連鎖する事件(4)
何も言い返さないフリートを一瞥したロカセナは、俯せになっているレリィの両手を背中に回して、左手で押さえつける。そして右手で落ちていたナイフを拾い、彼女の首の裏に突き刺した状態で静かに声を出す。
「ギュルヴィ団の隠れ家に、リディスちゃんはいるんだよね?」
声色が低く、フリートでさえも怖いと思った。今まで一緒にいたが、ここまで怒っているロカセナは見たことがない。
今までなくて、今あること。それは――。
(リディスが関係しているからか?)
リディスと楽しそうに乗馬をしていた姿が思い出される。彼女の笑顔を垣間見ると、胸の奥に何かが突き刺さった。
レリィは何も答えず、黙秘を貫いている。ここで話をしたら密偵としての面目も丸潰れだ。圧倒的に不利な状況でありなが何も言い返さないフリートを一瞥したロカセナは、俯せになっているレリィの両手を背中に回して、左手で押さえつける。そして右手で落ちていたナイフを拾い、彼女の首の裏に突き刺した状態で静かに声を出す。
「ギュルヴィ団の隠れ家に、リディスちゃんはいるんだよね?」
声色が低く、フリートでさえも怖いと思った。今まで一緒にいたが、ここまで怒っているロカセナは見たことがない。
今までなくて、今あること。それは――。
(リディスが関係しているからか?)
リディスと楽しそうに乗馬をしていた姿が思い出される。彼女の笑顔を垣間見ると、胸の奥に何かが突き刺さった。
レリィは何も答えず、黙秘を貫いている。ここで話をしたら密偵としての面目も丸潰れだ。圧倒的に不利な状況でありら、背中越しからロカセナを睨み付けている。だが彼はそれを不愉快とも思わず、むしろ鼻で笑い返した。
「こっちも時間が惜しいから、早く答えて欲しいんだけど。その方が双方ともに苦しまなくてすむよ」
ロカセナはフリートたちがいる方に顔を動かし、目を細めて一人の男に焦点を合わせた。
「僕と相手をした男ね、早く適切な処置をしなければ、数時間も経たずに出血多量で死ぬよ」
レリィの眉が微かに動く。
「リディスちゃんがいる場所を教えてくれれば、君を解放してあげる。そうすればどこかの医者に行くなり、自分で処置するなりできるだろう」
「――そんな取引に私が乗ると思うのか」
「乗るよ。だって君たち恋人同士だろう」
ロカセナが躊躇いもせずに言い切る。レリィの表情は僅かに歪んだ。
「何を根拠に、そんな馬鹿なことを」
「彼は僕と戦っている時も、君のことを常に気にかけていた。そして僕が腕を斬った時、君は小さな悲鳴を上げた。密偵たるもの普通は感情を表に出してはいけない。けれど声を漏らしたのは、そういう関係だからだろう?」
トルは目を大きく見開いてロカセナを凝視した。フリートでさえ驚きで何も言葉を発することができない。
数分も攻防はしていなかったはずなのに、一瞬でその二人の関係を見切ったロカセナ。彼から紡がれる言葉は、実在する剣以上に鋭い刃が伴っていた。
「ギュルヴィ団がどういう団体かは詳しく知らないけど、ずっと勢力を誇っているということは内部規律が厳しいからだと思う。そんなところに任務を失敗した状態で戻ったら、君はどうなるかな」
容赦なく追いつめる言葉。レリィの心は逃げ場のない路地裏に追い込まれた。
「さあ、どうする? 彼を見殺しにする? それとも僕たちに居場所を教えてくれる? 命と団への大義、どっちを大切にする?」
その台詞を微笑みながらロカセナは言ってのけたのだ。その表情を見て、フリートの背筋に悪寒が走った。
やがてレリィの目から一筋の涙が流れると、重い口を開けた。
「――西にある、かつて集落があった場所でもっとも大きい屋敷に娘はいる。まだ何も危害は加えていない。要求を呑めばすぐに返すつもりだ。こっちだってミスガルム王国まで敵に回したくない」
「それは賢明な判断だよ。欲しいのは領主に代々伝わる魔宝珠だっけ?」
「そうだ。ヘイム町で火の加護がより強い理由は、町にいる領主がその魔宝珠を持っているからだ。それを独り占めしていいのか? 加護を受け切れていない領民は大勢いるんだぞ!」
裏変えった声を出しているレリィを、ロカセナは目を細めて眺めている。不意に彼の表情が曇った。
「加護なんて、すべての人が等しく受けられると思っているの? ――ねえ、フリート」
「な、何だ?」
急に呼びかけられ、慌てて答える。ロカセナはいつも見せる、含みのない笑みを向けてきた。
「止血用の布とかを適当に置いて、リディスちゃんを助けに行こう。もう彼女らは交戦する気はないようだ」
「わかった、少し待ってくれ」
腰に付けて持ち歩いている鞄から、止血用の布などを取り出し、乾いた地面に転がす。ロカセナはそれを見ると、レリィからナイフを離した。彼は砂埃が付いた服を《はた》きながら立ち上がる。
ロカセナは明言していないが、レリィが刃向ってくるようなら、彼は容赦なく剣を振るだろう。それをするか否かの判断をする瀬戸際が、今なのだ。彼女もそれをわかってか、そのまま俯せになっていた。
フリートとトルは、殺気が弱まったロカセナの傍に歩み寄る。
「トル、この人が言っていた集落までどれくらいかかる?」
「たぶんあそこの集落だとすると、徒歩なら昼半ばから夕方までには着くと思う」
「その距離だと戻ってスルト領主に報告する暇はなさそうだね。このまま向かうけどいいかな、フリート?」
「ああ。俺たちは取引じゃなくて奪還が目的だからな」
力強い言葉で返すと、二人も首を縦に振ってくれた。
そして戦闘跡を見渡してから、三人はその場から立ち去った。
* * *
その人物は背丈の低い森の中を悠然と歩いていた。フードを深く被っているため顔はわからないが、背の高さや見え隠れする体つきから、男だと推測できる。
腰には湾曲した剣を携え、鞘には乾いた血が幾重にも付いていた。相当数の修羅場を踏んだ者だろう。
一見無防備に見えるが、実は隙なく動いているため不意を突くのは難しい。
「まったく、つまらないことを押し付けてくれたな」
飄々と言葉を発した男の手には、一枚の紙切れが握られている。文字数は少なく、何かが簡潔に書かれていた。
「少しでも骨太な奴がいれば楽しいんだが。所詮団体は弱い者の集まり。あまり期待はできねえな。早く終わらすか」
葉の間から漏れた光を見て、眩しそうに眼を細める。そして一言呟いた。
「しかし――どっちに進めばいいんだ?」
* * *
あの時の出来事は、リディスにとって夢なのか現実なのか、把握できない状態の時に起こった。
フリートたちが食堂に行った後に侍女が入ってきて、為すがままに服を脱がされた。そしていつも着ている服からゆったりした白色の短めのワンピースに着替えさせられる。意識が朧げの中、汗も拭いてもらった。服に汗が染みこんで気持ち悪かったため、とても有り難いことだった。
しかし、突然思考が鈍っていたリディスさえもわかる殺気を感じた。その侍女が冷たい目で見下ろしていたのだ。
それによって少しだけ覚醒した脳は、ドアから現れた二人組の男の存在に即座に反応した。侍女を横に払い、近くにあった
さらに男は侍女にまで手を出そうとした。彼女の視線は気になったが、明らかにリディスを狙った行為の延長線上で、他の誰かが犠牲になるのは耐えられなかった。
リディスが抵抗をやめる意志表示として短剣を床に投げ飛ばすと、男に拳を入れられて、再び意識を失った。
そして微睡みの中、リディスは夢の中でまたあの地に立っていた。地面は芝生だが、他が靄で見えない、不思議な空間――。
しばらく呆然と立っていると、今度はあの女性から近づいてきた。ただ相変わらず靄にかかっているため、女性の顔や全身は見えない。
「驚きました。またここに来るとは。貴女は夢と現の間を行き来している、不安定な状態なのでしょうね」
「そうだと思います。起きているのもままならない状態ですから……」
「目覚めたらさらに大変なことが貴女の身に起こっているでしょう。今は精神だけでも休ませるといいですよ」
それだけ言うと女性はリディスに背中を向けようとしたが、慌てて呼び止めた。
「あの、以前言いかけた、根本的なものとは何ですか!?」
「それは言えません。貴女がわかった時に、私もようやく言えるようになるのです」
意味が分からない言葉に首を傾げる。それを見た女性は、人差し指の先端をそっと唇にあてた。
「還術の仕方は何種類あると思います?」
「二種類ですよ。武器などの物体を召喚したものを用いて還術すること、そして精霊召喚を用いた還術」
「ええ、その通り、模範解答としては。では還術士ならば、武器召喚だけでは物足りないのも実感していますよね?」
「……はい」
船上で遭遇したモンスターに対して、武器召喚しかできない自分たちはまったく太刀打ちができなかった。だが精霊の加護を受けているあの女性は、一瞬で還すことができたことを思い出す。
精霊を召喚できるということは、広範囲で攻撃ができ、還すことができる。その上攻撃力も高い。精霊まで召喚できれば、かなり重宝される還術士となるだろう。
しかしリディスの還術の師匠であり、ミスガルム城でも専属還術士まで務めたことがあるファヴニールでさえ、精霊召喚はできない。それほどできる人が限られているのだ。
「けど誰でも精霊召喚ができるとは思っていません。だからスピアだけでも多くのモンスターを還せるよう、頑張ります」
精一杯笑みを浮かべて、女性に言い返した。それを聞いた彼女は口元に笑みを浮かべた。
「そう聞いて安心しました。貴女のその気高さを、いつまでもお持ちなさい。いつかくる、その
前回同様、女性の姿が靄に隠され始める。また出された意味深な言葉の意味を急いで聞き返す。
「どうしてもったいぶった言い方をするんですか! 貴女が言うその
「残念ながら、もう夢の中では会わないでしょう。次に会う時は、きっと終わりが始まる時――」
リディスの脳内にその言葉が響きながら、視界は暗転した。
目が覚めると得も言えぬ激痛に襲われた。痛みの元である右肩は赤く染められている。
(肩、刺されたんだっけ)
両手は後ろできつく縄で縛られて横たわっていたらしい。ぼやけた視界が徐々に晴れてくると、誰かが覗き込んできた。
「やっと起きたか、ミスガルム城の小娘」
「誰……」
体がだるい中、出た言葉はかすれ声だった。男がリディスの顔を持って、無理矢理起き上がらせる。
「お前は人質だ。しばらく大人しくしていろ」
「人質って……だから何の話なの」
「わからないのなら、それでいい。気が向いたら肩の治療でもしてやる」
そう言いながら男は赤く染まった肩を触りながら、横に再び押し倒した。
「……痛っ!」
「静かにしていろ。それか何か、誘っているのか?」
今度は舐め回すように覗いてくる。はだけたワンピースの間をにやにやしながら見ていた。そしてリディスの顔に男は顔を近づけてくる。瞳を閉じて、今できる範囲で拒絶の反応を示す。その様子をむしろ楽しそうに見ながら、耳元で囁かれた。
「意外にいい体をしてそうだな。あとで落ち着いたら、ゆっくり遊んでやるよ」
それだけ言うと男は立ち上がり、リディスのことを見下ろした。褐色の肌の男、口元に光るピアスが目にいく。
「またな」
不用心にも背中を見せて、彼は消えていった。
気配が消えると大きく息を吐く。余程緊張をしていたのか、胸の動悸がなかなか収まらなかった。
これからどうなるのだろう――。漠然とした不安がリディスの脳内を埋め尽くす。同時に口うるさい黒髪の青年と、微笑んでいる銀髪の青年が思い浮かんだ。しかし、彼らが来てくれる保証はどこにもない。
(どうにかして考えないと。この状況を打開する最善策を)
しかし熱による体力の減少の影響か、頭が朦朧としてくる。そして思考を巡らせる前に、再び意識を失ってしまった。
* * *
フリートたちが去った後、レリィは起き上がり、止血用の布を拾い上げて男たちのもとに駆け寄った。フリートやトルが相手をした男はしばらく放っておいても大丈夫そうだ。
しかし、ロカセナが相手をしていた男、つまりレリィの想い人は一番危険な状態だった。声をかけながら、必死に止血をする。
容赦のない言葉によって、心までずたずたに切り裂かれていたが、今自分が手を止めてしまえば、彼の命の灯火は消えてしまう。
「ちゃんとした医者に診てもらわないと。けど、どうやって……」
心の中の嘆きを呟いていると、誰かが歩いてくる気配がした。もしかしたら反逆の罪を犯したレリィたちを追ってきた人たちかもしれない。僅かに所持しているナイフを指の間に挟み、いつでも戦闘態勢に入ってもいいようにする。彼のためにも最後まで抗うのだ。
だが、現れた人物を見ると、その容姿の美しさに思わず見とれてしまった。
「容赦なくやられたようね」
「あ、あの、誰か呼んできてくれませんか!? 彼を助けたいんです……」
追手ではないだろう女性に、藁をもすがる思いで尋ねる。彼女は町の方を見ながら、ふっと笑った。
「しばらくしないうちに傭兵たちが来るわ。そこで助かるかは、貴女の言葉の巧みさってところかしら。貴女たちの所属先や誰に斬られたかを素直に言ったら、生き抜くのは難しいでしょうね」
そう言って、女性はレリィの脇を通り過ぎた。
「ご忠告ありがとうございます。……あの、貴女は何者ですか?」
女性は紺色の髪を揺らしながら翻し、妖艶な笑みを浮かべた。
「これからドラシル半島に起きることを、見届ける者よ」
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