はこの部屋の持ち主の寝室部分。同姓とはいえ、近づくのは躊躇われる空間である。

「本日はいたって平和なものでした。具体的には、ある人に同行して屋敷で夜まで話をしていたくらいです」

「屋敷で話……。あら、あの人、もう実行に移したのね。感心だわ」

「貴女様から促したのでしょう。国王からの命令であれば、誰も無視することはできませんから」

 溜息を吐きながら、短髪の女性は金色の髪を巻いている女性を眺める。

「彼も貴重な存在よ。彼の動き方次第で大きく変わっていく可能性がある。だからその前に過去をすっきりするよう取り計らっただけだわ。――本番はこれからよ」

「わかっております。ですが、どうしても私には貴女様の意見が腑に落ちません。なぜ当日何かが起こるとわかっているにも関わらず、貴女様は会をお開きになるのですか? 危険な状況になるのは目に見えています」

「逆を言えば、好機とも捉えることができるからよ。あちらが力を付けて本気で作戦を遂行する前に、潰さなければならない。危険だけれども、あえておびき寄せることで、それを行えることができるわ。今回逃したら、今後何が起きるか予測がつかない」

 きっぱり彼女は言い切ったが、若干ながら声が震えていた。

 こちら側にとっては好機であっても、あちら側も好機であることは変わりない。

「今までは幸運が重なり、護りきることができたと言われています。しかし、今度ばかりは運は味方につかないかもしれません」

「その通りだわ。人の気まぐれもどう変わるかわからないしね……。それに今までとは状況が違う。この城には今まで苦労して得たものが揃っている。襲うには格好の的になったわ」

 足を付けられないように、厳重に結界を張って保管はしたが、その結界が破られる可能性はある。それが奪われただけなら実はたいした問題ではない。むしろその場所にないものまで手を付けられたら、事態は最悪の方向へ転がっていくはずである。

「……非常に大変な日になりそうですね」

 赤髪の女性は肩をすくめた。金髪の女性が窓から離れ、近づいてくる。

「それは産まれた時から、わかりきっていたことだわ。――魔宝珠は十八歳で得ることができるけれど、本格的に能力を発揮するのは二十歳になってから。それが私たちにとっては、今度なのよ」

 希有な存在である、緑色の瞳を持つ女性――ミディスラシールは迷いのない目で見据えた。

「雑魚は私が入らせないようにする。だから貴女たちは侵入してきた奴をすべて片づけなさい、セリオーヌ副隊長」

「モンスターを還す程度なら喜んで引き受けますが……。正直言いまして、内密に動くのはかなり苦手です」

「内密に動かなければ、当日敵は動かないでしょう?」

 イタズラっぽく笑みを浮かべた。再び彼女の視線がセリオーヌから夜空の方へ向けられる。

「当日の護衛は彼にやらせるわ。心が晴れた彼なら、護り抜くことができるでしょう」

「モンスターが相手なら護り抜けると期待していいと思います。しかし、あの子は意外と繊細な心を持っています。もし万が一、姫の推測が本当だとしたら、衝撃を受けて、剣を振れないのではないでしょうか?」

「……その推測、間違っていればいいのにね」

 呟かれた内容は姫としての言葉ではなく、もうすぐ二十歳になる、少女と女性の境目の複雑な言葉だった。

「だから推測ではなく事実だったら、セリオーヌ副隊長には、その前に止めて欲しいのよ……お願い」

 再び向けられた緑色の瞳を見て、セリオーヌは戸惑いを抱く。同姓で比較的歳も近く、階級持ちであるため、幾度もなくお願いをされたことはあるが、今回頼んでいる最中の瞳は今まで見たことがないほど震えていた。それほどまでに彼女はセリオーヌに、あの人物を止めて欲しいのだ。

「……少々荷が重いですが、精一杯努力はします」

 卑怯な言い方だと思う。だが、止め切れるとは断言ができなかった。

「無理を言って、本当にごめんなさいね。――今日はもう大丈夫よ、ゆっくり休んでちょうだい」

「お気遣いありがとうございます。姫様もあまり無理はしないで下さい。当日の主役の一人は貴女様ですから」

「そうね、目に隈ができていたら、恥ずかしいものね」

「美しく、凛としている方が姫様らしいですよ。では、おやすみなさいませ」

「ええ、おやすみ」

 セリオーヌは月と星の光だけを頼りにドアまで歩き、廊下に出た。

 所々に垣間見える、ミディスラシールの歳相応の辛そうな表情は見ていられなかった。彼女にそのような顔をさせてはいけない――その一心でセリオーヌは背筋を伸ばして、第三騎士団の部屋へ戻っていった。



 * * *



 フリートやリディスたちが城に戻ってからは、今までとは違った意味で忙しい日々を過ごしていた。

 リディスはミディスラシールの誕生日会で着るドレスを選びつつ、彼女の話し相手をし、その合間に自分自身に起こっていることに関して今まで得た情報をまとめていた。

 一人で抱え込むには難しい内容のため、共に考えてやりたいという想いもフリートの中にはあったが、結局朝と夕飯ぐらいしか彼女と時を共にしていない。なぜなら一日の大半を騎士団の仕事に割いているからだ。

 ミディスラシール姫の二十歳の誕生日会は、城の外壁内にいる有力貴族だけでなく、ミスガルム王国内や領内にいる貴族も訪れるといった、近年稀にみる大規模な会になる予定である。そのため警備もいつも以上に力が入っていた。

 騎士になってから初めての大規模な警備に戸惑うことはある。複雑な警備内容にフリートでさえ、理解が追いつくのに時間がかかっていた。見かねたカルロットは声を大にして、第三部隊に言い放ったのだ。

 詳細な内容は理解しなくてもいい。だが、何が何でも要人たちは護り抜け――と。

 世間に不平不満を持つやからだけでなく、四大元素の源の魔宝珠を狙う人物やモンスターたちが襲撃してくるかもしれない。もし城が戦場になった場合、敵の掃討より前に、要人たちの安全の確保をするよう言われたのだ。

 その言葉を聞いた年若い騎士たちは、最低でもそれだけは頭に叩き込んだ。

 フリートやロカセナといった、まだ騎士になって数年の者は、外の警備をすることが定石である。最も早く敵と接触する可能性が高いため、そこで止めることができれば中に不穏な気配を漂わすことはない。

 つまり要人たちの傍にはいられないが、重要な位置での警備ということだ。身が引き締まる想いになる。

 フリートは当日の動きの確認や日々の鍛錬以外にも、自主的に残ってカルロットに相手をしてもらっていた。彼は嬉しそうに引き受けてくれるため、フリートとしては非常にやりがいがあった。

 一方、食事の時は今までの反省点を洗い出し、次の鍛錬では何をやろうかと考えを巡らしているため、リディスに話しかけられても返答に詰まることが多々あった。しかし彼女は嫌な顔一つせず、むしろ微笑んでくれている。

 フリートの周りには、自分の強情な考えを理解してくれる、心の広い人間が多いと実感する日々だった。

 ある朝の食事中、リディスは苦笑して、フリートに顔を向けていた。

「頑張るのはいいけど、あまり無理はしないでね。当日、倒れちゃ意味ないでしょう」

「僕もリディスちゃんの意見には賛成。何が起きるかわからないのに、頑張るのはお勧めしないな……」

「小さくても大きくても、何かは起きるさ」

 パンを頬張りながら断言すると、ロカセナが目を細めた。

「そんなことカルロット隊長は言っていたの?」

「言ってないけど、剣を合わせていればわかる……必死さが」

「へえ……。さすが何度も剣を混じり合わせただけはあるね。親子みたいだ」

「茶化すな。あの人が親父だったら、体がもっていない」

 苛立った口調で返すと、リディスとロカセナはくすっと笑った。まるで仕組まれていたような展開に、あまり面白くはない。

 集合時間まであと一時間ほどあるが、先に行って早く来ていた先輩騎士に相手をしてもらおうと思い、素早く食事を済ませた。そして食べ途中の二人を横目で見ながら、立ち上がる。リディスの残念そうな表情が視界に入ったが、目を伏せることにした。

 ちょうどその時、セリオーヌが颯爽と食堂の中に入ってきた。騎士として実力もあり、女性らしい体の線が綺麗に出ていることなどから、憧れている者は少なくない。視線を浴びられているのを気にも留めずに、彼女は食堂を見渡す。そしてフリートのところで止まると、脇目も振らずに近づいてきた。

「フリート、ちょっと話が」

「何ですか?」

 セリオーヌが近寄ると、耳元で話しかけられた。

「姫が呼んでいる。彼女の部屋の近くにある応接間で待っているわ」

 それだけ言い切ると、セリオーヌはフリートから顔を離して、先に食堂の外へ出て行った。フリートは食事中の二人に軽く目をやる。

「ロカセナ、ちょっと先に行っている。あとで鍛錬時に会おう。リディス、また夕飯でな」

「ええ、今日も頑張ってね」

 あえて二人には、ミディスラシールに呼ばれていることは言わなかった。セリオーヌがフリートだけに聞こえる声で耳打ちしたことから、その方がいいのではないかと察したのだ。

 食堂を出ると、セリオーヌはミディスラシールの部屋を指で示した。

「私はただの伝令役。長話ではないらしいから、集合時間までには戻るように」

「わかりました。わざわざありがとうございました」

 お礼を言い、セリオーヌに背を向けて、ミディスラシールの元へ向かった。

 姫の部屋は城の奥にあり、近衛騎士が警備をしている傍を必ず通らなければならない。

 この道を通る際、当初はただの騎士、しかも若輩者が姫に会うことにかなり抵抗感を抱かれていたため、非常に通りにくかった。だが、今では振り回されている事実を知られ、むしろ同情されている。今回もまた苦笑いをされながら通された。

 そこから先は姫や王など、城にとって重要な人物がいる部屋に続いている。進むにつれて、警備も厳重になっていた。壁はより白く、光宝珠は至る所で隙間なく輝いている。

 歩いていると程なくして、ある近衛騎士が近づいてきた。ミディスラシールの専属騎士である、スキールニル・レイフだ。

 軽い割には防御力が高く、体裁もいい鎧を着ている、二十代半ばの薄い灰色の髪の青年。何度か手合わせをしてもらったことがあるが、非常に強く、第三部隊で上位に食い込めるフリートでさえも、ほとんど負けていた。たまに勝てても、ほんの僅かな差での決着である。

 剣士としての実力を持っているスキールニルはフリートの前に立つと、ある部屋に視線を向けた。

「姫がお待ちだ。お前もいつも大変だな」

「話し相手くらいなら簡単なものさ。護るとなったら事情が違う」

「そうだな。護衛対象者の命までも預かることになるからな。……誰かを護るための戦いと、相手を倒すための戦いは違う。今、お前は倒すための戦い方をしているが、いつ主目的が変わるかわからない。どちらも対応できるようにすれば、後々の実戦で役立つぞ」

 スキールニルに指定されたドアを押して中に入ると、金色の髪を巻いた、少女から女性の中間地点であるミディスラシールが横顔を向けて立っていた。緑色の瞳で憂いの表情を浮かべている彼女を見て、一瞬目を丸くした。


 横顔が似ていたのだ――彼女に。


 ミディスラシールはフリートに気づくと振り向き、にこりと微笑んだ。

 それを合図として、スキールニルは外側からドアを閉めた。部屋の中で二人きりになる。

 護衛もいれないのは、信用されているのもあったが、それとは別にミディスラシール自身が精霊に護られているのも大きな理由だった。彼女の周りには、精霊による薄いが強力な結界が張られている。やましい者がいれば、即精霊が現れて退治するらしい。

 フリートは彼女の傍に近づいてから口を開いた。

「姫、何のご用ですか? これから鍛錬の時間です」

「わかっている。だから時間は取らせないと、言ったはずでしょう。……一点重要な命令と、もう一点教えてあげたいことがあり、来てもらったわ」

「何でしょうか?」

「明後日行われる、私の誕生日会でのフリートが警備する場所は既に言われているのかしら」

「まだです。本日の会議にて言われる予定かと」

 ミディスラシールは傍にあった椅子に座り、目の前にある机に肘を乗せて、両手を組んだ。

「たしか会議は夕方よね? それまでに正式な伝達は済ませておくけど、その前に私の口から言わせてもらうわ。――フリート・シグムンド、誕生日会当日はリディス・ユングリガの護衛に付きなさい」

「……はい?」

 思ってもいないことを言われ、眉間にしわを寄せた。ミディスラシールは視線を合わせず続ける。

「通常なら外回りになるでしょうけど、貴方は特別に参加者の一人である彼女の護衛に付きなさい。有力貴族の方々は、最低一人以上は護衛を付けているはずよ。その原理に当てはめれば、不思議なことではないわ」

 姫の言っていることは間違っていない。それは通例である。だが、唐突過ぎる命令にすぐには従えなかった。

「どうして俺なんですか。空いている近衛騎士やロカセナでもいいはずです」

「理由はリディスと親しいから。そして前にも言ったけど、フリートの方がこういう場は慣れているはずよ。彼は確かに優しくて良い人ではあるけれど、とっさの時にどういう行動に出るかは不明確だわ」

 ミディスラシールは立ち上がり、フリートを真正面から見つめてきた。

「当日は何があってもリディスの傍から離れないこと。何が起こっても、誰が現れても、彼女を護り抜くこと――それを約束してくれる?」

「何が起こるのですか? カルロット隊長は何かを隠している。隊長格以上の者たちも焦ったように動いている。――土の魔宝珠を狙いに、モンスターの襲撃でもあるんですか?」

「アルヴィースに予言をしてもらったら、不吉な影が現れただけよ」

「なら、どうしてそんな時に会なんか開くんですか! 大勢の貴族も来るんですよ!?」

「二十歳の誕生日は特別な日だから。私も彼女にとっても」

「彼女?」

 ミディスラシールはフリートの傍に近づく。そして頬を緩めて、耳元に口を寄せた。

「もう一つ良いことを教えてあげるわ。実はね――」

 その内容を聞いて、フリートは目を大きく見開いた。ミディスラシールはくすりと微笑んでいる。

「どうしてそんなことを自分に言うんですか……」

「フリートなら、それに対してきちんと受け止めて、行動してくれると思ったから。そして貴方だけには知っていて欲しい事実だからよ。――話は以上。当日は頼んだわよ」

 ミディスラシールに追い出されるようにして、廊下に出た。閉じられたドアをかえりみてから、フリートは廊下を歩いていく。

 脳内を巡るのはミディスラシールの言葉と、今日と明日のフリートの予定。限られた時間の中、空き時間を探し出していた。

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